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第四章 名前のない名簿と萌芽したばかりの町 -2-



 気温は一層低くなり、祭りの日がやってきた。この日は役所も店もすべてが休みになる。ソーマも今日一日は遊んでいられる日だ。しかし、嬉しいと浮かれる余裕はなかった。あの日から、重く硬いしこりが胸にできて今もまだ取れていない。

「今日はお前は祭りに行くのだろう」

 寝込んでから一週間。気がつけばトウワタ老の病気はすっかりよくなっていた。

「じいさんも行くのか?」

「いいや。人ごみは嫌いだ。仲間と飲む」

「病み上がりなのに、いっぱい飲むなよ。じいさん寝込むと逆に小言が増えるしさ」

 ソーマの言葉にトウワタ老は鼻を鳴らしただけだった。

「お前は家に帰るんだろう。久しぶりだ。ゆっくりするんだな」

「ああ」とソーマは気乗りしない返事をした。トウワタ老は眉をしかめたが特には何も言わない。

 家族に会うのは、今は一番気まずいことだった。

 おそらく、聞けばちゃんと答えてくれるだろう。しかし、どうやって切り出したらいいのだろうか。いまさらそんな事を切り出して、養父母は落胆しないだろうか。

 昔、自分が養子だと知ったときのことを思い出した。確か、あれはナツメと遊んでいるときのことだった。ナツメに母さんを脅かそうと誘われて、二人で戸棚に隠れている時、子供たちがいないと思った父さんと母さんは学校に出す手続きをする書類に『養子』と書かなければいけないと、そう相談しているのを聞いてしまったのだ。

 ソーマはため息をついた。外では楽団の奏でる音楽が響いている。それが余計憂鬱さを増していた。

「おい、迎えが来た見たいだぞ」

 窓をさしてトウワタ老はいった。

「カラスが来ておる」

「……本当だ。じゃあ行ってくる」

 しぶしぶながら家を出ると、ちょうどナツメが入ろうとしているところだった。

「あ、ちょうどよかった。今呼びにいこうと思っていたところだったの。さあ行きましょう」

 祭りの間は自転車は禁止されている。二人は並んで狭い路地を歩き出した。

「それにしてもタイミングよく出てきたわね」

「窓からヒオウギが飛んでるのが見えた。ほかの皆は?」

「図書館で待ち合わせ。」

「そうか……」

「あの変な博士にヒオウギの事謝らせるって」

「……うん」

「……」

「……」

 ソーマの弱い声にナツメは怪訝そうに眉をしかめた。

「……どうしたの、ソーマ。いつもと調子が違うわ。何があったのよ」

「いや……」

 なんでもない、そう否定しようと思ってソーマは留まった。ナツメは何か知っているのだろうか。そう考えた端で、ソーマは自嘲する。ナツメは何か知っている。だから、あんなにもヤツデ女子の言葉に怒ったのだろう。もし訊くなら、早いに越したことはないのだ。躊躇すれば躊躇するほど聞きづらくなる。今聞いたら、ナツメはちゃんと答えてくれるだろうか。ソーマは深呼吸をした。訊こうと、そう思った。

 ソーマはゆっくりと話を切り出す。なるべく、ナツメの顔を見ないように、真直ぐに道の先を見つめたまま。

「あのさ、ナツメって、俺の……両親のこと知っているのか?」

「……会ったことはない。どうしたの、急に」

 ナツメの声が硬くなった。

「いや、三日前にクコに頼まれて墓守のところに行っただろう。墓守に手紙渡したら、返事書くから待ってろって言われて、待ってたんだ。その時、暇だから見てろって、墓に眠っている人の名簿を見せられたんだ」

「ふうん。相変わらず変わっているのね。墓守さん」

「うん。あんまり長いことかかったから、見てみたんだよ。その名簿。そこには亡くなった人の名前と、その日付、墓の場所、そしてその家族の名前が載っていたんだ。そこにはグラスへイムで亡くなった人の名前がすべて記されているって言っていた。一番最近の名前は、もちろんクコのおじさんの名前だった。ナツメのおばあさんの名前も書いてあったよ。家族の欄に義母さんの名前が書いてあってわかったんだ。それで、探してみたんだよ。俺の、両親の名前を……」

 ソーマは言葉を区切る。ナツメは何か言うかと思って、待ってみたけれど、ナツメは何も言わなかった。深く、息を吸うと言葉を続けた。

「見つけられなかったんだ。俺の、両親の名前。それどころか、俺は両親の名前さえ知らなかったんだよな。聞きにくかったっていうのもあるけど、義母さん達も、それを教えてくれなかったのは、どうしてだろう」

 横で、ナツメが歩くのをやめた。ソーマは立ち止まると、ナツメの顔を見た。ナツメは無言で足元を見つめたままだった。数歩先に行けば祭りの喧騒に包まれる、その手前で二人は無言で立ち止まったままだ。

「それ、お母さんたちに言わないで。……ううん、それは駄目か。隠していてもこんな風にいつか分かることだものね。ちゃんと真実は言ったほうがいい……か」

 ようやくナツメは言葉を発した。

「やっぱり、ナツメは知ってるんだな。俺の両親はどうしたんだ? ずっと、義母さんたちの親友の子供だったっていうのは、嘘、なのか?」

「ええ」

 ナツメは顔を上げると、ソーマの顔を直視しながら迷いのない声ではっきりと告げた。

「俺の両親は、どうしたんだ」

「分からない、誰にも。ソーマは、図書館の前で泣いていたのを朝、お父さんが見つけたのよ。たった一人、泣いていたって言ってた。たった一人で泣いていたんだって、ね。お父さんは役所に行って誰が親か調べた。ちゃんと、街の一人一人調べたわ。でも、本当に誰もいなかったのよ。そして、うちで養子として向かえることにしたの。両親はいないって事は内緒にしてね」

「皆、そのことを知っているのか?」

「ううん。限られた人しか知らないって。一番最初に相談したのは、図書館の研究者だって言っていたから、今思うとヤツデさんだったのかもね。……知っていて驚いたわ。後は、役所の人が何人か」

「そんな……」

 ソーマは絶句した。ナツメの言葉は、ソーマを女史の言う『旧世界の落し物』だと、そう告げていた。遠いと思っていたものを、急に目の前に突きつけられて、ソーマの困惑は一層増した。自分は一体何なのだろう。

「私がそのことをちゃんと知ったのは、あんたが自分を養子だと知った直後よ。あんたが家を出るって決めて、こうなるんなら、最初から養子だといっておいたほうが良かったんじゃないかって、お母さん達を責めたの。そしたら、そのことを話してくれた。ソーマは自分たちに向けられた贈り物のようなものだから、自分の息子と変わらない、そう言ってた。だから、私もその事を黙っていようと決めたの。……それにしても、墓場の名簿か……。そんな物があったとはね」

 ナツメはそういうと空を見上げた。

「ソーマが養子だとわかったときと同じ。これだったら、最初からちゃんと打ち明けていたほうがよかったよね。……ごめん。でも、お父さんもお母さんも、もちろん私も、ソーマを本当の家族だと思っている。……それは忘れないで」

 ナツメの声は、どこまでもまっすぐで、真実を告げていることが分かった。

「……俺も、もちろん家族だと思っているよ」

「そう……。良かった。あんた、あの日からいつも自分が血が繋がっていないってだって強調するから、どこかで遠慮しているんだと思ってた。まあ、隠し事されてたから無理もないけど」

「うん、遠慮は確かにあったかもしれない。それでも、ちゃんと家族だと思っているよ。本当のさ。ただ……」

 ソーマは足元に落ちる自分の影を見つめたままつぶやいた。

「それなら俺は一体何なんだろう」

 自分というものが、こんなにも得体の知れないものだとは思わなかった。もしかしたら、紙で出来ているのかもしれない、ソーマは自分の手を握ると、確かにそこには厚みのある指があった。なら、これは中身の伴わないただの殻なのかもしれない。

「ごめんなさい、それは私にも分からない。でも、何かすごく悔しいけど、一人だけこれから会う人に答えに近いことを教えてくれる可能性がある人はいるわよ」

 ナツメの声にソーマは顔を上げた。

「ヤツデ女史か」

 ナツメはどこか拗ねたような表情で小さく頷いた。



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