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空の都の方舟物語(アークティル)  作者: 三崎ヒロト
第一章 謎の少年とお城の王様
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第十一話 最終試験

――王様の部屋

部屋の中にはノアとウェーバーの二人の姿があった。他には誰もいない。シルドを含めその他の人は全員外で待機していた。シルドが言った通り、二人きりになったのは先代の王が死んでから初めてのことだった。王様は重い口をひらく。

「まず、どうやって城の中に入れたかを聞こうか」

 ノアは首を横に振った。

「それは、言えない。ただ城の警備に落ち度はない、とだけ言っておく」

ノアはカノンのことたちを心配していた。彼女達には、ここまで大いに協力してもらったのだから、これ以上の迷惑はかけられない、と感じていたのだ。

「まあ良かろう。それでお前がこの城を訪れたのは、なぜ私がおまえを城から追放したか、その理由を聞くこと、大体そんなところだろう?」

ウェーバーは茶化すような口調だった。それとは対称的に、ノアは真面目な顔つきになって答えた。

「違う。俺はただ父さんの遺言を伝えに来ただけだ」

 これが、ノアが兄にどうしても伝えなければならないことだった。

それを聞いて、ウェーバーは一瞬だけ驚いた顔をする。しかし、すぐにさっきの表情に戻り、机をバンとたたくと笑った。

「はは、遺言?そんなのは私だけじゃない、関係者なら誰でも知っている。それともあれか、父さんはお前にだけ特別な遺言でも残したとでもいうのか?」

 ウェーバーは依然として態度を変えない。しかし、明らかに先ほどのような、余裕のある顔はしていなかった。ウェーバーがどれほど虚勢を張ろうとも、事実を否定することはできない。

だから、ノアは迷うことなく言った。

「ああ、そうだ。内容は、王の選定について、だ」

それを言うと、今度はウェーバーの表情が固まった。

「ま、まさか、おまえは、自分の方が王様にふさわしかった、とでもいうつもりか?言っておくが長男が王位を継ぐのは当然のことだ。父さんが次の王を決めずに病死した以上、私が継ぐのは当然といえる。議論の余地はない!」

 声を荒げたウェーバーはノアに言い返した。しかし、ノアは再び首を横に振る。

「違う。父さんはちゃんと次の王は『試験』の結果で決めると言っていたはずだ」

ウェーバーとは対称的に落ち着いていたノアは、ある単語を口にする。ウェーバーはその『試験』という単語を聞いた途端、顔をゆがめた。

「つくづく不愉快なやつだ」

ウェーバーは嫌味たっぷりに言い放った。


ノアは試験という単語を口にすると、自然と昔のことが思い出される。父から課された課題をノアとウェーバーで競い合ったあの日のことを。

「俺は兄さんのことを今でも尊敬している。兄さんは何においても優秀だった」

ノアは正直に思っていたことを口にした。けれども、その言葉を聞いてノアの兄は決して嬉しそうにはしなかった。

ウェーバーは答えた。

「何を今さら。優秀なのは、努力をしてきた結果だ。私は優秀で当然なんだよ」

それと同時に、机にこぶしをたたきつける。その手はわなわなと震えていた。ウェーバー自身も、このとき当時のことを思い出していたのだ。

そして彼はノアの方へと顔を向けた。

「ところが、お前はどうだ。お前は努力どころか、一度見ただけで何でもできてしまう『天才』だったではないか!挙句の果てには父さんはお前の才能を見込んで次の王を『試験』で決めるなどと言い出した!『試験』などというのはお前を王にするための口実に過ぎないのは最初から分かっていたんだ!」

 

ノアはそれを聞いて悲しい顔をする。実際がどうであれ、兄にそう思われていたという事実は少なからず、ノアの心を傷つけた。ただ、あのときのノアは、父に褒められるのが嬉しくて、そういう側面もあったのは否めなかった。

ウェーバーは気持ちを落ち着けるように、少し間をおいて続けた。

「もちろん、その『試験』においても、お前は天才的な力を発揮したよ。そして最終試験を残すだけになったときの成績は、お前の方が優勢だった。それは私も認める」

 ノアはただ、黙ってウェーバーの話を聞いていた。

「ところがな、最終試験を行う前に父さんは亡くなったんだ。最終試験で私の逆転もあり得た以上、試験で次の王様を決めることはできなかった。それはお前もわかっているはずだ」

 その声は諭すような口調だった。しかし、どこか安堵したような感じにも聞こえた。

 ウェーバーが言ったことは、全て事実だった。ノアが聞いていても、何一つ嘘は言っていなかった。けれども、一番大事なところが抜けていた。ウェーバーは意図的に言わなかったのだ。

だからこそ、ノアが言わなければならないのだった。

「いや、違うな。兄さんは一つ言い忘れていることがある」

「何だと?」

ウェーバーはノアの言葉に急にあせったような顔になった。その顔は明らかに動揺していた。

「兄さんは父さんが死ぬ前に、個人的に部屋に呼び出されたんじゃないか?」

 ノアは続ける。そんなノアを見て、ウェーバーは何か言おうとして口を開いたが、何も言わなかった。

「そしてそこで兄さんは、父さんのある言葉を聞いたはずだ」

ノアがそこまで言うと、聞きたくないという気持ちの表れなのか、ウェーバーは目をそらした。



そしてノアはとどめを刺すように言い放った。

「父さんは確かにこう言ったはずだ『次の王位はノアに譲る』と」


◇◇◇


ウェーバーは急に取り乱した。

「なぜだ!どうしてそれを知っている?誰にも言っていない!誰も見ていない!誰も知っているはずがない!」

 ウェーバーは自分を正当化するのに必死だった。自分が王であるために、一番大事な事実を忘れようとしていたのだ。ノアは静かに言った。

「……父さんから直接聞いた」

 ノアが王様に指名された以上、事前に知らされていても何の不思議もない。けれども、ウェーバーは認めようとはしなかった。

そこからノアの口調もだんだんと強くなっていった。

「兄さんが呼び出される前に、俺も父さんに個人的に呼び出された」

ウェーバーは、ノアの顔をにらみつける。その事実はウェーバーには初めて知らされることだった。だからこそ、ちゃんと聞いていてほしいことだった。

「いいかい兄さん。そこで父さんは俺にこう言ったんだ」

 溜めるように、少し間をあけて言った。

「『次の王位はウェーバーに譲る』と。どういうことかわかるかい?」

ウェーバーはそれを聞いて、ぽかんとしていた。状況がうまくつかめない、そんな表情だった。だが、これの本当の意味が分かった時に初めて、当時の真実を、父の遺言の真意を知ることができるのだった。

 ノアはこのとき、あの日のことを思い出していた。


◇◇◇


それは、先代の王が病に伏しながらも、まだ生きていた頃のことだった。

ノアは当時の王様である父に、部屋に来るように言伝をもらっていた。ノアがそこに行くと父からこんな言葉を聞いたのだ。

「ノアよ。次の王様はウェーバーにしようと思う」

 当時のノアは、その言葉に何の疑問も抱かなかった。ノアは答えた。

「自分もそれが良いと思います。異論はありません」

その言葉に嘘はなかった。自分が指名されたらその責務を全うすること、兄が指名されたらそのサポートに徹すること、そんな覚悟がノアの中に既に決まっていたからだ。ところが、王様はその答えに笑って返した。

「はは。やっぱりお前はそう言うんだな、合格だ」

「合格?どういうことですか?」

王様の言っていることがわからなかったノアは聞き返した。王様は答える。

「はは、すまんな。実は今のが最終試験なのだよ。ノアはそれをクリアしたから、合格ということだ。ちなみにウェーバーにはノアを王にする、と言うつもりだった」

これが全ての真相、王様の真意だった。王様は、お互いに、敵同士である人物を王様にすると言ったらどういう反応するのか知りたかった、と説明してくれた。

「これを受け入れてくれれば、私は安心してウェーバーを王様にできるのだが。もっとも、そうでなくとも、あいつを王様にするのは最初から決まっていて、返事がどうであろうとそこに変わりないのだけれど」

 王様は言った。そして、ノアはふと疑問に思った。

「でも、父さんは試験の結果で次の王様を決めると言っていたじゃないですか?」

 しかし、ノアの質問にも、王様は笑って答えた。

「嘘はついておらんよ。そもそも、試験の結果を見て決めると言っただけで、点数で勝った方を王にするとは言っておらんしな」

 ノアはこのとき初めて自分が利用されたのだと気が付いた。けれども、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それは、自分が王様という器にこだわっていなかったからかもしれないと思い、王様が笑っているのを見て、つられてノアも笑った。

「これは見事に騙されました。それにしても、兄さんを王様にするのに、どうしてこんな回りくどいことを?」

 すると、王様は急に心配そうな表情に変わった。

「それは、ウェーバーがノアのことしか頭にないような気がするからだ。国のトップに立つものとして、本当に気にかけるべきはこの国のことだというのに。自分の保身ばかりを気にする指導者が良いとは思わん」

 だから、わざとノアと対立させた。ウェーバー自身に他人と比較することはくだらないことだと気付いてもらうために。王様は申し訳なさそうにノアに謝った。

「出来レースにつきあわせて悪かったな。ウェーバーが王様になった暁には、しっかりとサポートしてやってくれ」

 このときにノアは、父はやっぱり王様だと感じた。

「はい」

ノアはしっかりと返事をする。父親の考えを理解して、改めてこの国のために尽くすことをこのとき誓った。


◇◇◇


そして、同じ日にウェーバーも呼び出された。

 王様は、ノアに言ったように、ウェーバーに切り出した。

「ウェーバーよ。次の王様はノアにしようと思う」

王様はウェーバーがどんな反応をするのか見ていた。けれども、すぐには返事はなかった。王様はウェーバーの顔を覗き込む。その顔は、空中の一点を見つめていた。それも束の間、ウェーバーはすぐに歯を食いしばると、呟いた。

「なぜ……」

ウェーバーは途端に大声を上げる。

「どうしてですか!最終試験もやらずに決めるのですか?確かに今は私が負けてるかもしれない。だが、まだ逆転のチャンスはあるはずだ!」

 王様は、そんなウェーバーを見て悲しくなった。

「視野が狭いぞ、ウェーバーよ」

 ウェーバーはその言葉を聞いてもなお、王様の意図していたことには気が付くことはなかった。

「こんなの認められない!」

ウェーバーは自分のやり場のない気持ちを、そんな言葉で言い表すと、それ以上王様の言葉を聞かずに部屋を出て行った。王様の呼び声も空しく、その後ウェーバーが部屋に戻ってくることはなかった。


 

その後、真実をウェーバーに伝えることができぬまま、先代の王は死去した。

当初の計画通り、王位を継いだのはウェーバーだった。しかし、それは先代の王が望んでいた形ではなかった。ウェーバーは次第にノアも避けるようになり、ノアの努力も空しく彼の声にも耳を貸そうともしなかった。

そして、数日後、ウェーバーはノアを城外へと追放するのであった。


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