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石像のラカン・結

「ん……」


 いつものようにアルナが起きると窓の外の太陽は既に南中していた。

 現在、詩作りは一時難航していたことが嘘のようにはかどっているため、夜更かしが増えているのだ。

 健康な体、見た目を保つことは吟遊詩人として必須だが、わき上がって来る創作意欲が手を止めることを拒むのだ。


「……おなか減った」


 最後の理性で夜食は控えているので、朝は少々エネルギーが足りていない。

 アルナは若干危なっかしい足取りで宿屋から階下の食堂に降りていった。



「あれ? ……なんか、人多くない?」


 寝ぼけた頭でも常の何倍もの人がいればさすがに気付く。

 いつにない騒がしさと食事をするでもないのに集まっている人々への興味で眠気は吹き飛んだ。


「おはよー、マスター、ごはん。あとこれ何?」

「もう昼だぞ、アルナ。ほら、そこ座れ」


 いつもの席に着いてマスターに声をかけると、計ったように皿が置かれた。

 トーストしたパンにカリカリに焼いたベーコンと朝摂ったばかりのトマトとレタスを挟み込んだクラブサンドだ。見ているだけで少女のお腹がくうくう鳴る。

 昼食がサンドイッチなのは話し合いや作業している人が食べやすいからだろう。


「いただきます」


 ともあれ、物を考えるにしてもエネルギーが枯渇しているアルナはそそくさとブランチを開始した。

 旅することの多い少女は華奢な見た目に反し食事は早い。大振りなクラブサンドがあっという間に消えていく。


「……それで、このドンチャン騒ぎは何なの?」


 食べ応えのある食事を存分に堪能したアルナは布巾で口元を拭いながらマスターに問いかける。


「ああ、祭りだよ。みんなその準備に動いてんのさ」

「お祭り!? この街にそんなのあったの? 私、聞いてない!」


 全裸祭りとかじゃないわよね、と危惧するアルナは自分の思考の汚染具合に頭を抱えたくなったが、ひとまず耐えた。


 マスターは調理の手を止めず、事も無げに言う。


「そりゃあ、さっき開催が決まったからな」

「はあ!?」

「詳しくはラカン殿に訊いてみろ。――地下に封印した魔物が出てくるんだとよ」



 ◇



 アルナは街中を走っていた。方向は街の入口、ラカンが守る街の正門。

 遠くからでも見える。石像はいつもと変わらずそこにいた。相変わらずポーズは見るたびに違うが、アルナは慣れた。


「ラカン!!」

「昨日振りだな、アルナ。また夜更かしか?」

「ほっといて。今いいとこなの!」

「その情熱は上腕二頭筋のように美しいが、程々にな」

「……褒めてるのよね、それ? じゃなくて、地下の魔物が出てくるって聞いたけど本当なの?」


 石像の足元に辿り着いたアルナがうっすらと浮いた汗を拭う。

 ラカンは少女をじっと見下ろしながら、確と頷いた。


「うむ。本当だ。明日にでも出てくるだろう」

「それが何でお祭りに繋がるのよ。あ、もしかして魔物を鎮める為のお祭り?」

「惜しい。良い勘をしているな」

「うん? じゃあ、アンタを強化する為のお祭りなの?」

「端的に言えば、そういうことだ」


 そこで言葉を区切り、ラカンは表情を消して目を閉じた。

 いつも快活としていたラカンにしては珍しい態度だ。


「アルナ、君の歌を偶に聞くが、英雄譚や童謡、明るい曲が多いように思われる。それは何故だ?」

「……私の雰囲気に合っているから、ってのもあるのよ。これでも商売なんだから」


 だが、それだけではないのは自分でも気付いている。

 アルナは遠く外壁の外に広がる草原を見つめながら言葉を続ける。


「この大陸は一歩街を出たら魔物が闊歩しているわ。絶望なんて掃いて捨てるほどに溢れてる。だから、私は希望を詠うの。誰だって、どんな人だって俯いているより笑ってる方がいいもの。……ラカン?」


 見上げれば、ラカンは笑っていた。いつもの父性的な笑みとは違う、尊敬にも似た心の称賛を少女に贈る笑みだ。


「素晴らしい考えだ、アルナ。絶望や不安は人の心を曇らせる。笑顔と希望こそが祈りとなる。わたしもそう信じている」

「だから、お祭りなの?」

「うむ。それに、皆で騒ぐ口実は幾らあっても困らんものだ」


 二人の視線の先では、街の中央には既に木組みの舞台が作られている。

 本職の大工も混じっているのだろう。傍から見てもその手際は洗練されている。


「それで、皆の祈りを貰って、アンタはどうするの?」

「うむ、わたしには必殺の“鉄拳”がある」

「鉄拳?」

「有り余るパワーで殴りつける。相手は倒れる」

「それ、いつもと何が違うの?」

「本気だ、ということだ」


 ムン、と腕に力瘤を作る全裸をアルナは何とも言えない表情で見上げる。

 暫くして満足したのか、ラカンは元の体勢に戻り、再びアルナを目を合わせた。


「ところで、アルナ、君にふたつ頼みたいことがある」

「……改まって何よ?」

「ひとつ目は明日、何があっても応援して欲しいということだ」

「いいわよ。魔物に暴れられたら街も危なくなるんでしょう?」

「そうだ。そして、ふたつ目は……かの魔物を憎まないでほしい」

「はあ!?」


 大半のことは承諾しようと決意していたアルナも、これには眉を顰めた。


「どういうことよ、それ?」

「頼む。皆に届く君の声が必要なのだ」

「……わかったわ。けど、全部終わったらちゃんと説明して貰うからね」

「ああ、約束しよう」


 大きさの違う二人の小指は絡まない。

 だから、互いの拳を軽く合わせることで約束した。


「それじゃあ、また明日」

「ああ、また明日会おう」


 決戦はすぐそこまで迫っていた。



 ◇



 翌日の早朝から祭りは始まった。

 街長が開催を言祝ぐ挨拶を短くまとめ、楽団が高らかに演奏を響かせる。

 街の各所で酒と食い物が振舞われ、誰もが底が抜けたように騒ぎだした。


『――さあやってきました世紀の一戦ッ!! 住民の皆さまもこの日が来るとは思っていなかったでしょう!!』


 そして、街中に響く魔法拡声器(マイク)を通した少女の威勢のいい美声に各所で歓声が上がる。


『今回の挑戦者は地下に封じられて幾星霜、その姿は守護者のみぞ知る!! 封印されし魔物だアアアッ!!』

「ワアアアア!!」

『対するは我らが守護像、筋肉と石造りの二重奏!! 現代に生きる伝説ラカンだアアアアッ!!』

「ウオオオオオオオッ!!」


 野太い歓声がさらに大きくなる。

 街中のガラスが割れるのではないかというほどの大歓声だ。


『決戦は皆さまの安全を期して外壁の外に広がる草原にて行われます。流れ弾にご注意を。不測の事態につきましてはお近くの自警団までご相談を。それでは、開始まで今しばらくお待ちください。以上、本日の解説は自警団より出張の自警団長――』

『よろしくお願いする』

『そして、実況はわたくし、吟遊詩人のアルナが――ってちょっと待ちなさい!!』


 外壁上の実況席で、アルナは徐にマイクのスイッチを切った。

 マイクを投げないのは吟遊詩人としてのプライドだ。


「どうかされたか、アルナ殿?」

「何で私が実況(こんなこと)してるのよ!?」

「ラカン殿に応援を頼まれたのだろう?」

「応援じゃなくて実況じゃない、これ! 実況:吟遊詩人っておかしいでしょう!?」

「そうは言っても、既に選手が草原(リング)に入場している」

「はあ!? ちょっと待って」


 慌てて実況席から身を乗り出せば、草原の向こうに巨大な――魚がいた。


「……何あれ?」

「魔物でしょう。自分も見るのは初めてですが」


 魔物は蛇よりは短く、そこらの魚よりは長い胴体をくねらせて器用に立ち上っている。

 きょろりとした目はどこか愛らしさを感じるが、その前進を阻むように立つ5メートルのラカンよりも二倍以上の高さがある。

 まっすぐ伸ばした時の全長はラカンの4倍ではきかないだろう。

 アルナもあれほどに巨大な魔物ははじめてみた。


「わたしを覚えているか、魔物よ。かつての言葉をもう一度告げよう。

 ――私にはひとつの命とひとつの肉体しかないが、お前と相対するには十分だ!!」


 しかし、対峙するラカンに恐れは見られない。

 その背はいつものように広背筋が頼もしいほどに盛り上がっている。


「ああもう!! あの馬鹿全裸!!」


 アルナは再びマイクのスイッチを入れた。


『さあ、合図を前に両者既に睨み合っております!! 二人の間には闘志の火花が散っているようです!! そして、今戦いの銅鑼(ゴング)が鳴りますッ!!』


 アルナが宣言すると同時、空気を読んだ衛兵が銅鑼を思いっきり鳴らす。

 腹に響く轟音が戦いの始まりを告げた。


「とおっ!!」


『おおっとラカン選手いきなり突進した!! 見せるのか、魅せるのか!! その右腕は既に発射態勢に入っているッッ!!』


「――邪ッチェリアアアァッ!!」


『いったあああッ!! 鉄拳が魔物のボディにクリーンヒットだッ!! 魔物選手、予想外の奇襲によろめいております!!』

『鰭しかない魔物選手では防げないボディへの一撃。ラカン選手、計画通りといったところですね』

『ラカン選手にそのような考えがあったかは分かりませんが、とにかくいいのが入ったのは確かです。ここからの試合展開が――おおっと、ラカン選手さらに踏み込んだ』


「フンフンフンフンフンフンッ!! ふんぬらばっ!!」


『ここでラッシュだああッ!? これにはさしもの魔物選手も堪らずダウンしたッ!! 腹側を見せて天日干しの体勢かッ!?』

『見事な攻勢ですね。開幕直後の荒波を見事に泳ぎきっています』

『相手が魚類だけにですね。ともあれ、これでようやく相手の頭部に攻撃が届くようになりました。そして――』


「ここで決める!!」


『いったあああっ!! ラカン選手おもむろにマウントポジションをとった!!』

『ラカン選手は短期決戦を狙っているのでしょう。体格差からくるスタミナの差は大きいですからね』

『なるほど。規格外の魔物選手に対して攻め切ることができると踏んでいるのですね!!』

『加えて、互いが触れ合う距離はラカン選手の間合いです。これは、もしもがありますよ』

『ありがとうございます。そしてそして、ラカン選手両腕を振り上げて一発、二発、三発、四発――止まらない、止まらないぞっ!! 筋肉の絨毯爆撃と化したラカン選手止まらないッ!! ここで決まるのか~~ッ!!』

『いえ、待ってください。魔物選手が体をくねらせています。これは――』


「ぬ、むう!?」


『おおっと魔物選手、長い胴体をくねらせてラカン選手を弾き飛ばしたッ!!』

『どうやら仕切り直しを狙ったみたいですね。ラカン選手も無傷とは言えないでしょう』

『さあ、両者距離を離して立ち上がった!! しかし、この距離は――』


「ピギャアアアア!!」

「ぐおっ!?」


『ここで魔物選手の大技、尾びれ大回転が決まったッ!! これは痛い、痛いぞラカン選手――って何ダウンしてるのよ、ラカン!! 立ちなさい!!』

『アルナ殿、マイク入っているぞ』

『~~~ッ!! 失礼いたしました。魔物選手、ゆっくりとした進みでダウンしたラカン選手ににじりよっていきます』

『陸上ではスピードがでないようですね』

『魚類ですからね。そして――いや、ラカン選手、ここで立ち上がった!!』

『どうやらマントが緩衝材になったみたいですね』

『だったら前面にも何か着けておけと言いたいところですが、実況を続けます。両者の距離は三魚身を割った所、互いに手を出すにはまだ遠いかッ!?』

『いえ、ラカン選手には何か策があるようです』

『なんとッ!! 我々にも隠していた切り札がラカン選手にはあるようです!!』


「――隠してなどいない。いつだってわたしは全てをみせている」


 呟く声は外壁の上までは届かなかった。

 だが、彼女の声は聞こえている。それでいいのだと、ラカンは笑った。


『おおっと、ラカン選手、次々とポーズをとっていきます!! まさかまさか今までのホラーにしか見えない門前のポーズの数々はこの伏線だったのかああああっ!!』



「――――いくぞ、筋 肉 大 活 性ッ!!」



 瞬間、街の歓声がピタリと止んだ。


『……これは、これはどういうことだッ!? ラカン選手の全身の筋肉が膨らんでいきますっ!!』

『む、あれは!?』

『知っているんですか、自警団長!?』

『聞いたことがある。あれは筋肉大活性(バンプアップ)。使わない部分の血液を特定部位に移動させることで一時的な筋力強化を施す技だ』

『いやいや、ラカンに血流れて――まさか祈り!? ラカン選手は祈りを集中させているのかッ!?』

『しかし、これは諸刃の剣だ。この集中によりラカン選手の活動時間は大幅に減少する。あるいは――』

『ッ!? ラカン!!』



 ――今こそ、わたしはわたしの祈りを示す!!



 約束してくれ。何があっても――


『ラカン……ラカン!! いっけえええええッ!!』



 そのとき、ラカンの鉄拳が魔物を貫くのをアルナは確かに見た。

 しかし、続く閃光と爆発の中に彼らの姿は消えていった。







「……終わったのか?」


 自警団長が誰にともなく言葉を放つ。衝撃でどこか壊れたのか、いつの間にかマイクは切れている。

 視線の先、草原は未だに土煙に隠されていて、勝敗の行方はわからない。


「……ン」

「アルナ殿?」


 前髪に表情が隠れたアルナがぽつりと呟いた。



 ――応援して欲しい。そういう約束だったわよね。



「――ラカアアアアアン!!」


 その声は少女が今まで発した中で最も真っ直ぐで、どんな音よりも胸に響いた。







「――わたしを喚んだか?」


 そして、煙の中から颯爽と全裸が現れた。

 街中を今日一番の大歓声が包み込んだ。



 ◇



 日が落ちて、各所に掲げられた松明が街を橙色に彩る中、アルナは定位置に戻ったラカンとともに昇りかけの月を眺めていた。


「あの魔物、また封印したの?」


 夜を徹した馬鹿騒ぎが続く中、ふとアルナは問いかけた。

 それは殆ど勘による問いだった。

 ただ、魔物を憎まないでほしいと、わざわざ吟遊詩人に言うのなら、やはりそこには何か意味があるのだろうと考えたのだ。


「ああ、彼はわたし達よりも古くからこの地にいる」

「アンタよりも?」

「うむ、わたしよりもずっとずっと昔からいるのだ」


 地中に溜まった善きものや悪しきもの、そのすべてを呑みこんで魔物は地上にやってくる。

 彼がそうしなければ、あるいは別の災害という形で地中の諸々は噴出するだろう。


「故に、滅するわけにはいかない。彼は数百年おきにああして倒され、地中に還る。ずっとそれを繰り返しているのだ」

「……そっか」


 自分よりもずっと長くあの魔物と対峙してきたラカンが言うのならそうなのだろうと、アルナは素直な心で受け入れることが出来た。

 あるいは、この男が肉体を捨てて石像となった理由もそこにあるのかもしれないのだ。


「そうだ。お礼ってわけじゃないけど、詩をひとつ聞かせてあげる」

「詩を?」

「誰かさんの所為で声ちょっと嗄れてるけどね。けど、やっぱり最初はアンタに聞いてほしいから」

「ほう。どんな詩なのだ?」


 石像の笑みに、アルナもまた最高の笑顔を返した。


「――辺境の街の守護者の詩よ」





 石像のラカン・完

これにて石像のラカンは終わりです。

あとがきは活動報告にて。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。 「アルナ」とラカンやほかの人達との会話などのやり取りが、ボケとツッコミの応酬がいっぱいで、大変笑わせていただきました。 また、『勝利のカギ』など、もしかして『勇者◯ガオガ◯ガー…
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