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第四章 名前のない名簿と萌芽したばかりの町 -3-

 図書館の周りは町の中心ということもあり、とりわけ多くの人で賑わっていた。出店や大道芸人に歓声を上げる子供たち。その中をソーマとナツメはほとんど口をきかずに気まずい空気を背負ったまま歩いていった。

 図書館の玄関にはもう三人が立って待っていた。カガチとクコと、ヤツデ女史だ。

「ナツメちゃん、こっち」

 最初に気付いたのはクコで、大きく手を振った。

「お久しぶりね、お二人とも」

 ヤツデ女史はいつもの高い声で言う。

「ほら、ちゃんと謝ってください」

 カガチが促すと、ヤツデ女史は肩をすくめた。

「そうね、カラスの事は謝るわ。心配かけてごめんなさい。でも、こういっては何だけど、あの子も私と過ごせてそれなりに楽しかったと思うわ」

 女史は非常に女史らしく謝った。あの日の出来事を知らないクコは、不思議そうに首を傾げている。

「何だか、凄く引っかかる言い方ですけど、取りあえず分かりました」

「それと、この前聞き忘れた事を聞きたいの。貴女答えを言わずに行っちゃうんだもの。あのリボンは買ったもの?」

「いいえ。それは私がヒオウギを拾ったときに、そばに落ちていたものです。……もう、本当にあんなことをしないで下さいよ。またあったら、今度こそ許しませんから」

 ナツメの言葉に「努力するわ」と反省しいるんだかいないんだか微妙な答えをすると、ソーマの方を向いた。

「そうそう、あの偏屈じいさんは従業員を増やしたかしら」

「いいえ、まだ。……あの、この後時間は空いていますか? 実は聞きたいことがあるんです」

 ソーマは単刀直入に聞く。一刻も早く、この胸にのし掛かった得体の知れない疑問を解消したかった。

「おや、ソーマは女史とデートするのかい?」

 カガチは意外そうに聞いた。ナツメに睨まれて首をすくめる。

「ええ、平気よ。でも、私の話せることは一つしかないわよ」

「はい、それを聞きに来たんです」

 そう返答すると、「喜んで」と嬉しそうに女史は答えた。

「ソーマ、私も……」

 そう言いかけたナツメをソーマは止めた。

「一人で訊いて、考えたいんだ。後で、ちゃんとナツメにも話すから、ナツメは二人と一緒に行ってよ。クコもいるし、折角の祭りなんだしさ」

 笑顔を作ってそういうと、ナツメは神妙に頷く。

「二人とも、私は大丈夫よ。何かあるなら……」

「ううん。ごめん、大したことじゃないの。さあ、年に一度のお祭りを楽しまなきゃ、ね? カガチも行くでしょ」

「ああ、そうだな。行こう」

「じゃあ、ソーマちゃんとお土産買っといてあげるから、心配しないで」

 心配げなクコに、満面の笑顔を見せるとナツメは二人の手を引いて喧騒の中へと消えていった。後には、ソーマとヤツデ女史だけが残された。

「さあ、いきましょうか」

「はい。お願いします」

 ソーマは町の賑わいに背を向けて、図書館の中へと入っていった。


 場所は前と同じ、ヤツデ女史の部屋であった。カガチに片付けさせられたのか、前より本の数はずいぶん少なくなっている。女史は小さな丸い椅子を取り出すと、ソーマに勧めた。

「今日は長い話になりそうだから座りなさいな」

 女史は椅子に座るとそう言った。ソーマはそのとおりにする。珍しく、女史はソーマが話し出すのを待っていた。どこから話すべきか迷い、少し考えた後ゆっくりと話し始めた。

「ヤツデ女史は知っていたんですよね。俺がその、落し物だって」

「ええ、十三年前からね。貴方はどうして知ったの? 知らなかったんでしょう? お姉さんから聞いた?」

「いいえ違います。偶然」

「そうよね。あの子、貴方にそれを知られるの、怖がっていたみたいだし」

「そうですか」

「ええ、だから時々あんなに攻撃的になるのね。まだ、子供だわ。それで、聞いたんじゃないんなら、一体どこで知ったのかしら」

「墓守の家にあった名簿です。そこに俺の両親の名がなかった。百五十年も前のグラスヘイムで最初に死んだ人の名前から全部書かれているって言うのに……」

 ソーマの言葉に女史の大きな丸めがねの奥の瞳が見開かれた。

「まあ、そんなものがあったの。盲点だったわ。すると、この世界は百五十年前にできたというのね」

 そういうと、女史は抽斗からノートを取り出し、すごい勢いで書き始めた。放っておくと自分のことを忘れかねないと思ったソーマは慌てて言葉を続けた。

「それで、さっきナツメに本当のことをきいて、知りたくなったんです。貴女の説を。もっとちゃんと」

 ソーマの言葉に女史は顔を上げ、ようやくペンから手を離すとまっすぐにソーマを見た。

「この前はどこまで説明したかしら」

「できれば最初から話してください」

 ソーマの言葉に、女史は頷いた。

「分かったわ、なら旧世界のことから話しましょう」

 女史はひとつ間を置くと、静かに話し始めた。

「旧世界。それはそれはこの世界が始まる前にあった世界。あなたが言う事が正しければ百五十年前にこの町で始めて墓ができたらしいから、たぶん二百年前に消えてしまった世界よ。その世界はこの世界に非常に似ていた。まあ、この世界が旧世界の部品で再構築したものだから、似ているのは当た前なんだけどね。でも、もちろん違う部分もあったのよ。どんな部分かわかる?」

「いいえ、見当もつかないです」

「その世界にはね、お墓がなかったの」

「え、じゃあ亡くなった人はどうしたんですか?」

「その心配はまったくなかったの。だって、人は死んだりしなかったのですもの」

 ソーマは絶句した。死んだりしない、そんな事があるのだろうか。

「まあ、この説は私が図書館の保管庫に隠されている資料をみて推測したものだけど、かなり確実性は高いと思うわ。それどころか、彼らは成長もしなかった。つまり、生まれた時から大人は大人のまま、子供は子供のままでずっと過ごしていた」

「ちょっと待って。生まれたときから変わらないって……大人なんてどうやって生まれるんだよ」

「彼らは親からは生まれなかった。世界ができたときから、彼らは彼らとして生まれ、世界が終わってしまうまで、ずっとね」

「でも、死なないならどうして終わってしまったんですか」

 ヤツデ女史は、本棚から一冊の本を取り出すと、ソーマに差し出した。本の題名は『世界の終わりの物語』。ナツメがあの日借りた本だった。

「これは読んだかしら」

「最後の章が書かれていない本ですね。ヤツデさんが書いたって聞きました」

「その通りよ。その本はね、私が五年位前に研究の成果をまとめる為に書いたものなの。自分の考えをまとめて、なおかつそれをほかの人々にも知ってもらうためにね。作者不明の物語と下にある『落し物』を参考にして書いたのよ。でも、世界が消えてしまったときの事は詳しくは分からなかった。おそらくそんな事をいちいち記録している暇がなかったのよ。世界は短期間で終わりに向かってしまったと考えられるの。その本はね、なくなってしまった旧世界の歴史書のようにしようとしたものなの。人の生きた証。だったら、その本を締めくくるのは最後の一人の物語を書くのがふさわしいと思った。でも、そんな記録はひとつも出てこなかったのよね。だから、白紙のままなの」

「どうやって終わったか分からないんですね」

「ええ。何分私たちが生まれる前の世界のことですもの。証拠はあれど、証人はいない。そう上手く何もかも分からないわ。でも、あなたはひとつ重大な記録を見つけたのね。墓場の名簿、今度直接見に行かなきゃ。ところで、あなたは旧世界がどのくらい続いたのか分かる?」

「少なくともこの町より長い……二百年以上は続いたんじゃないかな」

「ええ、その通り。数えてみたら約千年続いたみたい」

「それ、長いんですか?」

「さあ、私たちの町は生まれて二百年ぐらい。生まれたばかりですもの。まだ、無くなってしまった世界と比べても長いかどうかは分からないわね」

「この世界は……どう生まれたのですか。この世界も落し物のひとつ、と言っていましたけど」

「そう、旧世界の物の欠片が合わさって出来ている。その際、不要なものも沢山入っていた。だからあんな沢山の落し物があったのよ。保管庫は見た?」

「はい」

「あそこに収められている半数以上は、最初から持ち主不在であったものなのよ。後から増えたものはずっと少し。どうして、こうこの世界に現れる時期が異なるのか分からないけれどね。……仮説としては、やはり世界が終わり始めてから終わってしまうまで、何か差があったんだと思うわ。最初、どかん、と消えて、あとから少しずつ無くなっていった。そんなところね。たぶん。その差が、この世界に現れる差としてでたのよ」

「……俺のような、人として落し物が生まれるときって、あるんですか」

 一瞬の間があったあと、女史は話し始めた。

「最初に世界に生まれた人々は、そんな風に生まれたと考えられるわ。その後、どうしてかこの世界の人々は前の世界の人々とは違う歩みをした。成長し、出産し、最後には死んでしまった。どうしてそんな違いが出たのかはまだ分からないけれど……。人は最初のときにほとんど生まれてしまったと考えられるの。あなたのように遅れて世界に来た人は滅多にいない。記録にも残っていないのよ。でも、一人だけ、あなた以外に知っているわ」

「え、ほかにいるんですか?」

 ソーマは驚いて聞いた。

「あなたもよく知っている。ギフ郵便局の頑固じいさんよ」

「じいさんが!」

「ええ、あの人は私の同窓でね。そのことを知って私は旧世界について調べようと思ったの。なのにあの爺さんときたら頭が硬すぎて私の言うことに鼻で笑うだけ。あなたはまだ柔軟でよかったわ」

「そんな事って……」

 ソーマは呆然として、ヤツデ女史を見た。そんな話トウワタ老から一度も聞いたことは無い。

「驚くのも無理ないわね。よりによって二人とも郵便局員なんて。しかも、あのじいさんときたら、全く信じようとしないんだもの。頭が硬いったらないわ。あと、あのカラスだけれど、あの場合はたぶんあのリボンが落し物だったんじゃないかって、思うの。カラスがしゃべったなんてはじめて知ったから、もしかしたらカラスそのものが落し物なんじゃないかとも思ったんだけどね。動物は勘が鋭いから、何か影響を受けたのかもしれないわ。前にも言ったでしょう? カラスは啓示する動物と言われているのよ」

「啓示……」

 ソーマは開発地区での出来事を思い出した。ならあれは、ヒオウギから伝えられたものなのだろうか。明かりの灯っていない町の幻影。

「それが、人に伝わることってあるんですか?」

「私は試してみたけど、何も言ってもくれなかったから、どうなのかかしらね。でも、貴方はもしかしたら何か啓示を受けるかもしれないわね。私より近いもの。さて、ほとんど主要なことは話したわ。何か質問、ある?」

「……結局、その『落し物』って、一体何なんでしょう。一体、何のためにあるんでしょう」

「さあ。それは貴方のほうがわかることだと思うわ」

 女史はそう言い切った。しかし、ソーマには何も分からなかった。


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