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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第一章 謎の少年とお城の王様
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第四話 カノンの頼みごと②

――ある晴れた日の午後

お昼時で、ちょうど客足も途切れた頃になると、ノアは強い太陽の日差しを避けるように、影のある場所へと移動した後、腰を下ろしカノンが昨日届けてくれた新しいデザインのスケッチを眺めていた。

「カノンは学校の勉強もあるのに大変だよな。相変わらず細かいし」

カノンが考えてくれたデザインは既に三十にも上っていた。

「感謝してもしきれないってこのことだな。この前は色々と迷惑をかけたし、お礼も兼ねて、またどこかに連れて行こう」

 どこに連れて行けば良いのだろうかと少し考えてみたが、直ぐに諦めた。ノアは昔から行動範囲が狭い方だったし、どこかに連れていくにしても遊べそうな所は彼女の方が詳しそうだったからだ。はあ、と小さくため息をついた。

しばらくはその状態で休んでいたが、誰かが近づいてくる足音を聞き、彼は急いで出迎える準備を始めた。すると、

「おすすめのお店を紹介しますね」

そんな声が耳に届いた。またか、とノアは思った。このような台詞は最近になってよく聞くようになった。


最初はどこの店だろう、と疑問に思うだけだった。しかし、どうやら自分の所のことらしいぞ、とわかると、うれしい反面、何かのいたずらに違いない、と変に勘ぐってしまっている自分がいたのもまた事実。それほどこの出来事がノアにとっては予想外のことだったのだ。もちろん、商売人のとしては知名度が上がるのは喜ばしいことだが、それを素直に受け入れられない自分がつくづくおかしくなったりもした。

 

例に漏れず今回も、後ろに観光客がついてきているのを確認。ノアがにっこりと微笑むと向こうも頭を下げて丁寧に返してくれた。水先案内人の人がこちらを振り向きながら、挨拶をして来る。しかし第一声は意外な言葉だった。


「久しぶりだね」


 久しぶり、それは顔見知りでしばらく会っていない人同士で交わす言葉のはずだ。しかし、ノアは目の前の女の子の顔を何度見ても思い出すことはできなかった。返事に困っていると再び向こうから声をかけてきた。

「やっぱり覚えてないか」

少女は苦笑いをしてごまかした。

「シルクハッシュの時にそこの喫茶店で一緒になったの覚えてない?自己紹介はしてなかったけど顔ぐらいは覚えてないかな?」

 ノアはあの日を思い返す。老婦人を連れて後から店に入ってきた観光案内人の少女が一人いたのを思い出した。



「確かに水先案内人が一人いた。でも、こっちも自己紹介してないのに、何で俺の仕事場所とかを知ってるんだよ」

「それはお父さんツテの情報だよ」

 その子は指を立てる。それから彼女とは軽く世間話をした。

一方で観光客の若い女性は商品を物色していた。すぐにお気に入りが見つかったのか、それとも時間がないのか、あっという間に赤色のアクセサリーを選ぶと、それを買って会計を済ませた。

そして、観光案内人の女の子は、またいつか、と 別れを告げて客と一緒に去っていった。

 見送ったあとで横に目を落とすとカノンのスケッチブックが目に入って、その瞬間しまった、と思った。

「観光名所とか聞いとけばよかった……」

ノアは激しく後悔したのだった。


◇◇◇


 その日の夕方、カノンはいつも通りの時間に、学校帰りの制服の姿のままでノアの店にやって来た。

「どう?順調?」

「お陰さまで」

 ノアは足りなくなった分を補給しながら答える。カノンも安心した表情を浮かべる。

「あ、そうだ」

 彼女は何かを思い出したように、持っていた鞄を開けると、中から一枚の紙を取り出した。そして、それをノアに見せると、説明を始めた。


「今度、町の広場でちょっとしたイベントがあるらしいんだけど、そこでノアくんもお店出してみたらどう?ちょうど私の所属している研究会も店を出す予定なの。たくさんの人が集まるから良い機会だと思うんだけど」

「カンカミール?」

 その紙には大きな文字でそう書いてあった。

「そう。私も詳しいことは知らないんだけど、結構大規模なイベントみたいで、出店もいっぱい出て観光客もたくさん来るらしいよ。知らなかった?」

「聞いたことはあるかも」

 カノンからその紙を受けとると、下の方に書いてある小さな文字にも目を通す。


『出店などの情報は、随時更新中。出店希望者は実行委員会まで連絡をお願いします』


 その下には連絡先も書いてあった。

「何かいつも頼りっぱなしで悪いな」

「別にいいよ。人助けするのって嫌いじゃないし」

 カノンはいつもの無邪気な笑顔で笑った。


◇◇◇


――休みの日

ノアとカノンは運河を眺めながら舟の到着を待っていた。

なぜ、こんなところにいるのかその理由は簡単だった。

 カノンへのお礼の内容を考えた結果、舟でランクリットの街を縦断する、それがノアの出した結論だったからだ。もちろん、それはある人物の手助けなしでは実現できなかったことである。

ノアは舟が到着するまで、風がそよぎ、水面が揺れているのをゆっくりとした時間の中で感じていた。しばらくすると舟が到着した。

「本日は当社のご利用、誠にありがとうございます」

 恭しく頭を下げる案内人。

その舟に乗っていたのは先日の少女だった。リオ・ポートフェリオ。それがノアの聞いた彼女の名前である。

行く当てがなく、途方に暮れていたノアを救ってくれたのが、あの日ノアの店を訪れたリオだった。一度は彼に何も聞かずに別れたのを後悔したものの、彼女の着ていた服のロゴを思い出し、そこに申し込みを決めたのだった。   

そして今に至る。

「いや、こんな形でまた会うとは思っていなかったよ、ノアくん」

「これも何かの縁だ。よろしく頼むよ」

 カノンの方も驚いたようで、にっこりとほほ笑む。

「お久しぶりです」

「覚えててくれたんだ。こっちの方は忘れてたけど」

リオはノアを指さす。ノアはムッとする。

「リオです。以後お見知りおきを」

「カノンです。今日はよろしくお願いします」

二人は用意された舟へとゆっくり乗り込む。慣れない足場にノアは思わず声を上げる。女の子に手を差し伸べるなどという紳士的な優しさを見せる余裕は少しもなかった。

「今日は貸し切りだよ。空いてるなら、どこでも好きなところに行っちゃうよ」


 二人が出航の準備を整えるとリオが切り出した。

「それはありがたい。だったらお任せで」

「それでは、若いカップルにぴったりのコースで」

リオは二人の様子を見て、茶化すように言った。それを聞いて、ノアはあわてて言い直した。

「やっぱりお任せはやめた。景色がきれいなところで」

「オーケー。小さい頃からお父さんに連れられてこの町で育ったんだよ。そういうところは知り尽くしてるよ」

 よいしょっ、と言葉を発すると、岸から離れていき、舟は出発した。


◇◇◇


 舟の上というのは地面の上とは違い、ずっと安定しているわけではない。水面の動きに合わせて、どことなくリズムを刻みながら揺れており、それがいわゆる船酔いと呼ばれる現象を引き起こす原因でもある。しかし、慣れれば顔に当たる風の感触も相まって、心地良い感触にも変わる。


ノアは深呼吸をして、辺りに視線を向けてみた。

しばらくは誰も一言も話さなかった。

じゃぶ、じゃぶ、というオールを漕ぐ音だけが、誰もいない川の中で響く。

水面を覗き込んだ時は、ゆらゆらと揺れる自分の顔がある。

ふと、後ろを向いた時は舟が通った跡が波紋となって綺麗に広がっている。

そして、カノンは髪をなびかせながら遠くを見つめている。

ノアはそれを見て一瞬だけ風景の一部と勘違いしそうな感覚に襲われる。



「ねえ、なに物思いにふけってるの?」

ノアは尋ねる。

「綺麗だなって思って」

何を、と気になって、視線を向ける。

「お城?」

「うん。でもそれだけじゃないんだよ。ほら」

指で指し示すその先に見えたもの

「『舟を漕ぐ人』、偉大なるクロスセピアの引き立て役」

その言葉を聞いて、リオが振り向き、にかっと笑う。

「何?わたし、イケてる?」

「お仕事、ご苦労様です」

カノンは笑った。


傍らでは鳥が飛び、人が通り、水音が聞こえる。前方を見ると昔から変わらない街並みが、近くから遠くに至るまで並んでいるのが見える。


 過ぎゆく時間はあっという間だった。

旅と呼ぶにはあまりにも大げさで、短い距離だったが、二人には十分だった。

リオは、一周して、もといた場所に戻ってきて二人を下ろしてから言った。

「用があったらまた呼んでね」

二人はうなずき、リオにお礼を言ってその場を後にした。


◇◇◇


「うーん。よかった」

「本当?それなら俺もうれしいよ」

 二人は帰路を並んで歩いた。

「ありがとね」

「男として、お返しは二倍は当然だろ?」

カノンは笑う。

「そこまで私に恩を感じる必要ないのに。お金も割り勘で良かったんだよ」

「だって、ありがとうは言うより、言われる方が嬉しいじゃん」

 ノアは言った。

「あは。そうよね」

ふと、彼女は足を止める。

「じゃあ私はここで。カンカミールに向けてお互い頑張りましょ」

カノンはそう言うと、方向を変えて離れていった。ノアはその後ろ姿が見えなくなるまで見送るのだった。

交わした言葉は少ないけれども、心で感じたものはおそらくたくさんある。そんな風情を感じながら、二人の短い旅は終わりを告げた。


◇◇◇


それから、特に目立った事件もなく、ただ時間だけが忙しない日々の中でゆっくりと過ぎていき、気が付けば、カンカミールが開催される間近という時期まで来ていた。

ランクリットの街は日が経つごとに活気にあふれてきており、住民も慌ただしく準備に追われていた。

大規模なイベントとあって、観光客の増加も見込まれるこの時期。相も変わらずクロスセピアはその幽玄な街並みを保持しており、シルクハッシュがいつ起きるかわからないという不安を除いては、至って平和であった。


 もう一つ、変わらないことがあった。それは、カノンも定期的に新しいデザインを届けに来ているということ。ノアもカノンと話すことがすでに日課になっている。

そういう環境の変化もあって、ノアは自然と色々なところへ出かけるようになり、その結果、以前とは比べ物にならないくらいに交友関係も広がった。あれもこれも全てカノンのおかげであった。

 そういう訳だったから、カノンの友人で喫茶店の娘であるシズカや、水先案内人のリオとも話をする機会が増えるのも当然の結果であった。仕事関係での時もあるが、多くはプライベートである。



そして、もうひとつ、シズカに関して前から頼まれていたこと。彼女からの要望で彼女のデザインのアクセサリーも作ることも実現する運びとなった。カノンとはまた一味違ったかわいらしい物が出来上がり、もちろん、最初に出来上がった物はシズカに無料贈呈した。



刻一刻と刻まれる時間の中で、増えていく人々とのつながり。

 ノアも含め、全ては近づきつつあるカンカミールへと向かっていた。

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