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第三章 葬送式と消えたヒオウギ -3-



 幸いその日の配達は、かなり楽なものであった。量自体は多かったのだが、ほとんど役所宛の手紙ばかりで、他の場所へ当てた物は僅かだったからだ。そのため、珍しく早起きして配達を始めたのに、最後の一枚を届けに行くとき、まだ二時を回ったばかりだった。空を見上げると、青い空に雲が流れていくのが見える。しかし、そこにヒオウギの姿はなかった。忙しくて散歩をさせる暇がなかったのかもしれない。

 ソーマは自転車を降りると、建物の中へと入っていった。最後の一枚はカガチに宛てられた手紙だった。

「ごくろうさま」

 カガチはアウトリ通りにほど近い、クリーム色の小さなアパートに住んでいる。学校の近くということもありそのアパートには、学生や研究者といった人が多く住んでいた。

「今日はお休みですか?」

「ああ、配達はもう終わりかい? もしよければ、コーヒーでも飲んでいかないか。ちょうど今淹れたところなんだ」

 ソーマは少し考えた後、ご馳走になることに決めた。珍しく早起きした事と、大急ぎで配達をしたことで少し疲れを感じていたのだ。

 カガチの部屋は整頓こそされていたが、それでも全体の印象はヤツデ博士の部屋と似たようなものだった。圧倒されるばかりの本の集団だ。ソーマは昔ナツメに引きずられて、女の子の集団の中で一人男という状況で遊んだときに感じた場違いな居心地の悪い気持ちを思い出した。

「これ、全部図書館の本ですか?」

「まさか。ヤツデ女史のように借りた本をそのまま返さずに、まるで最初から自分のものだという風に振舞えるほど神経は太くないんだ」

 コーヒーをソーマに渡しながらカガチはいった。柔らかく笑ってはいるが、よく考えるとものすごい暴言だ。もしかしたらその事でちょっとした恨みがあるのかもしれない、とソーマは思った。

「これは僕の本だよ。複製してもらったものなんだ」

「これ、全部カガチさんの持ち物なんですか」

 ソーマは目を丸くした。

「わざわざ本を手元に置いてどうするんですか?」

「好きな本は何度も読んでしまうからね。わざわざその度に借りるより、手元に置いておいたほうが好きなときに見られるからいいんだよ」

「カガチさん、いっそのこと博士たちみたいに図書館に泊まったらいいんじゃないですか?」

 ソーマがあきれた調子で言うと、カガチは苦笑いして、あそこにはちゃんとしたベットがないんだ、言った。

「でも、研究者の人たちはどうしてるんですか。あそこで生活してるんでしょう?」

「ソファーで寝たり、いすに座ったまま寝たり……。まぁ、ちょくちょく物を取りにいったりして家には帰ってるみたいだけどね。図書館は生活するための場所じゃないから、いろいろ不便なんだよ」

 ソーマはコーヒーを一口すすった。まだ熱い。ソーマはコーヒーに息を吹きかけて冷ましながら、部屋を見回した。小さな机の上に開いたままの本が置かれている。

「本を読んでたところだったんですか。ナツメに知られたら、休みの日に部屋にこもってるなんて不衛生だって、追い出されますよ」

「そうだね。ちょうど読んでいたところなんだ。ほら、君たちも読んだことあるだろ。世界の終わりの物語さ」

 カガチは本を閉じるとソーマに渡した。確かにそれは前にナツメが借りて、ソーマが図書館で途中まで目を通したあの分厚い本だった。ただ、図書館においてあったものよりも若干新しい。

「これもカガチさんのものですか」

「ああ、これは図書館で働き始めたときに作ってもらったものなんだ。君たちの話を聞いて久しぶりに読みたくなってね。最近よく読んでるんだよ」

「そういえば、図書館にあった本、最後の章がなったですよ。名前だけで、ページが無かったんです」

「ああ、それは最初からそうなんだ。……これは、実はヤツデ女史が書いた本なんだよ。資料が無くて書けないって嘆いていたよ。かけないなら十二章は無くしたらどうかって言ったんだけど、どうしても書きたいらしくてね。融通が利かないんだよ」

「ええっ、これあの人が書いたんですか? あの、落し物がどうとかいってた、あの……」

「そう、あの女史が書いたものなんだ」

 ソーマは絶句した。書いた本が図書館に置かれているという事実を知って、ヤツデ女史が凄い人に思えるから不思議だ。

 二人が申し合わせたように同時にコーヒーを啜り、沈黙が訪れた後、ぽつりとソーマが呟いた。

「そういえば、郵便局にも似たようなものがあるんですよ。宛名が書いてない手紙。いつの間にか混ざっていたんですよね。俺もじいさんも気付かないうちに鞄の中に。じいさんが勝手にあけちゃったんだけど、中にも行き先は書いてなくて、結局まだ郵便局にあります」

「図書館の地下の保管庫にある遺失物に似ているね」

「でも、あの手紙は多分じいさんか俺がうっかり見逃しただけだと思うんですよ。手紙に宛名が書かれていないのも、きっと悪戯だから。似たような手紙が昔から来てたみたいで……。だから、あそこにある遺失物も本当にただの落し物で、落とし主に忘れられたとか、いらなくなって放っておかれたってだけなんじゃないかって」

「つまり、君はヤツデ女史の説は間違っている、と思っているんだね。うん、確かに、そうかもしれない」

 カガチは反論することなくソーマの言葉を静かに受け止めた。

「だって、旧世界なんてもう終わってしまった世界のこと、分かるわけないじゃないですか。ヒオウギが喋ったのだって、たまたまそう聞こえただけかもしれないし、絵が変化したのだって、ヤツデさんが直接変化したのを見たわけじゃないんでしょう?」

「君の言うとおりその可能性も大きいね。それに、ヤツデ女史の説にしても君の説にしても、どちらの理由をとってももう過去のことだ。分かったところでたいした違いは無いとも言える」

 カガチはコーヒーを一気に飲み干すと、二杯目を入れ始めた。

「でも、カガチさんはヤツデさんの説に興味があるんですよね」

「ああ。実は、すっと前からちょっと疑問に思っていることがあってね。それで、ヤツデ女史に説に興味をもったんだ。……たぶん、僕は暇人なんだよ。もちろんヤツデ女史も。だから、そういった事にこだわるんだ」

 カガチはそういうと時計に目をやった。

「今、君の家はクコの手伝いなんかで忙しいんだろ。これから手伝いに行くのかい?」

「はい」

「僕も手伝いに行くよ」

 カガチはそう言うと、カップを流しに放り込み、ソーマに続いた。

「いいんですか?」

「今日は休みだからね。一日家でぼうっとしているのはナツメの言うとおり体に悪そうだ」

 二人は表に出ると、商店街へと向かった。


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