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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第二章 紋章術と王様ポスト
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第二十一話 パトリシアの紋章術講座②

それから何日か経ったあと、第二回目の紋章術講座が開かれた。場所は前回と同じである。


「さあ、二人とも宿題はやって来ましたか?」


パトリシアは言った。明るい声で返事をしたカノンとモニカの手には自分で作成してきた紋章術のプログラムが握られていた。

それを見て、期待できそうですね、とパトリシアは付け加えると、二人に布を渡す。


「では実演してもらいましょう。今手渡した布きれを紋章術を使ってぬいぐるみにしてください」

最初はカノンからだった。カノンは自分で作ってきた紋章術のプログラムを確認すると、それを見ながら布に両手を当てた。いつものように魔方陣が現れて、その結果できあがったのは、何とか熊と認識できる形のいびつなぬいぐるみだった。

それを見て残念そうな表情を浮かべるカノンだったが、パトリシアは嬉しそうに言った。


「不具合なく発動したと言うことは、ちゃんと紋章術を理解していると言うことです。ただちょっと見た目が変ですが……。では次に行きましょう」

カノンが終わると、次にモニカの番だった。けれども、彼女の場合、カノンと同じように布に手をおいて紋章術を発動させようとしたが、何回やっても彼女の紋章術は発動しなかった。


「うぅ……なんでぇ……」


モニカは自分はもうダメだ、とプリントを投げ出して机の上にうなだれた。パトリシアはその投げ出されたプリントを手に取るとペンを取り出して、ところどころ文字列を修正していった。そして、できあがった紋章術のプログラムをモニカに手渡す。


「初心者がよくしてしまうミスばかりです。基礎はしっかりできています。練習次第ですぐに上達しますよ。私が修正しましたので、これでちゃんと作動するはずです」

モニカは口を尖らせながらそれを受けとると、半信半疑で試し始めた。


するとどうだろう、こんどはきちんと紋章術が発動し可愛らしいくまのぬいぐるみが出来上がった。それを確認したカノン嫉妬混じりに呟く。

「ずるい……」

モニカはそれにピースサインで答えた。


「自分でプログラムを組んでみてどうでした?」

「自分には才能がないと思いました」

「そんなことないですよ」


カノンは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「それにしても、ノアくんってやっぱりすごい。こういうことを全部頭の中だけでやってるんだよね?」

「あの人は特別です」

あの人は特別、と聞いてだって王子さまなんだもの、と心の中でこっそり思ったカノンであった。


◇◇◇


ラフォード学院の正門前

正課の授業を終え、舟の定期便の発車する港に足早に急ぐ者、これからの予定を楽しく友達と話ながら町中に消えていく者、それらの流れに逆らって正門から学院の中に消えていく者。そんな人混みの中に三人の姿はあった。


「天気良し、準備良し、食べ物良し!カノンはおーけー?」

「意味わかんない。最後のは準備してないよ?それ以外は大丈夫だけど……」

「ならいいよ。私の分けてあげるから」

「いらないよ……」


遠足かなにかと勘違いしているようなモニカは鞄の中からスティックキャンディを取り出すとペロペロと舐め始めた。とても満足そうな表情を浮かべるモニカを傍目にカノンはもう一人の同行者、パトリシアに目を向けた。

すると、しまった、という顔をしながら彼女もキャンディを舐めているのが目に入った。


「パトリシアさん?」

「えへっ?別に良いんじゃないかしら?お菓子を食べながらでも」


彼女は笑う。それに便乗してモニカは言った。


「そうだよ、今日は初めての屋外学習!気合い入ってきたぁ!しゃ!」


何度目かの座学を経た後、カノンの提案で三人は学院周辺へ繰り出して紋章術を実用的に使う練習を始めることにした。今日行う内容は以前パトリシアがカノンたちの前で行って見せた『掃除の紋章術』を使って行う町の掃除である。

事前調査で壁の落書きや壁面の劣化をあらかじめピックアップしており、その中で今日の作業の許可が得られた地域の一つに彼女たちは向かっていた。

指定の場所に到着すると三人はすぐに準備に取りかかる。


「では町の掃除を始めましょうか」

「あいあいさー」


そういうパトリシアの掛け声のもと、三人は紙を取り出した。それは自分の手でプログラムをつくり、ちゃんと作動することを確認した紋章術である。それを手にとって壁に描いてある落書きを紋章術できれいにしていくのだ。


「では、最初にこの前作成したプログラムの運用の仕方を説明したいと思いますよ」

そう言って彼女は自分の紋章術を取り出す。

「手にしているプログラムにはいくつかデータが入力されていない箇所があると思います。落書きと言っても小さいものから大きいものまで様々ですので、その大きさを空欄に入力してください。あとは落書きされている壁の色にあわせた補正をするために壁の色も入力できるならしてくださいね」


カノンとモニカはその話を聞いて、了解の意をパトリシアに示すと早速作業に取り掛かった。

データ入力や長いプログラムの復唱に多少の時間がかかったものの、きちんと術が発動したことを確認するとモニカから感嘆の声が漏れた。


「おぉ、綺麗に消えたよ!なんかちょっと色が違うけど!」

「それじゃダメでしょ……って言いたいところだけど、私も人のこと言えないかも」

二人の消した壁の落書きは、ちゃんと綺麗に消えてはいたものの文字の輪郭に沿って綺麗に消えており目を凝らせばうっすらとわかるのだった。


「パトリシアさんやノアくんだったらもっと上手にやれてたのに……。私ってへたくそ」

「ちょっと、カノン。そのセリフは私のいないところで言ってね。私の方が下手なんだから」

「ごめんごめん」

「謝られても傷付くなぁ」


モニカはぷんすかと文句を垂れながら次の作業場所へと移っていった。

三人は単純な壁の清掃だけでなく、雑草刈り、タイルの補修までそれぞれ役割分担して行うことになったいた。三十分の間にモニカは五ヵ所、カノンは七ヵ所を掃除し終わっていた。一方でその間にパトリシアは十五ヵ所以上に手を加えていた。


「ふぅ……良い仕事をした!」

モニカはそう言うと、今度は持ってきた鞄の中から真っ赤なリンゴ飴を取り出してがぶりと噛みついた。

「むにゃむにゃ……。ちょっと休憩、おいしいな。いる?」

「いらないよ!」

そんな会話を交わしている二人のもとに予想外の来客が訪れた。


「あら、掃除なんて偉いわね。その制服は……ラフォード学院の生徒さん?」

「そうです」


とある店の壁を掃除していたとき偶然通りかかった町の人がそう声をかけてくれたのだ。

カノンはそれを聞いて笑っていたが、嬉しかっただけではない。休憩に入りリンゴにかぶりついたモニカが突然の来客に驚いて彼女の後ろでむせていた、それがおもしろかったのだ。

それにもう一人、今度は顔見知りの来客があった。


「何か話し声が聞こえてるなあと思ったら、カノンたちがいたのか。なにやってるの?」

「掃除だよ。ノアくん」

「カノンが紋章術使ってる!」

「そんなにビックリしなくても良いでしょ!」

「そうだな。俺も手伝うよ」


ノアはそういうと、壁に手を当てて紋章術を発動させた。


「私が一晩中考えて作ったプログラムをたったの五秒でやっちゃうんだ……。軽くショック」

「俺がこんなことをできたとしても、カノンに紋章術の才能がないという訳ではないから、諦めないでくれよ。だれからも羨ましがられても必要とされなかったこの技術を最初に誉めてくれた、必要としてくれたのはカノンなんだから」

「それはそれは、私ってもしかしていいことしちゃった?」

「そうだよ。良いことをしたんだよ、君は。それは誇って良いことだ」


それからは四人体制で町の掃除を行った。広い町の全てとはいかなかったもののノアも加わったこともあってかなりはかどった。


「今日はどうもありがとう」

「いえいえ。俺もこの町の住人の一人ですから」


ノアはパトリシアにお礼を言われて照れながら言った。

そして、一人露店の場所へと戻っていく。

「掃除をしたのは良いけど、町全体で見ればまだ一部だな。町全体をきれいにするにはどうしたものか……」

ノアは一人思案していた。


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