とある雪の日
君は舞い降りた
初雪とともに
「智史、智史、おかわりが欲しいかも!」
口の周りにご飯粒をつけて、ほわほわした笑顔を振りまく少女が元気に茶碗を突き出す。
体つきとか背丈とかはそこまで小さくはないけど、無邪気な笑顔と子供っぽい行動のせいでどうしても幼く感じてしまう。
「はいはい…」
茶碗を受け取り、台所に行き炊飯器のふたを開ける。冬の寒さのせいか、むわっと濃い湯気が立つ。
「智史ー早くして欲しいかも!」
「わかってるよー」
食卓に戻り彼女に茶碗をわたす。
「はい」
「ありがとうか…あちゅ!!」
茶碗に触れた途端、手を引いてしまった。
「大丈夫?」
「ちゃんと冷ましてから渡してくれないとだめかも」
「あ~そうだったね…ゴメンゴメン」
彼女は熱いものに触れるととけてしまう。
それは『雪の精霊』だから。
………よくわかんないけど彼女がそう言っていたからそうなんだと思う。
髪も肌も真っ白い感じはそういうイメージを抱かないでもない。
なによりあの澱みの無い澄んだ瞳が嘘でないことを証明している。
まぁ、空から降りてきたし。
それはもうラピュタさながらに。
その『雪の精霊』さんが何しに来たのかと聞いたら
「ん~…わかんない。気づいたらあそこにいたかも」
だそうだ…
ただただ平凡な毎日だった。
飽き飽きするくらいに。
それがあの日変わった。
あの日、初雪の日。
僕は彼女と出会った。
通り飽きたいつもの通学路。
その脇の公園、意味もなくブランコに腰掛けていた。
気が付くと雪が降っていた。
ふと空を見上げた。
その時だった。
舞い降りてきた。
本当に雪のように。
風に揺られながらふわふわと舞い降りてきた。
傍にいたいと思った。
守ってあげなきゃいけない気がしたから。
今にも掌の上の雪のようにとけてしまいそうで。
でもそれだけじゃない。
きっと僕は彼女のことが…。
「ホントに寒くないの?」
食事を終えてゴロゴロしている彼女に聞く。
ここは室内だけど彼女の要望で暖房は切ってあって、その中で彼女は最初から着ていた真っ白なワンピースを着ているだけだ。
「全然平気だよ。逆にあったかくするととけちゃうかも」
彼女のとけるというのは本当にドロッととけたりするわけではなく、存在がとけて薄れていくらしい。
そんな気がするんだそうだ。
「君はホントに熱がりだなぁ」
「………」
彼女はなぜか不満そうな顔をしている。
「……何?」
「君じゃなくて名前で呼んでほしいかも」
「ああ、ごめん、えっと…白雪?」
「!……」
彼女の顔がさらに不満そうになった。
「え?あ、あれ?」
「む~智史…自分で名前を付けておいて間違えるのはひどいかも」
「え……あ!そうか!ゴ…ゴメンゴメン…」
そう、僕は彼女に名前を付けた。
初めて会ったとき、彼女には名前が無かったから。
あれは出会って、とりあえず僕の家に連れて帰った次の日。
――――――
「そういえば君の名前はまだ聞いてなかったね」
まだこの状況がよく理解できていないからか、彼女はすごいそわそわしている。
僕もよく分からないけど。
僕の名前は出会ってすぐの時に僕が勝手に言ったから覚えてくれてる…はず…
突然話しかけらたからか彼女は一瞬驚いたような顔をした後、下唇の下に人差し指をあてながら斜め上を見て考え始めた。
「う~ん…わかんないかも」
へ?
「わかんないってどういうこと?」
「ホントに何もわかんないかも。そんな気がするくらいかも…」
どういうこと?
記憶喪失?
空から舞い降りてくるし、記憶喪失だし、超超熱がりだし。
なんなんだろう?この娘は…
雪の精霊とか言われてもなぁ
………………
なんにせよ、名前が無いのはかわいそうだ
「じゃあ名前付けようか?」
彼女は首をかしげる。
「なんで?かも」
「え…いやぁ…だって無いといろいろ不便だと思うよ」
彼女は少し考えこむ。
「不便て何?かも」
そこか…
「う~ん…」
あらためて聞かれるとなんと答えればいいのやら…
「とにかくあった方がいいってこと」
すごいごまかしたなぁ…僕
「…わかったかも!!」
すごい聞き分けがいいし!
「でどんなの?かも」
「え?う~ん…」
何をもとにしようか…『雪』とか『白』とか入れた方が良いかな?
「白雪……」
「なに?かも」
「いや、なんでもないよ」
ベタというか…なんのひねりもないなぁ…
それにちょっと大人っぽい感じがするところが彼女のイメージと合わないし…
「智史~あれ何?かも」
彼女が窓の外を指さしている。
「ん?なにが………」
外を見ると雪が降っていた。
昨日と同じ様な。
「う~ん…雪か…こんな感じのなら粉雪とも言うかな」
「こなゆき……それがいいかも!」
「え?何が?」
「名前!『こなゆき』がいいかも!」
『こなゆき』…か…
彼女のイメージに合ってるし…
かわいい感じだし…
「僕はそれでいいと思うよ」
「じゃ決定かもー!!」
――――――
…今思えば、別に僕がつけたわけじゃないなぁ…
まぁ…いっか
「こなゆきはホント熱がりだなぁ」
「だって雪の精霊だからかも!エヘン」
なぜか得意げに胸を張っている。
こういうところが幼いというか、かわいいというか…
なんの変化もない、平凡な毎日は非日常に壊された。
普通はもっと慌てるべきなのかもしれないけど…
僕は今、ずっとこのままでいたいと思っている。
彼女と、こなゆきとなら、どんな非日常でも、いつまでもそのままでいたいな…
※
「こなゆきー!!」
はぁはぁ……
もう冬が終わり、春が来ようとしている。
だから息はもう白くならない。
ただ、僕の頭の中は真っ白だった。
朝起きると机の上にあった置手紙。
広告の裏に拙い字で
「おわかれしなきゃいけないかも とつぜんでごめんなさいかも たのしかった ありがとう きっとまた会おうね かも こな ゆ き」
字はあとになるにつれてどんどん形が悪くなっていった。そして紙の下半分はしめっていて、広告の表側が透けて見えていた。
その広告も今は、僕の手の中に握られている。
僕の汗のせいでぐしゃぐしゃになってしまっている。
でもこれを握っていないと…
もう本当にダメなような気がして…
どこにもいない――――
そうだ、こういう時に行くべき、まだ行ってない場所があるじゃないか。
※
はぁはぁ……
服の袖は拭った汗でぐしゃぐしゃになっている。
辺りを見回す。
ここは公園、あの日僕とこなゆきが出会った。
人がどこかに行ってしまった時,初めて出会った場所にいるというのは、かなりベタなものだと思うけど。
この広い公園の中を見回すが、人影は見当たらない。
やっぱりもう…
ギィ……
小さくブランコが揺れる音がした。
音のした方に走る。
公園の真ん中の盛り上がったところを越える。
ブランコが見えた。
いた――――
そこには真っ白い肌、真っ白い髪の少女が。
僕は少し安心した。
ドサ…
突然こなゆきがブランコの上から前に倒れた。
「こなゆき!」
急いで走り寄り、抱き起す。
「あれ?…智史……かも…」
こなゆきの声は今にも消えてしまいそうなか弱い声だった。
そして…体が…透けていた。
「なんで…ここ…に?…かも…」
「なんでもくそもないよ!こなゆきこそ突然どうしたのさ!置手紙していなくなっちゃって…」
涙が出てきた。
こなゆきに会えた安心と襲いかかる不安で。
「ごめん…かも………こなゆきね…思い出した……かも…」
こなゆきの体が、存在がどんどん薄くなっていく。
「ダメだよ!こなゆき!ずっと一緒にいようよ!僕はこなゆきが…こなゆきが…」
「さとし…」
こなゆきが僕の腕をそっと掴む。
でもその力もほとんど感じられないくらいだった。
「雲神…さまが…言ってた……かも………雪は……春には…降らない……でも…冬になれば…また……」
僕の腕の中には何もなくなった。
最後にとびきりの笑顔を残して。
空を見上げると一瞬季節外れの雪が降った気がした――――
※
秋が過ぎ、少し経つ。
風が冷たくなってきて、息も白くなってきた。
僕は次の冬を迎えた…
一度ありえない非日常を体験すると、日常もただただ平凡なだけじゃないんだなとわかった。
今の僕はあの頃の僕よりも有意義に生きられていると思う。
それは喜ぶべきことだと思う。
だけど、心に出来た穴はふさがっていない。
公園。
僕がこなゆきと出会った、大切な場所。
最近は特に毎日ここに来る。
たとえ天気予報が晴れでも。
今日も予報は晴れのち曇り。
だけど天気予報が外れることなんて事よくある。
ブランコに腰掛ける、あの時のように。
信じて毎日ここに来るけど…本当にまた会えるのかな…
うつむいて考える。
頬にひんやりとした感覚。
気が付くと雪が降っていた。
空を見上げる
すると空から…
「智史ー!!」
とびきり笑顔のこの冬最初の雪が舞い降りてきた。
はじめまして、またはお久しぶりです月です。
初の童話で短期間で書き上げて、何より初の短編であったために、強引に詰め込んだところがあり、おかしなところがあるかもしれません。
感想、アドバイス、指摘等よろしくお願いします。