第4章 旅立ち
元森があった場所を通り越し、村の家々のあった場所を通り越し、とりあえず、村の外へ出た。外には、魔物の姿は全く見えず、ただ一面の平原その先にちょっとした崖があるだけだ。多分、ゲソールたちに皆付いて行ってしまったのだろう。まぁ、単にこれはラッキーだ。弱い魔物と言えども、一々闘っているのは面倒だったからだ。そもそもよく考えてみると、今、大地は剣を所持していない。この現状から逃れるすべは町へ行くことだけだった。
ということで、まず、大地は今の所持品を確認することにした。袋に適当な額の金。村の周囲の地図とさっき見つけた宝の壺、懐中電灯だけだった。今は大丈夫だが、そのうち必ず魔物との戦闘になる。その時に武器は必須だ。しかも、食料もないことに今気づいた。
大地はそんなことも考えながら、村の周囲を描いた地図を開いた。少し先へ行くと、関所があり、その先は大地の行ったことのない未知の世界だ。そんなことに目を輝かせながら、その関所から一番近い町を探す。
「え~っと。町は……ミドルヴァ?」
ミドルヴァという町はそう遠くはない町だった。大地のような子供でもすぐに行けるような距離に位置している。村の大人たちもよくそこへ行っていると耳にする。そこまでに魔物が現れなけばいいが、と心配しながらも、大地は地図を見ながら歩き始めた。
風情もなく、質素な服装をした少年は第一の目的地である関所についていた。見たこともないような大きな橋のど真ん中に構えている関所もあの魔物たちが通ったためか、崩れている。関所の上に立っている関所の証である旗が瓦礫の山の頂に立ててあり、手下たちの遊びか、と勝利の雄叫びを挙げていた様子が目に浮かんだ。魔物たちに抵抗したように見える関所の者たちの遺体が転がっているのを見て、大地は息をのんだ。正直、恐ろしかった。大地は今12歳。この12年の人生の中で初めて姿態を目のあたりにしたのだ。体中から血を流し、倒れこむ関所の者たち。見れば見るほどに吐き気がするのを感じた大地は心を制御した。こんな程度で一々吐いていたら、次の瞬間には殺されてしまう、と思い。ここからは生と死の境を行くようなものだと思った方が正論だった。
大地は手を合わせ、静かに目をつぶる。こんなことは何度も引き起こしてはいなない、と大地は願った。
それとは別に橋からの光景は、まさに絶景だった。ごうごうと音を立てて流れ落ちる水の音に導かれて、大地は関所の属している橋の端に飛び乗った。広大な滝が流れ落ち、朧のように細やかな霧が巻き起こる。遠くには海と自然にあふれる森も見える。この景色の中に何体の生命が生きているだろうか。そんな光景を眺めながら、大地は穏やかな笑みを浮かべた。こんな風景を壊されてはいけない、と強い志を胸にもった。
「よし。行こう」
関所を越えた。実は、関所の外は13歳以上しか出られないのだが、12歳の大地もあと3週間もすれば誕生日であり、外に人にも許しが出るだろう、と思っていた。
ついに外の世界に出た。今まで可能にならなかったことが可能になった。そういう面で魔王の軍に感謝している訳ではない。自分がこの歳で外へ出なければならないのが、いけないことなのだ。とはいっても、大地の好奇心は高まっていた。外の世界……魔王はそれほど支配を進めていなければ、楽しい場所もたくさんあるだろう。村に閉じこもってばかりでは楽しいことなど何もないのだ。どちらにしろ、いずれは村の外に出るつもりだった。ただただ憂鬱で暇だっただけで夢はあったのだ。
しみじみとした話だが、大地には親がいないのだ。幼い頃から村の者たちに適当に育ててもらってきた。両親は村に大地だけを残して、行方不明。村の者は両親のことは何も知らない。ただ、赤ん坊のころに村の外に捨てられていた、というだけ。何度訊いてもそれしか言わないから嘘ではないようだ。捨てられた子供。それが自称的なものだった。大地は少々親を憎みつつ、信じていた。何か理由があって、自分との距離を置いたのだ、と。実際、この12年間姿を現さなかったのだが。両親を見つける。それが大地の夢の片鱗だった。
大地はミドルヴァに向けて足を踏み出した。
ミドルヴァ到着。
ここまで1度も魔物に遭遇しなかったのが、奇跡に思えた。村の周囲はいなかったが、ここまでいないとは。恐るべし、ゲソール軍。奴らも裏手をとれば、なかなか良いことをしてくれた。
途中、急な坂道を登ったり、小さな崖を蔓を用いて下りたり、と苦労させる地形もあったものの、初めて外界の姿を見ることができたことに感銘を隠すことができなかった。
「町って大きいな。初めて見た。でも、村の森ほどはないけど」
そんなことをぶつぶつ呟く。最初に大地は思ったのは、ここに魔物たちが来ていないか。中をのぞいてみても、魔物はいない。どうやら、ここへは来ていないようだ、と大地は安心した。
まず、看板を見る。
【自然に満ち溢れた町 ミドルヴァ】
看板にはそう書いてある。確かに、町の中は自然で満ち溢れている。町の中心部には、大地の村の物など比でもないほど大きな聖樹が植えつけられていた。ありとあらゆるところから木々の香りが伝わってきて、とても快感だった。この町の人々は皆、自然と共に生きていることがよく分かった。
町に入った大地は一直線に武器屋に向かった。行く途中に町の人たちを見ても、魔王が復活したことなど全く知らないような表情を浮かべ、生き生きと生活している。やっぱり、そんなことを考えているのは自分だけなのか、と不安と怪しさが降りかかった。
武器屋の前に来て、大地は普通に店の人に話しかける。
「この剣ください」
「へい、ぼうや。500金だぜ」
(ご、500金だとぅ!)
大地は目を丸くして、その剣の値段の高さに驚いた。財布の中を覗いて、自分の全財産である600金を目で受け止める。まさか、いきなり自分の全財産のほとんど消えていくなんて思いもしなかった。そううまくはやっていけない厳しい現実を受け止め、大地は素直にお金を支払い、それと剣を交換した。久しぶりに剣を握ったように思えて仕方がなかった。その剣を背中に装備した剣入れに収める。
「おい、ぼうや。その剣入れ逆じゃないのか? それじゃ出しにくいだろう」
「いや、僕左利きですから」
「そうなのか」
おじさんは頷くと、小さく笑みを浮かべた。
「どうも」
大地はそう言うと、店を後にした。本当は魔王が復活したことを告げたかったが、そんなことを話しても、子供の冗談としてしか受け止めてくれないような気がしたから、今は告げなかったのだ。
その後、金に対する不安を抱えながら、全財産を使い尽くして食糧を買い、行く先の絶望を思い描きながら、大地は町の中の散歩を始める。町の中は本当に自然で満ち溢れている。散歩していて、改めてそう思った。さっきも思ったのだが、こんな景色を壊してはいけない、と。そんな反面、和む。
(まぁ、そんなに急ぐこともないか……仲間が欲しいなぁ)
魔王と戦うにも、仲間が必要だと思う。そんなことを思いながら、散歩を続けた。