第十九話 水先案内人の憂鬱③
「あ、いつもごみ袋持って掃除してる子じゃん」
目の前に現れた少女はシンにとっては見慣れた顔だったらしい。彼は少女の姿を認識してそう言った。確かに言われてみれば、少女の右手には不釣り合いな袋がぶら下げられていた。それを指してごみを拾っている子と言っているのだろう。
「あの……どこかでお会いしましたか……?」
ごみ拾いの少女は恐る恐ると言った様子で聞き返した。シンは、色んな所で会ってるよ、名前は知らないけど、と口を尖らせる。
「そうでしたか、これは失礼しました。私の名前はラミアと言います。とある事情があってこの町のごみ拾いをお手伝いさせていただいてます。よろしければあなたの名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?同じ年代の友達はあまりいないもので……」
彼女の話を聞いていたリオは、とにかく礼儀正しい子という印象を受けた。それで、皮肉を込めて、どこぞのガキとは大違いだ、漏らすと、シンは、悪かったな、とふて腐れ始めた。
「でも、友達になりたいって言ってるぞ。良かったじゃん」
「…………」
しかし、いつもなら憎まれ口を叩くシンだったが、今回は様子が違った。頬をほんのり赤く染めて視線を下に向けていた。それが意味するところは……
「シン、もしかして照れてるのかな?あはは、似合わないなー」
「うるさいっ!笑うなー」
取り乱すシンに腹を抱えるリオ。そして、そのやり取りをラミアは不思議そうな表情で見つめていた。さらに追い討ちをかけるようにランからこんな言葉が飛び出した。
「シンは可愛い子なら誰でも好きになっちゃうもんね。ずっと前からラミアちゃんに目付けてたけど話しかけられなかっただけでしょ?向こうから話しかけてもらって良かったね」
「な、な、なんでランがその事を知ってるんだよ!」
「だって私たち双子だもの。いいから早く名前を教えて友達になっちゃいなよ、ほら」
ランに急かされるように舟から降りると、シンはようやくラミアの前に立った。
「俺の名前はシン・ティクル、よろしく……。で、あっちが双子の姉のラン」
「嬉しいです。これで私たちは友達ですね」
そう言ってラミアは本当に嬉しそうな表情を見せた。相変わらずシンはそわそわした様子ではたから見ていても落ち着きがないのがよくわかった。すると、
「あ……その……毎日ごみ拾いしてるんだろ?偉いな。良かったら手伝うよ。ちょうど、俺も水路でごみ拾いしてたところなんだ」
シンはそう言ってさっき拾ったばかりのごみをラミアに手渡した。不器用な所は多々あるが、彼の気持ちは理解してくれたようで、ラミアはにっこりと笑ってそれを受け取った。
「よかった。これで一善です。知っていますか?良いことを積み重ねると、とびっきりの良いことが起きるんですよ。さあ、次に行きましょう!目指せ一日十善です!」
そう言ってラミアは誘導するように、シンの手をぎゅっと握って引っ張った。突然の出来事にシンは為す術もなく引っ張られていく。その間、彼にとってのとびっきりの良いことが起きていることを彼以外知る由もない。
それを見て、今度はランが舟から降りて弟を追いかけようとした。舟を降りると最後にランはリオに向かって深々と頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました。また今度、機会があったら乗せてください。ああ見えてシンはリオさんのことを気に入ったみたいですから」
「そうかな?私にはそうは見えなかったけど」
「さっきも言いましたけど、シンは可愛い子が好きなんですよ。だからきっとリオさんのことも気に入ってますよ。双子の私が言うから間違いないです」
ランはそれだけ言い残すとすぐに、置いてかないでー、と二人のあと追いかけていった。
「可愛いって……。お世辞が上手だな……」
残されたリオは頬を緩ませながら一人舟を漕ぎ出した。
◇◇◇
一時間後
シンとランと三人で掃除を終えたラミアは一人裏路地を歩いて帰路についていた。裏路地を好んで歩いたのは誰にも見つからないようにするためだった。
「どうしよう……。お姉ちゃん。今度はちゃんとできるかな」
彼女は一人呟く。
彼女は友達ができて嬉しい反面、同時にある悩みを抱えていた。それは人付き合いに関する悩みだった。彼女がごみを拾っているのはそういう悩みを解決するためでもあった。
家に着くとラミアは玄関を開けて入り、すぐに姉のいるキッチンへと顔を出した。
「ちょっとラミア。帰ってきたの?」
「うん、ただいま、お姉ちゃん。今日も美味しそうなごはんだね」
「ラミアも手伝ってくれる?」
「だめだよ。私が作ると失敗しちゃう。前にも何回かそういうことあったでしょ?やっぱり料理はお姉ちゃんの方が上手だし。任せっきりになっちゃうけど、ごめんね」
「いいよ。準備ができるまで待ってて」
「じゃあ、私は夕食ができるまで自分の部屋で待ってるね」
モニカとの会話を済ませると、今度はラミアは自分の部屋へと籠った。
そして棚の奥から小さな箱を引っ張り出し、それを開けた。そして目的のものを見つけ出して、一通の手紙を読み返して、彼女は改めて決意する。
「だめ。お姉ちゃんせいにしちゃ。全部私が決めたことだもの。お姉ちゃんは悪くない。私が……私がやらなくちゃ」
ラミアは独り言のようにそう言った。
「ねえ王様、私はちゃんとやれていますか?」
その手に握りしめられたのは、三年前に王様から届いた、一通の大事な手紙だった。




