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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第二章 紋章術と王様ポスト
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第十六話 学院の便利屋さん④

「お待たせしました!チーズケーキです!」

「わあ、美味しそう!これで餓死せずに済んだよ……」


カノンとモニカが店内に招かれてからしばらく経って、モニカの前にリリックス・カフェ特製のチーズケーキが運ばれてきた。お昼からちゃんとしたものを食べてない彼女にとって、それは砂漠の中で得られる一滴の水、オアシスにも似た食事に映ったのだった。


「そうだ、カノン。半分こにしよ」

「いいよ別に。一人で食べちゃって」

「そんな遠慮せずに。いいからいいから」

モニカはケーキを半分に切る。しかし、

「これで半分……?まあ、いいや。ありがとうモニカ」

「どういたしまして」


受け取ったケーキに大きさは大きく見積もっても三分の一ほどしかなかったが、カノンは深く気にすることなくモニカと一緒にケーキを頬張った。

そんな二人の様子をパトリシアは微笑ましそうに眺め、場を持たせるためか、彼女はノアに対してこんなことを言い出した。


「紹介しますね。彼女の名前はカノン・ノベルティです。と言ってもあなたとも友達だそうなのでこんな紹介の仕方もおかしいかもしれませんね。私も彼女の友達なんです。そして、なんといっても彼女の紋章術の先生でもあります」


ノアはそれを聞いて少し腑に落ちない顔をした。

彼女が何を勉強しようとノアには関係のない話なのだが、それが紋章術ということになると話はまた違ってくる。ノアはもう一度確かめるようにそう聞き返したが、パトリシアは念を押すように答えた。


「カノンが紋章術を……?」

「そうです。しかも言葉の端々から察するにあなたを目標にしてるみたいなんです。うらやましいですね。でもそれは無理だって言っておきました。あなたみたいな頭の中だけで紋章術のプログラムを書き起こせるすごい人なんて、なりたくてなれるようなものじゃないですから」


そんな二人の話を聞いていて当の本人が反応しないわけもなかった。


「ちょっと、パトリシアさん!あんまりそういうことを言わないで下さい!守秘義務です、守秘義務!恥ずかしいですから!」


 

カノンは顔を少し赤らめながら全力でパトリシアを止めに入った。

しかし、ノアはパトリシアの話を聞いて嬉しいとは思わなかった。むしろその逆、悲しい感情が彼の胸の中には湧き上がってきたのだった。

ノアは紋章術のプログラムを頭の中だけで書き起こせる類稀なる才能の持ち主なのだった。その点は彼女の言うことは正しい。けれどもその才能は必ずしもいい結果ばかりを引き寄せてはこなかったのだ。


ノアのその才能を見て、現国王であり兄でもあるウェーバーがただ、すごい、の一言だけを発して黙りこくってしまった過去の出来事を、そしてそこから起こる王様の暴走のことをノアは思い出していた。だから、ノアは自分の紋章術の才能に言及されることを素直に喜べなかった。同じことを繰り返すのがたまらなく嫌だった。


カノンと初めて会ったあの日、彼女はノアが紋章術が上手だと言った。自分のことを王子だと知らない女の子が、初めて純粋に自分の技術を褒めてくれた。ノアはそんなことを言ってくれるカノンのことが好きだった。だからこそ、カノンにはそのときのままでいて欲しかった。できれば紋章術をやる側ではなく見る側としていて欲しかった。


紋章術を勉強することで、絶対に追いつけない凄腕の紋章術師がそばにいることで、羨望や嫉妬、そして諦めからの挫折の感情を味わって欲しくなかった。


「どうして暗い顔をなされるのですか?」


突然、パトリシアが不思議そうな声で尋ねながらノアの顔を覗きこんだ。

「あなたは彼女に目標にされてるんです。私からしてみれば羨ましい限りです。素直に喜べばいいじゃないですか」

「目標って言っても絶対に追いつけない目標ですよ。あなたがさっき言ったじゃないですか、カノンじゃ俺には絶対に勝てない」

そう言ってノアはまた暗い顔をした。けれども、それを聞いてカノンははてな顔を浮かべながら言った。


「あれ?勝つつもりなんて最初からないんだけど。確かにノアくんみたいになりたいとは言ったけど、ノアくんみたいにはなれないってわかってるもん。そうじゃないんだよ。ノアくんを見て興味を持って一緒にやってみたいと思うのは迷惑だったかな?」


 そんなことを言われたのは初めてだった。カノンはノアが思っていたような女の子ではなかった。思っていたよりもずっと強い女の子だった。

 パトリシアもノアの言葉をよく理解できなかったようでこんなことを言った。


「私なんかただ金儲けの手段として紋章術を使っていますが、その腕を頼りにされることはあっても目標にされることはありませんでした。それはパパも同じです。けれどもあなたは違う。あなたの紋章術は私たちが持ち得ない、人を惹き付ける何かを持っている。あなたと話してみてそれが何となくわかりました。でもそれってそんなに悲しい顔をしなければならないほど嫌なことですか?私にはわかりませんが……」

「それは……」

「というより視野が狭すぎじゃありませんか?あなたにも負けないくらいの凄腕の紋章術師の女の子が目の前にいるじゃありませんか。自分の技術に自惚れすぎですよ」


彼女の言葉を聞いて、ノアは今まで落ち込んでいた自分のことがばからしくなってきていた。確かにノアは王室育ちで少しばかり視野が狭かったのかもしれない。

「ありがとう。何だか元気が出てきたよ。俺がおかしかったみたいだ」

ノアは少しだけ笑顔になった。


そのとき、かたんと、席を立つ音が一つ店内に響いた。


それはモニカだった。しばらくは彼女は黙って美味しそうにケーキを食べていたのだが、時計をちらりと確認して何かに気づいたような顔をすると、残り少ないケーキを頬張って、フォークを皿の上に戻したのだった。


「ごめんっ!今日は早く帰らないと、だった。ということで私はこれにて撤退しますっ!」

「あら、予定があるのに付き合わせてしまってごめんなさい。気を付けてお帰りくださいね」

「はい。ごちそうさまでした。パトリシアさん」

モニカはそう言うと、カフェの扉を開けて帰っていったのだった。

「あれ?私おごってあげるなんて言ったかしら?」

「私の記憶が正しければ言ってますよ、ただし値段次第とも言ってましたけど。もう忘れたんですか?」

見栄を張っただけで、この人は本当はおごるつもりなんてなかったのかもしれない、と思ったカノンであった。


◇◇◇


がちゃり。

持っていた鍵でモニカは家の扉を開ける。


ここは学院から徒歩で二十分足らずの場所にある住宅街の一角、モニカの家だった。彼女は誰もいない家の玄関で、ただいま、と小さな声で呟くと靴を脱いだ。玄関に置いてある靴の数で今この家の中にいる人数がわかる。


「母さんはいつも通り仕事で帰りが遅いにしても、ラミアもまだ帰ってないんだ……。最近遅いなあ……。どこに行ってるんだろう?」


横にある棚には可愛らしい置物の人形と共に、家族三人、母親と妹のラミアが写った写真が飾られていた。それを眺めながら、モニカは家に足を踏み入れた。

妹のことを案じながらも自分の部屋に入ると、制服からラフな格好に着替え始めるモニカ。独り言をぶつぶつ呟きながら着替え終わると、彼女はすぐに階段を降りて狭いキッチンの前に立ったのだった。


「よし、ならラミアが帰ってくる前に作っちゃおう。お姉ちゃん、腕を振るうぞー!……っていうか、さっきチーズケーキ食べたばっかりなんだけどなあ……むにゃあ」

口の中にさっき食べたばかりののチーズケーキに味を感じながらも夕食の準備に取りかかるモニカだった。


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