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第6章 初戦も兼ねた夜

「あんた、先に言いなさいよ」

 上手目線の妖精に言われ、大地は先手を取ることになった。

「大地」

「ダイチ?」

「うん」大地は頷いた。

「苗字は?」

 頭の上にいる正直鬱陶しい妖精にじっと見つめられている中で大地は僅かな時間黙り込んでしまったが、しばらくすると、小さい声を漏らした。

「ない……」

「えっ、ないの?」

 妖精は不審な表情を浮かべ、大地の顔を覗き込んだ。

「何で?」

「僕、生まれた時から両親いないから名前しか付けてもらってないんだ」

「え、あんた、両親いないの?」

「うん」大地は素直に頷く。

「そうなんだ……」

 妖精は頭の上にいるので表情はよく見えないが、声が若干かすんでいて、自分のことを心配してくれていることがよく分かり、大地はうつむいた。その後もよくは見えないが、妖精が笑ったような気がして大地が自分の頭の上を見ようとすると、妖精はまた大地の表情を窺い、言った。

「なくていいの?」

「別に名前なんてどうでもいいよ」

「そう」

 妖精はフンと首を振り、自分の髪を整えた。

 いつまでもこんなところで突っ立っているわけにもいかなかった。大地は自分の目的を改めて思い直すと、歩き出そうとする。その時――今までに感じたこともない風が吹いてきたのだ。猛獣の威嚇のような冷たい感じの風であった。大地は思わず、空を見上げた。空は青く澄みきっている。大地には、一瞬空が暗黒空間にでも飛ばされたような感覚が脳裏に残っているのだが。

「ねぇ、今何か起きた?」妖精に訊いてみる。

「えっ、今強い風が来ただけじゃなかった?」

「そうか……」

 あの風のせいで魔王が復活して、支配が進んでいることを考えた。ぐずぐずしてはいられない。というよりもさっきから全然この場を動いていない、と大地は自分自身にツッコミを入れる。妖精も速く行きたがっているように大地の頭を叩き、動かそうとする。その鬱陶しさに負け、大地が一歩を踏み出すと、再び立ち止まり現象が発生する。

「あっ!」

 妖精の叫び声に驚き、大地は躓きかけたがなんとか耐えた。

「何」

「ほら」

 妖精の指差す先を目で追ってみるが、そこにあるのは真っ白で美味しそうな大きな雲だけだった。

「あぁ、もう。雲、邪魔~」

雲が邪魔ということはあの雲の中に何かいるのか、と大地は目を凝らして見据えながら思う。雲が風に乗り、流れていく。

「あっ、見えた」

 そう言って雲の方を指差す妖精の声も聞きもせず、見据え続ける大地。雲の流れを目追い、雲の隙間から姿を露にしたのは驚くべきものだった。

「あっ、見えた。きれ~い。ダイチ、あれ何?」

 まさに昨日と全く同じ状況。大地は不思議なものを見るような目でそれを見据え、何も言葉にできないことを感じていた。一瞬、呼吸ができなくなった、とも思えるぐらいの衝撃だった。全く同じじゃないか。大地が今見ている物それは昨日の夜見た不思議な鳥そのものだ。深紅の羽に瑠璃色の尾、その体全体が太陽に匹敵するほど大いなる輝きを放っている。

「分からない」大地は妖精の言ったことに答えるかのように言った。

 見えたのもつかの間であり、不思議な鳥は雲に覆われ、姿を消した。その後もじっと空を眺めていたが、鳥が現れることはなかった。大地は硬直して動かなかった。

「お~い。ダイチ? 大丈夫?」

 妖精に話しかけられるまでは自分が硬直していることに気が付かなかった。

「えっ、う、うん」

「じゃあ、行こうよ~」

「うん」大地は小さく頷く。

 そう言えば、あることを忘れているような気がする。大地はハッとして妖精を頭の上から持ち上げるとのんびりした口調で訊いた。

「それでさぁ、名前何?」

「えっ、あたし? ……フィアラ……」

「ティアラ?」

 わざとボケてやった。

「フィアラよ。フィ・ア・ラ」

 フィアラは大地の頭を一文字ずつ指でつつきながらツッコんだ。

「ったく、速く行くわよ」

 大地は今、広大な平原の上に立っていることを実感した。旅はまだ始まったばかり。妖精フィアラともこれからどうなっていくのか分からないが、魔王討伐に向けて勇気の眼差しで前を向き、歩き始める。


 日も大分沈み、山に隠れてしまうような時に同じく大地とフィアラは山の峠に差し掛かっていた。魔物と戦うことなく、一日を終えることが出来たことは本当に奇跡としか言いようがなかった。こんな山の中、いつ魔物が襲ってくるのかもわからず、一晩中徹夜して見張らなければいけないのか、と大地は思っていた。

「今日はここら辺で野宿」

 フィアラも素直に賛成を認め、休息に入る。夏の生温かな風が吹き抜けていく中、周りから魔物の声が聞こえる。大地たちはたき火を囲み、座っていた。夏の真っただ中でたき火を言うのはもっとも見苦しいが、暗黒の中で魔物の襲われないためにも必要な火であった。そんな暑さに大地は耐える。しかし、フィアラはそうではなかった……。

「ねぇ、ダイチ。こんな時に焚火なんて馬鹿じゃないの?」

 フィアラが大地の頭の上でバタ足のようなことをしているせいで大地の視界は不安定だった。大地は手の感覚だけを頼りに剣を探し始めた。剣を見つけると、何気なく剣をさすり、静かに呟いた。

「しょうがないよ。暗闇で魔物が襲ってくるかもしれないから」

「ふ~ん。そう」

 大地は気にもたれかかった。頭の上のフィアラも気にもたれかかった。背中に感じる感覚がどことなく村の岩に似ていて、村のことを思い出させてくれる。しばらくは目を閉じていたが、時折目を開け、周りの様子を見る。

「そうだ、ダイチ。呪文見せてあげようか?」フィアラはいきなり言った。

「えっ、呪文使えるの?」

「できるわよ~」

 自慢げに言うフィアラが憎い。

「早く見せろ。その前に頭の上にいたら見えない」

「はいはい」

 フィアラが頭の上から下りると久しぶりの軽さを感じた。首を回し、フィアラを見た大地は大きな欠伸をした。

「行くわよ」

「うん」

「リギア!」

 フィアラの手のひらの上に小さな火の玉ができあがった。そのまま空中浮遊をしばらく続け、消えて言った。大地は正直感動した。村人で呪文が使える者などおらず、今回が初めての機会となった。現実では不可能なことを可能にする呪文は大地のとって憧れだった。自分のいつか修業して使ってみたいと大地の昔からの夢でもあった。

「すげぇ。他の呪文は?」

「えぇ、できるわよ」

「どんなの?」

 フィアラは唱えた。

「ロード」

 唱えたものの何も起きなかった。

「えっ、何も起きてないよ」

「何言ってんの。起きてるじゃない」

「えっ、何が?」

 すると、フィアラが大地のほうを向き、妙な数字を呟いた。

「12ね」

「えっ、何が?」

 大地はもう1度同じことを呟いた。

「あんたの強さ」

「えっ、僕が12!?」

「十分よ~。普通の人間なんて大体10ぐらいだもん。あんた2も強いのよ」

 何だか大地にはそれが凄いことなのかよく分からなかった。

「剣持ったらどうなる?」大地は言った。

「どうにもならないでしょ」

「じゃあ、やってみるよ」

 そう言うと、大地は背後に置いてあった剣を手に持った。その瞬間、フィアラの表情が変わった。

「あんた、どうなってるの?」

「何?」

「さ、320……」

「やっぱり」大地は自信満々に言った。

「どうしてよ」

「僕昔から剣持つとなんか力が湧きあがってくるんだ」

 大地はぶんっと大木に剣を振った。常人とは思えないその太刀筋は大木に大きな傷をつけた。フィアラは目を丸くしてそれを見ていた。

「すごい……」

 フィアラは何かに気付いたように大地に言った。

「って、あれ? ダイチ。あんた爪すごく尖ってない?」

 大地は自分の爪をまじまじを眺めた。

「あぁ、昔からちょっと変なんだよ。なんでこうなるのかはよく分からないんだ」

 フィアラはその後何も言わなくなってしまったので、大地は話を始めた。

「フィアラ。僕にもできる呪文ってあるの?」

 よそを向いていたフィアラがこっちを向いた。

「なによ。あんた使いたいの?」

「うん」大地はこくっと頷いた。

「え~。あんたが使えそうな呪文~? ……ラゴスとかならいいんじゃないの?」

「ラゴス?」

 フィアラは笑みを浮かべた。

「冗談よ。人間のあんたにはとうてい使えないわよ。だいたい、人間で呪文が使えるのなんて一握りしかいないわよ」

「使えなくてもいいよ。どうやってやるの?」

 フィアラはしょうがない、とでも言うような表情で手を差し出した。

「手を出して、なんか体中からエネルギーを手に集める感じにして、唱えるだけよ。今はやらないけど」

 それを聞いた途端、大地のやる気になった。

「よし。こうやって手を出して」

大地は構えた。体中からエネルギーを手に集中させる感覚をイメージし、しばらくしてから呪文を唱えた。フィアラはどうせできないだろう、と思ってよそを向いていた。

「ラゴス!」

 大地に衝撃が走った。出来てしまったのだ。手のひらから上空へ静電気とは比べ物にならないほど大きな電気が上がった。フィアラもチラッとそれを見て衝撃を受け、大地の方を振り向いた。2人はしばらくの沈黙の中でただ硬直していた。

「できた……?」二人とも同時に言った。

 先に口を出したのはフィアラだった。

「な、何で、人間に呪文が? あんたどんな体質してんの?」

「分かんない」大地は、茫然としたまま答える。

 フィアラはそれから少し考えていたが、いきなり口を開いた。

「……あっ、お母さんかお父さんが賢者なのかも」

 フィアラは手をたたいて言った。

「そうなのかな? ……でも、これってすごいことじゃない?」

「だからそう言ってんじゃん」

 フィアラは大地の頭をぺしっとたたいた。大地はもう一度手を開いて唱える体勢になった。次の瞬間、二人はパッと後ろを振り向いた。魔物の登場である。大地はその魔物を見るなり、それが最弱の「スルメ」であることに気付き、安心した。大地はニヤッと笑みを作った。

「あいつに撃っても良いの?」

「良いわよ」

 大地は腕を振り上げ、振り下ろすと同時に言い放った。

「ラゴス!」

 スルメがこちらの気配を感じ取ったのとほぼ同じタイミングに閃光となった電撃がする目を襲った。本当に雷が落ちたような音がして、ぷにぷにな塊のような体質のスルメはその場で気絶していた。

「すごい……」

「あんた才能あるわね……」フィアラは茫然をして言った。

 今の音に警戒心を田豆球者たちが数匹集まってきた。すかさず、大地は左手に剣を握った。無双に魔物たちを斬り殺していった。フィアラはまだ茫然としている。あっさりと魔物たちを討伐した大地は溜息を吐いて木にもたれかかる。

「疲れた……」

「あんたをパートナーにして良かったかも」フィアラは呆然とした表情から移り変わり言った。

「それはどうも」大地は苦笑を浮かべて言い返した。

 その会話を最後に大地とフィアラの一夜は終わりを告げた。

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