第十話 クロスセピアの王様
会の形式は単純なものであった。学院の生徒がプレゼンテーションを行う。城の関係者や研究者はそれを聞く。そして、質疑応答。
ノアを含め、プレゼンテーションをしないメンバーもいるが、そんな人たちも、カンカミールを含め、今までの準備には関わってきた生徒たちであった。それに対し、ノアはほとんど初めてに近い状況でこのプレゼンテーションを聞いていた。
その中でもノアが一番関心があったのは、やはりカノンのものであった。普段は学校外の彼女しか見ていないため、今日の彼女はまた一段と違って見える。そしてノアはいい意味で予想を裏切られた。
彼女の能力を軽視していたわけでは決してない。けれども、彼女のこの国に対する思いは甘く見ていたのかもしれない。いつか言っていた『たくさん勉強して、学術院に行って、この国を守る研究をする』という思いが強く伝わってくるプレゼンであった。
そして、あっという間に時間は過ぎて、チャンスはやって来た。
◇◇◇
――休憩時間
他の人に怪しまれることなく大部屋を出るには、このタイミングしかなかった。しかし、いかに怪しまれないといっても、ここは城の中。警備がどれだけ厳しいかはノアも知っていた。
だから、ノアはカノンに最後の確認をする。
「本当にいいんだな。俺も簡単に捕まる気はないが、万が一のことを考えると、今ならまだ引き返すこともできる」
カノンは首を横に振った。
「ここまで来て何言ってるの。大丈夫。行って。あとは私が何とかするから」
カノンはそう言ってノアの背中を押す。二人は扉の付近に来ると、もう一度周りを確認した。そして、ノアはにっこりと笑いかける。
「ありがとう」
「気をつけて」
ノアは廊下の先へ姿を消した。その後ろ姿をカノンは、ただ静かな目で見送るのだった。
再び扉を閉めると、カノンは自分の席へと戻っていった。
「そろそろ、再開の時間かね。全員戻ってきたかな」
博士が呼びかける。
「はい、全員揃ってます」
カノンはそう笑顔で返した。
◇◇◇
ノアはかつて自分が住んでいた城の見取り図を、頭のなかに思い浮かべながら、先へ先へと進む。もちろん、途中で見つかってしまうという間抜けな真似をしないように、十分注意しながら。
そして、ノアはある部屋の前についた。そこは自分の部屋だった。正確にはかつて自分の部屋だったところ。今はどうなっているかは知らない。
しかし、ここまでの警備が、思っていたほどではなかったことから察するに、この部屋は以前のノアの部屋のままで、王様も、そこまでこの部屋を気にかけてはいないのではないかと感じた。
ドアノブに手をかけて引いてみる。けれども、鍵がかかっていて開かない。
ノアがここに来た理由は一つだった。もしここが本当にノアの部屋で、侵入できるようなら、そこにはノアの兄、つまりは今の王様へと直接つながるホットラインがあるはずである。いや、ノアが城にいた頃にはあった。それを利用すれば、城の中を走り回ってリスクを冒すよりも、確実だと考えたのであった。
「ダメか」
ノアはため息をつく。そして、しばらく扉の前にたたずみ、部屋の内装を思い出しながら、昔のことに思いを馳せていた。しかし、急に現実に戻ると、こうはしてられないと、扉から離れて、体の向きを変えた。その時だった。
「そこにいるのは誰だ!」
ついに恐れていたことが起きた。ノアは動きを止めた。
声がした方をゆっくりと振り返ってみる。そこにいたのは、ノアの知っている人物だった。向こうもこちらに気付いたらしく、表情を柔らかくして、声をかけてくる。
「あれ?もしかしてノア兄さん?」
ノアも思っていたことを口にした。
「……シルド?」
そこにいたのは第三の王子で、ノアの弟、シルドだった。シルドはノアを捕まえようとするでもなく、嬉しそうな顔をするとさらに近づいてきた。
「ノア兄さん、戻ってきたんだね。どうしたの?」
ノアも知らずのうちに弟に対して警戒心を解く。
「シルド、お前は俺を捕らえて追い出そうとはしないんだな」
「何で?もしかして、ウェーバー兄さんの言いつけのこと?」
シルドは首をかしげる。どうやら、そこまで王様の命令に真面目に従っているわけではなかったようだった。むしろそっちの方が、ノアにとっては都合がよかったのは言うまでもない。
シルドは続けた。
「ノア兄さんがここにいるっていうことは、ウェーバー兄さんに話があって戻ってきたんでしょ?酷いよね、ノア兄さんを城から追い出すなんて。ウェーバー兄さんに会うなら、僕も一緒についていくよ。一人で城をうろうろするよりも安全でしょ?城の中にいるみんながみんな、味方ってわけじゃないし」
弟の提案に、ノアは少し考え込む。けれども答えは明白だった。最初に見つかったのが弟だったことが不幸中の幸いか、一緒に行動した方が安全なのは確かにシルドの言うとおりだった。
「そうしよう」
ノアは答える。シルドはやっぱり嬉しそうだったが、その様子を後ろから見ていたシルドの側近が彼に耳打ちをした。
「よろしいのですか?王様の命令に反することになりますよ」
ノアはドキッとした。命令違反にどういう罰則が設けられているかは知らなかったが、この一言でシルドの気持ちが変わったら、それこそ一巻の終わりだった。けれども、シルドは迷う様子も見せずに答えた。
「いいじゃないか。僕も少し変だと思ってたところなんだ。この際はっきりさせよう」
ノアはほっとした。シルドの側近はそれを聞くと、わかりました、と言って後ろに下がる。シルドはノアによろしく、と手を差し出した。
「頼むよ」
二人は固く握手を交わした。
◇◇◇
そして二人は王様の元へと向かった。
途中ですれ違った人たちも、二人を驚きの目で見ていた。ノアはひやひやしたが、別に自分は悪いことはしていないと感じ、堂々と歩くことにしていた。
その後、二人は王様と廊下でばったり会うことになった。もちろん、その時の王様の表情は、信じられないというものであったのは、言うまでもない。それはノアを見てからの第一声にも表れていた。
「侵入者だ!今すぐ捕らえて追い出せ!」
王様は迷うことなくそう言い放った。
それを合図に王様の側近は、ノアへとダッシュで近づいてくる。しかし、ノアは逃げようとしなかった。そして、そんなノアを守るように、その横をシルドの側近が通り過ぎて、ノアの前に立ちふさがる。
「何をしているのだ、シルド!さっさとそいつを追い出すんだ!」
王様は怒鳴り散らす。しかし、シルドは王様の言うことを聞こうとはしなかった。代わりに、シルドは王様の前へと歩み出て、話を始めた。
「ウェーバー兄さん。僕は悲しいよ。父さんが死んでからノア兄さんと直接会うのは、これが初めてって聞いたよ。少しはノア兄さんの話を聞いてあげたらどうかな?僕でもこんなのおかしいってわかるよ」
ウェーバーはノアを睨みつける。ノアも目をそらさずに、しばらく睨み合った二人だが、間にいたシルドの手助けもあって、とうとうウェーバーの方が折れたのだった。
「わかった。今日は来客もある。こんな所で立ち話などせずに、私の部屋でゆっくりと話そう。ついてこい」
王様は冷たく言い放つと、自分の部屋に向かって歩き出した。ノアも王様について行く。今度は、王様と王子の三人で歩く形になり、城の中は、騒然としていた。そういう様子を見ていて、王様は不快な感情をあらわにしていた。
こうして、ノアは王様の部屋へと向かうのであった。