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第三章 葬送式と消えたヒオウギ -2-



 クコのおじさんが亡くなったと聞いたのは、ちょうど配達に出ようとしていた矢先のことであった。いつもより高く澄み渡った秋の空で、雲ひとつない見慣れたはずの晴天が何だか嘘のように思えるそんな朝だった。

「おじさんが亡くなったんだって。お母さん達は、今日は一日中その手伝いをしてる。私もすぐに行かなくちゃ。ソーマ、あんたも夜の葬送式には来なさいよ」

 そう言ったナツメは、泣いてはいなかったが疲れがたまっているのか、重苦しくやつれた目をしていた。何か欠落したような居心地の悪さを感じると思ったら、珍しくその時のナツメはヒオウギを連れてはいなかった。

 その日、ソーマは配達をいつもの倍のスピードで終わらせると、急いでナツメの置いていった喪服に着替えた。

 街には薄暗い闇の帳が落ち始めていた。

「じぃさん、行ってくる」

 ソーマはそう言うと、心もとないほど小さな灯りのついた手提げランプを持って、洋服屋へと向かった。自転車は使わない。喪服を着てランプを持ったその時から、葬送式は始まっているのだ。

 一歩大通りに出ると、同じようにランプを持った人が、同じ方向へと無言のまま歩いて行く。一言も言葉は交わさない。それは葬送式の慣わしだ。

 こじんまりとした洋服屋の前には、もう幾つもの頼りない鈍い明かりが、寄り添うようにひとつの塊をなしている。訪れた人々には子供も多くいる。皆ただ押し黙ったまま、そのときが来るのを待っていた。

 やがてクコ小さな扉を開けてゆっくりとみんなの前に姿を現すと、深く頭を下げた。手には弔問者が持っている小さな手提げランプよりも、一回り大きい凝った細工のランプが握られていた。

 クコはナツメより一つ年上だけれど、身長はずっと低くて、一見するとクコの方が年下に見える。クコは泣いているのかもしれない。しかし、夜の闇とランプの灯に隠れて、ソーマはクコの表情を読み取ることはできなかった。

 やがて家から棺が大人達に支えられて運ばれてくる。その一人はソーマの養父であった。

 道の先頭をクコが歩き、その後ろを棺が続いた。小さなランプを持った集団はその後を無言で続いていく。乱れた足音だけが街に響いていた。

 長い長いその奇妙な列は、急ぐこともとどまることもないまま、まっすぐに進んでいく。役所が連なるノルズリ通りを進み、北の開発地区を抜けさらに先に進む。小高い丘を越えたその先にいくつもの磨かれた丸い石が転がる平野に出た。

 人が死ぬと北のはずれにある墓地に埋められる。

 その墓場にいる墓守のじいさんはとんでもない変人で、無闇に近づくと頭から食べられるとグラスヘイムの子供たちは固く信じている。ソーマもずっと昔はそう信じていた。

 墓地には待ち構えるように何人もの大人が立っていた。その一番前には大きな目をぎょろつかせた、湿った骸骨のような墓守のじいさんが待ち構えている。学校に行く前の子供たちはびくりと体を震わせ、口を開かぬままお互いの顔を見合った。夜の影で墓守の顔は一層やつれ、まるで死神のようだった。

 ソーマが首を伸ばすと大人たちの囲む、その真ん中に細長い長方形の穴が見えた。そこに棺を埋めるのだ。

 たくさんの鈍い明かりと沈黙に囲まれて、棺は埋葬された。

 一番最初にクコが棺に土をかけ、続いて弔問客が順番に土をかけていく。ソーマの番に回ってきたとき、もう棺は土にすっぽり隠れてしまっていた。

 亡くなったクコのおじさんの顔がソーマの脳裏に蘇る。クコと同じように小柄で、よく笑う人だった。

 弔問客全員が土をかけ終わると、最後に墓守の手によって土はならされ、その上に丸くよく磨かれた丸い石が置かれた。それを見届けると、今度は弔問客から順に街へと帰っていくのだ。ソーマは町へ向かう、その前に、周りを見回した。いくつもの石が墓地にはあった。その石の数だけ死者が埋葬されているのだ。あの石のどれか一つに、ソーマの両親がいるのだ。

 ソーマは墓地に背を向けると、人々に埋もれるようにして家路についた。家の中に入ってしまうまで、一言も声を発してはいけない。無言のまま死者を弔い、葬送式は幕を下ろす。

 ソーマは沈黙に固められた路地を抜け、郵便局に入ると大きくため息をついた。

「ソーマか」

 トウワタ老は重苦しい声で、帰ってきたソーマに声をかけた。

「ただいま」

 ソーマはランプの明かりを消すと、トウワタ老にランプを返す。

「ずいぶんと疲れたようじゃな」

「だって、葬送式ってそういうもんだろ」

「それはそうだ」

 いつもと変わらない調子で言うと、トウワタ老はソーマからランプを受け取り、火を消すと布で丁寧に拭き始めた。

「明日、配達の後ナツメのところによって服、返してくるから遅くなるかも」

「ついでだ。飯も食ってこい。食費が減る」

「その分給料から差し引いているくせに、何いっているんだよ」

 トウワタ老の言葉にソーマは口を尖らせる。

「暫くは、養母さんがクコの店の手伝いに行ったりして大変だろうし、ゆっくり家で食べようなんてしたらナツメに追い出されるよ」

「なら夕飯を食べる代わりに手伝いでもしたらどうだ?」

「こっちの仕事もあるだろう」

 ソーマがいうと、「いつも寝坊しとるくせに何を言う」とトウワタ老の叱責が襲ってきた。

「手伝いはするかどうか分からないけど、とにかく明日は帰りが遅くなると思うから」

「念を押さなくともわかっておる」

 ソーマはトウワタ老のぶっきらぼうな了承を聞くと、屋根裏の自分の部屋へと上がった。

 葬送式というものは気が滅入ってかなわない。そういう時は、すぐに布団に包まって、一晩ゆっくり寝てしまうのがいい。ソーマは布団を頭まで被ると、眠りについた。


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