第1章 プロローグ
夜、大地は目が覚めた。
外を夜の冷たい風が吹き抜けていき、家の中にいた大地もその冷たさを肌に感じていた。右に目線を移せば、質素としか言えないこの部屋の中心にいる大地を映す一際目立つ鏡があり、大地の正面に構える窓からは常に月明かりが入ってきている。大地は興味も関心もなく、ただ何となく窓の縁が目に留まったことだけを理由にそちらの方へ近づいていった。導かれるとも感じられなかったが、大地の意識は月の光で満ちる外へと向けられた。
木の枠付けが施された窓から外を眺めると、大地の眼中に満天の星空が入り込む。星々は煌々と輝き、そこに月の光が合わさり、地上に降り注いでいる。その星の1つ1つが宇宙の神秘と輝きを改めて思い知らされる定義の1つでもあった。その輝きに大地の心はちょっとした感動を抱いていたのだ。
大地の意識は、しばらく遠い宇宙の中に取り込まれていたのだろう。気づいた時には、大地は何か不思議なものを見るような目で空を見上げていた。そう、その通り。世にも奇妙で不思議な鳥が星空を美しく舞っていたのだから。その星空を優美に舞う不思議な鳥は、大いなる深紅の翼をはばたかせ、瑠璃色の尾を引いているように見えるが、具体的な色はハッキリ言って分からない。体中からまるで無数の蛍のような光を振りまいて飛ぶその姿は、夜空の星々より目立ち、大地の目に焼き付かせた。
何だ!? あの鳥は……、と大地はそればかり考えていた。もっとあの鳥を見よう、という考えが頭に浮かび、窓から身を乗り出したのは失敗だったようだ。大地の勢い余って下へ落ちてしまった。天と地が逆になり、また戻った頃に大地は地面に落ちたの実感した。
「うわっ!」
何だかいつも以上に甲高い声が出た。運良く家の下は砂だったため大地は無事であったが、そんなことを考える暇もなく、大地の体勢と立て直し、鳥が飛んでいた方を見た。が、鳥は姿を消していた……。
「一体、何だったんだろう……?」
大地の住む島には、数多くの魔物が生息しているが、あんな鳥は見たことがない。外の世界を知らない大地が見たことがないというのは確かに言えることだった。あんな鳥が存在しているのか、という感動を裏に大地の謎は深まるばかりであったが、そんなことを考える想像力をあまり発揮しない大地はそのまま眠気の覚めない目を擦りながら「どうでもいいや」という表情を浮かべ、家へと続く階段を上がった。強い風が吹き抜け、大地の帯は大きく翻り、同時に大地は1つ大きな欠伸をした。その風に押されるように大地は家に入り、眠りについた。
窓から差し込む日の光で大地は目が覚めた。いきなり起き上がった大地は背伸びをすると、周りを見渡した。特に何の異常もないようだ、と思い、何故か安心する。清々しい日の光が大地に朝だということを伝えている。昨日の夜のことを考えると、より眠気が舞い戻ってくるような気がしてしょうがなかった。なんせ、すごい鳥を目撃してしまったのだからな。村の奴らは見ただろうか、と大地は眠気が残る脳裏で思う。一欠伸して背伸びをしつつ、目を擦りながら立ち上がった大地は着替えを済ませると、外へ出た。潮の香りが鼻に伝わる。大地の目の前には、蒼い海が遥か彼方まで広がっている。何気に蒼が好きな大地にとってみれば、一番心地のいい場所であった。そうだ、家の前は海だったんだ、と当たり前であることを改めて思うと、大地は海へ向かう。
輝く白い砂とコバルトブルーの海。この白と蒼の境界線上に今、大地は立っているのだ。波が押し寄せるぎりぎりに立つと、水平線上を目線が走る。どこまで続いているのだろう……、と思えた。
しばらくは、大地もそこら辺に落ちていた木の枝で砂浜に絵を描いていたり、偶に遠くで小さく跳ねる魚を眺めたり、家の中にあった極普通の剣を浜辺で適当に振ってみたりとしていたが、それはあまりにも短い時間に過ぎなかった。時折、目にする白浜に移る海水の満ちた後、初めて海水が足に浸かったことを感じながら、大地はゆっくりと座り込んだ。穏やかな時間が過ぎていく……。友達の大洋の元へ遊びに行こうか――いや、もう遊ぶことがない。村の外で魔物を討伐でもするか――いや、行動可能領域には弱い奴ばかりしかいないから飽きた。大地は大きな溜息を吐き、独り言を呟く。
「暇だなぁ」
大地は、この頃暇が続いている。憂鬱というか、人生に面白味がないというか、とにかくこの暇に満ち溢れた生活から抜け出したかった。面白いことがあればいい。ただそれだけ……。
何することがなかった大地は家に入った。寝転がり、立ち上がり、寝転がり、立ち上がり……を繰り返していたが、途端に何かを考え始めた。適当に遊んでいるよりまず、何か面白いことがないのかを考えてみよう、と思ったのだ。その時、窓から風が吹き込んでくる。その風に何の感情も反応しなかったが、大地は風を吹き先を目で追ってみると、部屋の片隅のタンスの下に何かあるのを見つけた。――いや、見つけたというよりも思い出したのだ。
咄嗟に行動に出る。特に何も入っていないこのタンスは子供の大地でも普通に動かせる大きさであったが、壁にぴったり付いてしまっているこのタンスは押すのではなく、引かなければいけないので、比較的押すより大変な作業だ。が、大地もそんなに弱くはない。普通の子供と同じにしてもらっちゃ困る、とどこの誰かに念を送る訳でもなしに内心で言う。そんな苦労も考えながらも、普通にタンスを押し退けると、そこには地下階段があった。年に1度入るか入らないかぐらいの階段。特に違和感がある訳でもなく、中にも特に何もないから、こういう暇な時にしか入らないのだ。
その条件通り、特に何もすることが見つからなかった大地は頭の中に好奇心もなく、とりあえず、という気持ちで入ってみることにした。
床扉を開けた大地の鼻に妙な埃臭さが伝わる。思わず、「ゴホッ」と1つ大きな咳をすると、手を振って埃を払う仕草をする。毎回、入るときはこの臭いを体験しているので慣れていたものの、それでもきついものだ。大地の表情が少し歪んだ。
地下に入ると、階段が闇の中へ続いていた。大地はその階段を忍び足で下りていく。微々だが、階段が軋んでいるように思えるが、毎回そんなことは体験している大地にそんなことは気にも入らなかった。そんなことよりも大地はこの光が避けぎられた地下室自体が怖かった。何だかこれから違う世界に行くような感覚に捉われてしまうのだ。
地下と言ってもそんなに長いものではない。石の階段をたったの15段ほど下りれば、もう地下室に着くのだ。冷凍室のように冷たいこの部屋は暑い今の時期には最高の部屋であった。大地は電灯を点け、部屋全体を見渡す。何も入っていない樽が数個あるだけ……。いつもと同じ光景……。物寂しさが部屋中に充満する。これも慣れていることだ。
また、大きな溜息を吐いた大地は、何となく樽の1つに腰かける。刹那、大地の体重が重くなっていたらしい……。樽は潰れ、大地は後方へ倒れた。
「うわっ!」
昨日より低い声だったが、同じ「うわっ!」に変わりはない。思いがけなく、後方には壁があった――大地は頭を打ちつけてしまった。相当大きな音と振動がしたように感じ、痛みが後頭部を襲う。そんな中、ふと、あることに気づく。今、ぶつかったとき、壁に変な違和感があった。大地の直感はよく当たる。自分でも大体確信はつく。痛む後頭部を押さえながら、ぶつかった辺りをそっと触った。
考えるよりも先に大地は壁を思いっきり押していた。予感は的中だった。壁はずんと奥へ凹み、まるでスイッチが入ったような機械的な音が鳴り響いた。大地の後方ではもう壁が開き始めている。「こんなところに隠し扉があったのか!」と目を丸くして見つめる大地も今まで気づかなかった大発見に胸を膨らませる。何よりもこの退屈な生活に飽き飽きしていたこの時に起きた幸運的な出来事に興奮が治まらなかった。好奇心を抑えつつも、恐る恐る中へ入った大地は異常な快感を覚えた。今までとは違う空気が流れ込み、まるで別世界に入ったかのような……。尤も、永遠に閉まりっぱなしになるところだった扉を開けたのだから、それもそのはず。
「何だ? この部屋……」
周りを気の枠で囲っただけのようなとても質素な部屋。矛盾の如く目の前には少々豪華な石の台があり、その上に何か不思議な絵柄の巻物と黒色と白色がマーブルになったような色の丸い宝石が置いてある。まず、大地はその黒白色の宝石を手に取るが、その正体が全く予想できず、ただ見つめることしかできなかった。もしかしたら、巻物に正体が持っているかもしれない、と思うと、黒白色の宝石は台の上に置き捨て、巻物の方を手に取った。異様な気配が感じられるわけでもないが、何か書いてあるのか全く見当もつかない。触ってみてもごく普通の巻物。開いてみたい気持ちが抑えられず、大地は巻物の紐を手で解いた。そして、巻物の中身を目を細めてよく見てみると、驚くべきことに気づいてしまった。大地は再度目を丸くした。
まさかの……宝の地図だった。さらに……宝の隠し場所は自分の家の裏手にある森だった。
「ようやくこの退屈な生活から抜け出せる……」
そう呟いた後は驚きのあまり、言葉が出なかった。周りを見渡し、地図と一緒に置いてあった宝石も手に取り、無言で部屋を出て、階段を上り、無言のまま元の部屋に戻ってきた。大地の興奮は頂点に達しかけていた。家の外へ飛び出す。海の囁きしか聞こえない静まり返るこの空間中で大地は声を轟かせた。
「よっしゃ~!」
今までの憂鬱な目を捨て去った希望溢れる目を海に向け、また家に入ったかと思うと、棚をゴソゴソ探り始め、瞬時に奥の方から懐中電灯を引っ張り出すと、大急ぎで裏の森へ向かった。