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第二章 言葉を話したカラスと旧世界の落し物 -1-

 氷柱森を出ると、街が見えた。

 冷たく澄んだ木々にも乳白色の硬い大地にも見飽きていた少女は、何の迷いも無く街へと降りることに決めた。

 低い塀に囲まれた無人の街は静寂に包まれて、額にはめられた風景画のように風ひとつ動かない。異様なそんな光景も、気が付けば見慣れてしまっている。

 たった一人の家族であるお婆さんが無くなったその時から、少女は気づいていた。世界は終わりに向かって進んでいるのだ。街から人は消えて、温度は失われた。季節はずっと昔に巡るのをやめている。

 ただ、なぜか太陽だけが規則正しく世界を回り、一日が始まり一日が終わるのだ。

 少女がそれに気付いたのは、お婆さんが消えて一週間もした頃、一日中丘の上で空を見上げていたときだった。太陽はきっとこの世界とは別の場所にあるに違いない。きっとまだ終わっていないところがあり、そこには誰かがいるかもしれない。少女に小さな目的が出来た。

 そして、少女はその日のうちに住みなれた小屋を出ることを決めたのだ。もう、その日からどれ位の時が経ったのかは忘れてしまった。

 小屋を出て、いくつもの森を抜け、川を渡り、無人の街を通り過ぎた。少女が訪れた街はこれで三つ目だ。この街は、その中でも一番小さく古い。

 壁には奇妙の形の染みがつき、屋根には薄く苔がはっている家々と、扇形の幾重にも重なったモザイク柄の石畳。忘れ去られた自転車と空っぽの鳥かご。門に設けられた小さな黒いポストにはもう何も届かなし、誰も何も取りには来ない。

 少女は閑散とした住宅街を歩いた。似たような家が並ぶ、変化の乏しい光景が続いていくのを見ると、氷柱森と変わらない気がする。ただ違うのは、かつてはこの町には人がいたのだということを強く感じることだ。それゆえに、町に降りると安堵を覚え、そして悲しかった。

 いくつもの似たり寄ったりの家々の中で、一軒の家が少女の目に留まった。見た目には他の家々と同じ、何の変哲もない家だ。しかし、その家だけが何故か招くように薄くドアが開いている。

 少女は逡巡したあと、ゆっくりとその家に向かった。ゆっくりと扉を開ける。錆びた扉を開けるたはずなのに、音はない。

 いつの間にか音も消えてしまっていたのだ。

 家の中を覗くと、中は綺麗に整っていた。一番近いドアを開けると、そこはダイニングだった。

小さな花柄のテーブルクロスがかかった長方形のテーブルに、椅子が四つきちんと納まっている。部屋の東側には出窓が一つあり、籠にまるい毛糸玉が四個と編みかけのセーターが、窓からもれる鈍い光に照らされていた。

 編み物を見て、少女はおばあさんを思い出した。少女は二本の編み棒が刺さったままのセーターを取り出すと顔をうずめた。世界が失った体温と陽の匂いを思い出した。

 少女はセーターを握り締めたまま、その部屋を出ると、階段を上がる。

 二階に上がると子供部屋があった。女の子が使っていたのだろう、ベットの脇に溢れんばかりのぬいぐるみが置かれていた。丁寧に扱われていたのか、傷も汚れもほとんどぬいぐるみにはない。ただ、長い間置いてきぼりにされていたせいか、それとも少女の錯覚なのか、ぬいぐるみは色褪せて見えた。少女は手放せずに持ってきてしまった編みかけのセーターを強く抱いた。

 夜はいつも沈むように訪れる。

 少女はまだ無人の家の中に留まっていた。

 ドアの真横に座り込み、見知らぬ少女の部屋の白いレースのカーテン越しに夜空を見る。

 少女の手には、セーターが握られたままだった。かつて、この家に人がいたときのことを思い描いてみる。何人家族だったのだろう。笑いの溢れる暖かい家族だったのかもしれない。

 とりとめも無く、少女はそんな事を考える。

『世界は毛糸玉に似ているわね』

 不意に、少女はおばあさんの声を思い出した。

 確か、暖炉の前で椅子に腰掛けて編み物をしながら言った言葉だ。どうしてそんな事を言ったのか、どういう経緯でそんな話になったのかは、思い出そうとしても霧のようにつかみどころがなくて思い出せない。でも、確かにおばあさんとそんな会話をしたのを覚えている。

『まぁるいから?』

 その頃の今よりずっと小さかった少女は、飛び跳ねるようにしておばあさんに訊いた。

『まぁるいから、世界に似ているの?』

 少女の言葉におばあさんは微笑む。暖炉の火に照らされた橙色の暖かい微笑だった。

『丸くって解くと一本の毛糸が現れる。そして、その毛糸はいくつもの細い糸が絡まってできたものなのよ』

 おばあさんのいうことは謎々のように難しくて、少女にはさっぱり理解できない。『分からないよ』と少女が口を尖らせるとおばあさんは困った顔で微笑むと、『何となくね、そう思ったの』と言って答えは教えてくれなかった。

「あれはどういう意味だったんだろう」

 久しぶりに、本当に久しぶりに少女は言葉を放った。誰にも伝わることがない言葉は、ただ染み入るように夜に消えた。

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