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第3章 魔物の襲撃

 村はまるで廃墟。荒れ果て、見るも無残な姿と化していた。何者かに襲撃された形跡があちらこちらに見える。村人たちは村の中心に集められ、誰かの話を聞いているようだ。

 大地はその誰かをじっと見た。魔物だ。背筋が凍りつく。今日は幾度となくこんな状況に立たさせるのだろう、と胸のざわめきが治まらない。聖樹の方を見るが、何の異変も感じられず、常に天へとまっすぐ突っ立っている。今、何が起きているのか分からないが、この胸のざわめきは本物だ。この鋭いらしい直感がそう言っているのだから間違いはないはず。

 大地はもう宝の壺などどうでもよくなってそこら辺の土壌に投げ捨てた。まず取った行動として魔物たちに見つからないように隠れることだ。ちょうどすぐ近くには自分の身体がすっぽり隠れることができそうな叢がある。大地はその長い草を掃い退けながら、中に入るも、ぐっと2本の長く伸びる2本の夏草をつかみ、俯せに寝転んだ。この叢の中を抜けていくささやかな風を感じることも、胸のざわめきに失せられ、大地は遠方からやってくる2つの陰を見つめた。

 魔物だ。考えが脳裏に浮かんだ時には、もう目の前に来ていることに気づく。なかなか重たそうな体を引きずりながら歩く2人の魔物の動きは想像以上に鈍く、ようやく目の前に来たのだ。さっき隠れるときから自分の存在を知られていたとしたら、恐くてしょうがなかった。このまま通り過ぎていくことを願った。が、願ってばかりでは現実はついて来ないことを思い知らされた。

 2人の魔物は急に大地の前で立ち止まったのだ。緊張感は高まるばかりであった。草は揺らぎ、2人の魔物に気づかれそうになるが、鈍感な奴らはそれを気にせず、ずっと立ち尽くしていた。2人の魔物の目線が気に入り、もう少し奥に隠れよう、と思い、後ろへ下がろうとするが、ここは思考だけに抑えておいた。前後左右草しかないこの場所でいざ逃げようと思ったら逃げ場も必死となるだろう。とりあえず、そっと近くの草を1本抜き取り、逃げ場を作るという無駄にも思える行為をとった。そんな中、2人の魔物は会話を始めている。

「聖樹と聞いて心配したが、そう大したことはなかったな」

「あぁ、魔王様が下さった力は本当に凄い」

 2人の魔物は笑い出す。この会話を聞いて大地は改めて、と言うか初めて実感した。

(本当に魔王は復活したんだ……)

 魔王が復活して、もうすでに支配までもが始まっているなんて思うと、頭の中には「恐」と「怖」の2文字しか浮かんでこなかった。体も反応して震えが始まっている。

(こんなことが起きるなんて……)

 遥か遠く、村の中心よりさらに遠くから魔物の声が聞こえてきた。

「あなたたち。そんなところでのんびりしている暇があるのなら、もっと魔王様のために働きなさい」

 いかにも誠実感漂う堅実な話し方だ。元の声に気付いた2人の魔物は声の元へまた、鈍い足取りで戻って行った。大地も、2人の魔物が行ってしまったことにほっと心を落ち着け、強く握った両手からも力が抜けた。邪魔になっていた長い草をかき分け、前進すると、村の中心を見た。

『ゲソール様!』

 さっきそう言って向かっていく2人の魔物を大地は見ていた。中心にその名の者がいるのは分かっていた。道化師のような姿に、鳥頭を模った杖を右手に、いかにも魔王の手下――いや、その中でも上層部に位置する幹部のような存在感を出している。自分の存在に気付かれていないことは安心したが、まだ油断はできなかった。

 遠方からまたゲソールの声が聞こえる。少々しか聞き取れないその声を大地は耳を澄ませて聞いた。

「あなたたちはこれから魔王様の奴隷として一生働いてもらいます」

 村人たちは皆、嘆き悲しんでいる。親友である大洋も。自然と大地の右手にはぎゅっと握り拳が作られ、唇も噛み締める。涙が出てきそうでたまらなかった。飛び出していきたかった。弱い魔物としか戦ったことのない自分にとって、あいつらは脅威の他に何と言えるだろう。勝てる自信もなく、ただ捕らえられるのを見ているだけの自分の弱さと、どうしようもない現実が本当に悔しかった。

 ゲソールの話が終わると、ある魔物からこんな発言が飛んできた。

「ゲソール様。あの森の中にも誰かいるかもしれません。焼き払ってしまいましょうか?」

 ゲソールは小さく頷いた。

「そうですね。焼き払いましょうか。どうせ、ここにいる奴隷たちもいずれ、役目を終えれば魔王様によって死をもたらされる運命。他の者はここで……」

 そう言って森の方へ歩いてくるゲソールを見て大地はハッとした。これは本当に不味いことではないだろうか。予想では今隠れている叢は森の真ん前に位置しているはず。最悪、森が焼かれるようなことになれば、自分の存在がばれてしまう。万が一、死をもたらされる可能性もなくはない。

 大地はすぐに行動に移った。今は周りに魔物はいない様子。ゲソールが来るまでなら時間はある。大地は叢から気づかれぬように慎重に出た。そこからは唯単(ただたん)に走っていた。自分はこんなに足が速かったのか、と思えるような速さで。大地はとにかく自分の家を目指して走り続けた。

 

 ※

 

 ゲソールは何も言わず、静かに構えた。村人たちの嘆きの悲鳴に対して、手下たちからは歓声が沸きあがった。

「お黙りなさい!」

 とても鋭い目つきで手下や村人たちを睨み付けた。鳥肌の立つような凍てつく眼差しに皆が硬直し、手下たちの歓声も瞬息のうちに無になった。辺りが静まり返り、緊張感が張り詰める中、ゲソールはもう1度構えた。村人たちは魔王の力の恐ろしさに怯えながら、息を呑んだ。

「リューギア!」

 ゲソールの手のひらから激しく、黒く眩いばかりの閃光が放たれたかと思うと、いきなり火炎放射器のように炎が噴き出してきた。その炎に焼かれ、森はあっという間に焼け爛れていく。

 

 ※

 

 大地は走り続ける。後方から恐ろしい勢いで爆風とともに炎が迫ってきているというのに、それに気を向けながらも走る。もう、火が回ってきた。そう思うばかりに体が焼けるように熱くなる。熱風が肌を焼くように吹き当たっているのにも、今気づいた。広大な森を駆け抜けている大地の体力もそろそろ限界値だった。それでも、負けるわけにはいかなかった。肺が悲鳴を上げる中、追いつかれない、と歯を食いしばりながら走り、走り続ける。炎も勢いが衰えることもなく、追いかけてくる。

 もうすぐ、森を抜けると思った直後、大地は大木につまずき、転んでしまった。すぐに立ち上がり、走り出そうとするも、体が言うことを聞かない。体力が限界に達してしまったのかと思ったが、目の前に広がる青紫色の霧を見てハッとした。

 《邪樹》――この森を西に《聖樹》。東に《邪樹》と対に聳立しており、普段は穏やかな樹だが、自らが危機に瀕すると猛毒の胞子を撒き散らす。それが大地の目の前に聳え立っていた。大地の身体は痙攣し、毒の胞子を浴びてしまったことを感じさせた。猛毒の胞子を浴びてしまった大地の身体は自分で制御することはできず、何とか動いても、空を見上げる程度だった。背後から炎が迫ってきているというのに……。このまま力尽き、火葬させてしまうのか……。空を見上げる大地に炎が降りかかり、暑く、苦しい。徐々に意識が薄れていくのが分かった。動けない身体に応じて生きる希望を捨て、大地は死を覚悟した。

『立て!』

 どこからともなく、声が響いてくる。その声が中耳に届くと共に大地はふっと立ち上がった。辺りを見渡しても誰もいない。少し不気味に思いながらも、何故か冷静だった。足元の見た大地は自分に起きている奇跡に気付く。

 立てているのだ。何故だろう? 身体の痺れが和らいでいる。前代未聞的な不思議な現象に驚いている中、炎はもう足元まで来ている。こんな奇跡はない、と感じ、走り出そうとする大地のズボンに炎が引火した。

「熱い!」

 思わず暑さに悲鳴を上げ、走り出した大地は気づかぬうちに森を抜け、そのまま海に走りこんでいた。

 海から出た大地はただ、焼け崩れて行く森をじっと見ていた。もうそこに今までの森の姿はなく、焼けた木だけが連なる平地にしか見えなかった。巨大な煙の塊が空へと立ち昇っていく。今まで村人たちを支えていた森の最期。

「森、燃えちゃった……でも、助かった~」

 大地は首を傾げると歩き出した。とりあえず、大きな岩の場所へ。

「でも、あの声は一体誰だったんだろう? 邪樹の毒も治っちゃったし」

 昨日から今日にかけて連続で不思議なことが起きているような気がする。不思議な鳥……漆黒の者……魔物の襲撃……謎の声。これら全て魔王復活につながっているのだろうか。考えても仕方がないことばかりを頭に残し、耳に魔物たちの足音が聞こえたので、すぐに向かい合っている岩の反対側に身を隠し、魔物たちの様子を窺うことにした。どうやら、魔物たちは残った村人たちを探しているようだ。唯一の生き残りとして大地は絶対に無駄死にはしたくなかった。漆黒の者には見つかったからな。どうしようか。大地はその場で心配した。

『おい。誰かいたか?』

『いや。こっちにはいない』

 魔物たちが話し合っている。自分の家が見つかったことには少し戸惑ったが、家に自分がいるはずもなく、そんなこと考える必要はなかった。家は燃え尽き、全壊していた。魔物たちは家の外面を見ただけで、誰もいない、と言うような表情を浮かべ、その場を去っていった。馬鹿な奴らだな。心中で馬鹿にした。全員帰っていくのを見届けた後も、しばらくあの焼け崩れた森を見ていた。いっぱいに息を吸い込み、大きく深呼吸する。

「疲れた……」そう言うと、大地は肩の荷を下ろした。

 岩に背中をつき、もたれかかる。岩の硬さと冷たさが背中に伝わり、若干痛いながらも、心地良い感覚。目を瞑り、休息に入った。いつもより大いなる風が吹き抜けていくのを感じて、大地は深い眠りについた。

 

 荒々しい波の音で大地はハッと目を覚ました。

「はっ、寝ちゃってた」

 さっきよりも波が荒くなったように感じる。これも魔王復活の影響なのだろうか? と自分の空想を膨らませる。大地にとって、あの出来事など夢ように思えるものに過ぎなかったが、岩の隙間から見える荒れ果てた森の光景を見ると、どうしてもそうは思えなかった。大地は静かに立ち上がった。少しふらふらして、左右によろけた。まだ、疲れが残っているようだ。村も家も全てを失い、大地の行く先はどこもなかった。村人たち、大洋も奴隷にされてしまった。自分にはどうすることもできず、このまま見過ごすというのか。それが本当に悔しかった。

 もう1度岩にもたれかかった大地の頭にある言葉が蘇ってきた。

『お前だけが頼りだ』

 漆黒の言葉だ。この言葉の意味は今になってもどうしても理解できなかった。自分が頼りだというのはどういうことなのだろう。自分に世界が救えるとでも。それを思った瞬間、大地に「クスッ」と笑みが零れた。もしかしたら、漆黒の者は予言者なのかもしれない。何故か急にやる気が出てきた。

「よし。やれる。やってやる……?」

 言いかけた言葉が止んだ。やはり、やる気とは裏腹に不安もあるのだ。

「でも、本当にできる……?」

 大地はその場に佇んだ。やっぱりやる気と勇気が出てこない。やっぱり、あんな森を焼き尽くす奴らとなんか戦えない。

「大地……」

 心臓が飛び出しそうなほど驚き慌てたが、落ち着いて振り返ると、そこには親友である大洋が立っていた。

 大地より1回りぐらい小さい大洋を大地は上から見下げた。

「た、大洋。捕まってなかったのか?」

「魔物たちの隙を見て逃げてきたんだよ。他の人には悪いけど」可愛らしい声で大洋は言った。

 大地は恥ずかしくて顔を下げた。

「大地強いんだろ。大丈夫だって」

 そう、大洋に言われ、大地は顔を上げた。

「大地、もしかして不安なの?」

「い、いや。そんなことはないけど……」

 大地の声がやけに小さい。やはりまだ自信はないのだ。

 大洋は大地に目も向けず、青々とした海に向かって歩いていく。大地はその様子を見ていると、大洋が口を開いた。

「ダイチ、久しぶりになんかやらない?」

「は?」

「しばらく遊んでないよね?」

「うん。まぁ」

 しばらく遊んでいかなったために暇な生活を強いられた。そのことを太陽も考えていたのかもしれない。今さら遊んだって、そう嗜みにもならない気分で大地ははまに落ちていた石を一つ手に取った。

 大洋も石を手に取っていて、先手で海面に向かって投げていた。1つ、二つ……と石が水面をはねて、海の中へと消えていった。大地も同じく投げる。毎日のように海を前にしてきた大地にとって、水切りなど容易いもので、自己満足の域だった。大洋よりもはるかに多い回数水面ではねて海の底へ消える。それを見て何となくよ頃日を得る。が、それほど大きいものでもない。

「くそ~しばらくやってないからできねえ」

 大洋が悔しがって言う。そう言えば、最初にやった時は大地の方が回数が少なったような……。「もう1回だ」と闘争心を湧き上がらせたのか大洋はもう一度手に石を持ち、海面に投げ始める。

 何度も何度も投げる大洋の姿を見ている家に大地も心の奥底から負けず嫌いな精神が現れ始めた。手に石を持ったが始まり、いつの間にか我を忘れ大洋と競い始め、水切りだけでなく他の様々なことで競っては遊んだ。

 最期には2人とも端らは魔の上に寝そべって息を切らしていた。相当長い時間遊んだのだろう。今までもこれぐらいは遊んでいたに違いない。しばらく遊んでいないために今の時間がやけに長く感じられた。

 大地は気がついていた。太陽と一緒にいるとこんなに楽しいのか、と。遊ぶことがなくてつまらない、と考えていた自分を自嘲した。太陽に謝りたいばかりだった。

 息を切らしたながら、大洋は口を開く。

「大地、皆を救けに行けるよね?」

「当たり前だろ!」

 久しぶりに大洋に向かって調子に乗ったことを言ったかもしれない。もう大地は憂鬱ではなかった。元はと言えば、大洋としばらく遊んでいなかったのが原因だったのだ。それが大地の憂鬱の要因。今日久々に大洋と遊べて大地の抱えていた宇佐は晴れたのだ。それだけで大地は……。

 大地は、大洋の次の言葉を待った。

「大丈夫みたいだね……」

 大洋の小さな拳がいきなり自分の背中に当たるのを感じた大地は、不思議な感覚に陥った。時空が歪んだ、と言うのが正しいだろう。周りがぐるぐる回り始め、どこかへワープしそうになる。体がちぎれそうだ、と大地は歯を食いしばり耐えた。

 

 大地はハッと目を覚ました。周りを見渡してもさっきまで一緒にいた大洋はどこにもいない。

「あれ? 夢だったのかな? ……大洋……」

 空は青く澄み渡り、空虚と成している。こんな空模様は見たことがない。海の波の荒さも治まってきた。大地も生き生きとしている。こんな日に旅に出なくでどうする!

 大地の目線は水平線の向こうにあった。次の瞬間、大地は海が轟くような勢いで叫んだ。

「よ~し! やってやらぁ!」

 帯をぎゅっと締め、両手に拳を作り、大空を見上げた。大地の目からは迷いは消え去っていた。大地は、1歩を踏みしめる。大いなる世界へ……。そして、魔王討伐のために。大地の旅が今、始まった。

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