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第五章 世界の壊れる音と世界の生まれる音 -4-



 これは世界の生まれる音だ。

 空間にひびが入り、そこから漏れる光を見ながら、ソーマは思った。図書館の地下で眠るあの人形は、旧世界で最後の独りとなった少女だったのだ。そして今、この世界は崩れ落ちようとしている。あのリボンも、もしかしたら郵便局に眠る手紙だって、この少女の物かもしれない。

 世界にひびが入っていく。新しい世界が、ソーマの住む世界が生まれようとしている。少女の体にもひびが侵食していた。ひびの隙間から光が漏れる。こんな小さな少女でさえ、新しい世界の肥やしだというのだろうか。

 光は急速にソーマを包み、そして、ソーマは真っ白な光の中で、夢を見た。それはずっと一人で道を歩んでいる少女の夢だ。誰もいない町を彷徨うまだ少女の夢だ。長いこと、一人で少女は歩んでいたのだ。ずっと一人で過ごしていた少女のその先に、一人の老婆が見えた。老婆は笑っている。少女もその横で笑っていた。

 一人じゃない少女の姿を見て、ソーマはひどく安心した。そして、気がつくと自然に笑みが漏れていた。



 少女は瞳を閉じた。闇が少女を取り巻く。

 そこにはおばあさんがいた。おばあさんは、編み物をしている。マフラーを編んだいた。正確によどみなくおばあさんの手が動き、マフラーが編みあがっていく。まるで魔法のようだと少女は思った。

 ふと、おばあさんの手が止まった。毛糸がきれてしまったのだ。少女は新しい毛糸を持って、おばあさんに渡した。しかし、おばあさんは受け取らずに、少女に編みかけのマフラーを手渡した。おばあさんに教えられ、少女は新しい毛糸でゆっくりとマフラーを編み進めていった。

 初めてだから、なかなか上手くいかない。何度も挑戦しては挫折して、とうとう少女は手を止めた。少女はおばあさんに返そうと、辺りを見回した。けれど、もうそこにはおばあさんはいなかった。

 仕方ないので、再び少女は編み物を進めた。慣れていないから、おばあさんのように早くは編み進められない。少女は困って泣きたくなった。暗い世界でいつまで編み続ければいいのだろう。もう、やめてしまおうか。

 そう思った矢先、一筋の光が見えた。少女が覗き込むと、そこにはひとつの世界があった。少女が辿り着くことのできない世界。そこに一つの小さな町があった。

 人々が楽しくにぎわっている町だ。世界にはまだひとつしかない、生まれたての町だ。これからどこまでも広がっていく町だ。

 世界が繋がっていくように、この町の人々も繋がっていくのだ。幾重にも絡まり続いていく、螺旋の世界。

 とうとう少女は目指した場所に辿り着いたのだ。おばあさんの思い出に支えられ、ここが自分の目指した場所だとそう胸を張って言えるところまで、歩み続けられたのだ。この世界には、私たちが歩んだ道よりもっとずっと先まで行ってほしいと、少女はそう願った。

 そして、少女はゆっくりと手を広げる。

 そして世界は終わり、始まった。



 ソーマは暖かい水の中を漂っていた。柔らかく優しい水に包まれている。あたりは光一つない闇なのに、怖くない。むしろ懐かしいと感じた。

 遠くで誰かの声が聞こえる。子守唄のような、祈りの声だ。声は水に溶けて、かすかな振動を感じる。ずっとここに居たい。そう思った。

 でもどこかで知っていた。それは幻だと。遠い昔の出来事だと。目覚めなければいけない。

「ソーマ何こんなところで寝てるのよ。もう冬なんだし、今年は特に寒いんだから、風邪引くわよ」

 ナツメの声に目を覚ました。叩き起こされたにもかかわらず、穏やかな目覚めだった。見上げると、薄暗い倉庫の中にナツメとカガチの顔が淡いランプに照らされていた。

「ナツメに、カガチさん。今、ほかに誰かいなかった?」

「僕たち二人だけだ」

「でも、誰かいた気がしたんだ。……祈ってた。その子」

「夢でも見てたの? 私たちが来たときも、ここには誰もいなかったわよ」

「……そっか、そういえば、ナツメ、祭りは?」

 ソーマはようやく体を起こすと、訊いた。

「もうとっくに終わったわ。で、帰りに郵便局に行ったら、ソーマはまだ帰っていないっていうし、あの人のところに行ったら、もうとっくに帰ったっていうし、それでカガチに聞いたら、地下に降りていったって……。あんた、どれくらいここにいたのよ」

 ナツメは怒っているようだった。でも、いつものように手が飛んできたりはしない。

 ソーマはぼうっとする頭で、記憶を探った。ここへ降りてきたときのこと。そこにあった不恰好な人形。そして、一人の少女。

「そうだ、人形」

 ソーマが弾かれた様に起き上がると、人形がころんと転げ落ち、頭を下にして倒れた。ソーマはゆっくりと持ち上げる。

「ずいぶん変わった人形ね。どうやってガラス球なんてはめ込んだのかしら」

 ナツメは首をかしげた。

 人形はちゃんとした人形だった。瞳は両方ともガラス球で頭を重そうに垂れている。 でも、この人形は最後の独りだった少女なんだ。

「そうだ、カガチさん! ヤツデさんはまだいる?」

 ソーマは跳ね起きると、カガチに聞いた。

「ああ、いつもの部屋にいるんじゃないか」

「ありがとう!」

 ソーマは礼を言うと一目散に廊下を駆け上がる。後ろからナツメたちが追いかけてくる気配がするが、速度は落とさず駆け上がった。一刻も早く話さなければいけないことがあった。

 ソーマは壊すんじゃないかと思うほど、勢いよく扉を開けると、本の山を倒すこともかまわずに女史のもとへと走りよった。

「ヤツデさん。分かったよ! 最後の一人」

「まあ、何事。ノックも出来ないなんて何て礼儀知らずな……」

「最後の一人ですよ。『世界の終わりの物語』に書くべき子だ!」

 ヤツデ女史のは、ソーマの言葉に目を丸くした。まんまるな、度の強い眼鏡のおかげで常人の二倍の大きさに跳ね上がる。

「まあ、貴方また名簿か何か発見したの? すごいわね。才能あるわ。助手にしたいくらいよ。で、今度は何を見つけたの?」

「いいえ。証拠とかじゃなくて、見てきたんですよ。最後の一人の女の子。もう半分人形になってしまっていたけど」

「ソーマ、あんた……」

 ようやく追いついたナツメとカガチは、ソーマの興奮に驚いたように顔を見合わせた。

「とにかく、ほら、ヤツデさん、早く何か書くもの出してください。全部話しますから!」

「わ、分かったわ。はい、どうぞ」

 ソーマは話し始めた。女史でさえ気圧される勢いで。一秒でも早く、伝えたい物語があった。たくさんの人に知ってほしい物語があった。今はもういない彼らのために、届けたい物語があった。それはもうずっと昔に終わってしまっているとしても。

 ソーマは、必死に語り続けた。旧世界の終わりと、新しく世界が生まれたときの物語を。

 ――たった独り、その場所に辿り着いた少女の物語を。


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