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第二章 言葉を話したカラスと旧世界の落し物 -5-



「ソーマはあの答えに満足できた?」

 部屋を一歩出るとナツメは不満気にソーマに言った。

「正直いうと全然かな。よく分からなかったよ。取りあえず地下にはいってみる価値があるんじゃないか? もし街でそんな事が頻繁に起こっているんだとしたら、ヒオウギもその一つかもしれないしね。まぁ、それが旧世界の落し物だとは限らないけどさ」

 ソーマの意見にナツメはしぶしぶといった感じで頷くと、大きなため息をついた。

「それにしても変なおばさんだったわね。ヤツデさんって」

「確かに。ちょっと年齢不詳な上に、正体不明っていうか」

「最後までまったく自分のペースを崩さないしね。こっちが聞きに行ったのに、向こうからの質問のほうが多かったくらいだわ」

「カガチさん、どうしてあの人を俺たちに紹介したんだろう。カガチさんはあのヤツデって人の言うこと信じてるのかな?」

 ソーマはふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「どうかしらね。カガチってちょっと意地の悪いところがあるから、案外私たちをからかっただけかもしれないわよ。そもそも紹介しといて、すぐに仕事とか言っていっちゃうし」

 ナツメは面白くなさそうに口を尖らせてカガチへの文句を言った。

「仕事なんだからしょうがないよ」

「それは分かっているけど……」

 二人は文句を言いながら細い階段を下りる。一階にまで下りるとちょうどカガチが上がって来るところだった。

「ああ、終わったのか。もうそろそろだと思って迎いにいこうと思ったところだったんだ。丁度仕事にひと段落着いたところだったしね。どうだった?」

 いつもの温和でさわやかな笑みでカガチは聞いた。

「すっごく変な人だったわ。質問しに来たのに質問し返された」

 対するナツメは、おそらく多大な嫌味をこめてそう答えた。

「ははは、ここにいる研究者は皆変わり者だよ」

 くすくすと可笑しそうに笑うカガチを見て、ナツメの言うとおりからかわれたのかもしれない、とソーマは思った。

「それで、君たちはもう帰るのかい?」

「地下を見ていけって言われたんだけど、降りて大丈夫?」

「ああ、それなら僕が案内するよ。保管室には鍵がかかっているから、持って来よう」

 そういうと、カガチはくるりと鍵を取りに戻っていった。

「やっぱり、あの人からかっただけなのかな」

「気配消して背後に立ったり、カガチの趣味は人を驚かせることなのよ。今気づいたの?」

 ソーマの疑問に何を今更といった調子でナツメは答えた。

 カガチはすぐに鍵を持って戻ってきた。

「さぁ行こうか。暗いから足元を気をつけるんだよ」

 三人は石でできた壁に挟まれた狭い階段を一列に並んで下りていく。一歩地下に下りるとそこは闇が支配していた。ひんやりと冷たい空気が頬に当たった。

「地下にはどんな物が置いてあるんですか?」

「絵画や彫刻。日用品や本。古い物はなんでもさ。ほとんどは作者不明か、持ち主不明の物ばかりだよ」

「それが全部あの人のいうところの落し物なの?」

「それは僕にはなんともいえない。ただ、昔は特に誰の持ち物でもないものがよく落ちていて、そういうものを図書館に集めたって話だよ」

 誰の物でもないもの。ソーマはふとトウワタ老の戸棚の奥にしまわれた行き先のわからない手紙を思い出した。あれの、昔あった世界からの落し物なのだろうか。

「カガチはヤツデさんの言うことを信じているの?」

 ナツメの質問に暫くカガチは顎に手を当てて考えた。

「信じているかは微妙なところだな。でも、あの人に言われて、確かにこの街の歴史ははっきりしていないってことに気付いて興味は持った。君たちはどうだい?」

「俺は、そもそも博士の言っていることがよく分からなかったからな」

 ソーマは頬を掻きながら答えた。世界が旧世界からの落し物でできているなんて話が漠然としすぎていてつかみどころがない。

「私もいまいちよく分からなかったのよ。色々聞く前に追い出されちゃったし。あの人は一体この世界がどうできたと思っているの?」

 ナツメも首を傾げながらカガチに訊いた。

「つまりね、あの人はこの世界が滅びた旧世界を再構築してできたものだといいたいのさ。さぁ、保管庫に着いたよ」

 無骨で頑丈そうな鉄の扉を開けると、カガチは中に入った。ソーマとナツメの二人も続いて入る。中にはいくつもの棚が均一に並んでいて、そこには何の変哲もない日用品が並んでいた。古ぼけた傘に片方だけの靴、俯いた人形にふたの取れた万年筆。本当にとりとめも無いものばかりが静かに行儀よく並んでいた。

「これ、全部?」

 ナツメが圧倒されたようにつぶやいた。

「彼女はね、こういうものは再構築されるときに残ってしまった物だって言うんだ。昔、この世界が生まれる前の世界で使われた物だって。それが消えずに残ったものがこのようにいく当てもなくここで眠っているんだとね」

 カガチの声は部屋の中で反響していくつにも聞こえてくる。まるでここで眠る忘れられたもの達の独白のようだ。

「例えば残されたのはここにある形あるものだけではない。例えば絵が変化したり、カラスが言葉を話したり、今はもう失われた世界の人の思いや言葉も残っている」

「旧世界の人の言葉をヒオウギが喋った?」

「彼女の理論が正しければそうなるね」

 ソーマは黙って部屋にある沈んだ物を見回した。もし、カガチのいうことが本当ならここにあるものは遺品にあたるのかもしれない。

「そして、残されたものは物や思いだけじゃないっていうんだ」

 ソーマとナツメはカガチを見た。

「彼女は、ヤツデ女史は僕たちの祖先も旧世界の落し物だって言っているんだ」

 カガチの声は幾重にも反響して足元へと静かに沈殿していった。


 ソーマがギフ郵便局へと帰る頃にはもう空が赤くなっていた。結局朝の曇り空は昼には晴れて、トウワタ老の考えは唯の杞憂に終わった。

 帰りが遅くなったのは、図書館を出たあと、ナツメに引きずられるようにして家に帰っり久しぶりに両親に会いに行ったからだ。久々に返ったせいか、昼ごはんは見たこともないほど豪勢だった。浮かれる両親にナツメは時々文句を言ったりはしたが、ヒオウギのことを考えているのか、どうしてもヤツデ女史の話が気になるのか難しそうな顔をして押し黙ることが多かった。「またきなさいよ」と、笑顔で送ってくれた両親の顔を思い出しながら道を走った。

 ソーマは自分が養子だと知ったときから、どうしても両親に聞けないことがあった。それは本当のソーマの両親についてのことだ。ソーマの両親とナツメの両親はとても仲がよかったのだという。だから、二人が他界した後引き取ることにしたのだと言っていた。それ以上のことは聞いてはいない。聞かないことが二人を本当の両親だと思っている証拠だと思っていたのだ。

 今日目にした地下で置き去りにされた遺品たち。自分も本当の両親をどこかに置き去りにしたままなのかもしれない。そんなことを考えてしまう。

 ソーマは唇をかんだ。

 ソーマはすぐに郵便局に帰る気がせずに、完全に日が暮れてしまうまではそこら辺を散歩することに決めた。

 スズリ大通りをまっすぐに町を取り囲むように存在する開発地区へと向かった。

 街を一歩外に出ると驚くほど空が広がった。ソーマは自転車から降りると作りかけの家の土台に腰をかけた。

 街の周りにはいくつもの開発中の建物があるのだが、今日は日曜日で仕事も休みなのだろう、誰一人見当たらない。

 穏やかな風が髪を撫でていく。

 ソーマは赤く染め上げられたグラスヘイムを見上げた。一番最初にここに降り立った人間が、旧世界で生きていた完成された人間で、世界が生まれた最初から建物も何もかもあったものだとするならば、なぜ前の世界は滅びなければならなかったのだろう。旧世界を基に作っているのなら、最初から終わらずに続いていっても問題はないはずだ。

 この世界はいつからここに存在していたのだろう。そんな疑問が浮かぶ。

 空を見上げたソーマの瞳に、黒い小さな影が映った。街からまっすぐにこちらに飛んでくると、くるりと一回転してソーマの隣に止まった。

「ヒオウギこんな時間に散歩か?」

 ソーマが頭をなでようと手を伸ばすと、ヒオウギはぶるりと頭を振って拒絶した。ヒオウギはナツメ以外には一向に懐こうとしないのだ。

「かわいくないな、お前。いったい何しにここに来たんだよ」

 ソーマの文句など聞こえないかのように、ヒオウギはそっぽを向いたまま毛づくろいなどを始めだした。見ていると言葉などを話す気配は微塵もない。思い返せばソーマはヒオウギが話したところも、絵が変化したところも見たことがないのだ。郵便鞄に行き先不明の手紙が入ってはいたが、本当にあれが女史の言う『忘れ物』なのかと問われると考えてしまう。むしろそんなわけの分からない物ではなく、ただの悪戯やトウワタ老やソーマのミスで混じってしまったという可能性のほうが高いのだ。

「お前喋んないのかよ」

 ソーマはヒオウギをつついてみた。

 その時、不意に世界が光を失いチョコレートのように溶けて、渦のような闇に陥った。底のない穴に落ちていく、そんな感じだ。闇の奥に何かが見える。色とりどりの四角い柄がモザイクのように並んでいる。

―――町だ。町に落ちていく。町が、近づいてくる。

「カア」

 カラスらしく面倒くさそうに鳴くヒオウギの声に、ソーマはいっきに現実に引き戻された。浮遊感が消え、重力に縛られて、頭がくらくらする。乗り物酔いのような状態だ。

「なんだったんだ。今の」

 ソーマは頭を抱えながら、幻影のような不思議な町の映像を思い出した。吸い込まれそうな、町の風景。ソーマはそのイメージを祓うように、頭を振った。深く空気を吸い込むと、細く長く吐き出す。すべて吐き出すと、少し気分が軽くなった。

 ソーマは空を見上げた。

 空が赤く染まってから、日が暮れるまでは早い。気がつくと空は赤から群青に変わり、空には星が瞬いていた。足元を見れば、もう暗い影が立ち込めている。

「帰るか。お前もナツメが心配するぞ」

 そういったソーマの言葉を理解したのか、ソーマが立ち上がるのに合わせてヒオウギは舞い上がり、瞬く間に夜空と同化していった。

 ソーマはヒオウギの影が完全に夜に消えるのを見届けると、開発地区を後にした。


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