兄ちゃん死ね
兄ちゃんはゴミだ。うるさいしブスだし頭も悪いし、なにより妹をおもちゃとしか思っていない。平気で嘘をつくし、すぐ馬鹿にするし、なにかと実験台にする。嫌といってもやめないどころか輪をかけて酷いことをしてくるクソ野郎だ。クズとゴミと馬鹿とクソを集めたキモ蟲毒があったら必ず壺から出てくるだろう。そうやって全人類を引っ掻き回す化け物になる前に私が尊い犠牲となっているのだ。あー、はやくあいつ死なないかな。
「星をつかみに行こう」とかなんとかそれっぽいことで気を引いて山の中を連れまわした挙句置き去りにしていったのなんかまだいい方で、おもちゃの虫で私がビビった隙に本物のゴキブリを数匹部屋に放って閉じ込めたこともあるし、美容師目指してるからとか意味の分からない嘘で人の髪の毛をバサバサ切り倒したうえに真っ青に染め上げてしまったこともあった。
さらに許せないのは学校ではやたら友達が多いことだった。「木梨の妹」というだけで上級生から無意味に絡まれ、同級生には敬遠された。問題なのは同じようなうるさいゴミだけじゃなく、まともそうな人とも仲が良いことで、いったいあいつに何の魅力があって人が集まるのかこの世の中が怖かった。
そんな兄が、初めて役に立つときがやってきた。
ある日中学校から帰ってきたら、玄関に知らない靴があった。兄ちゃんが友達を連れてきているに違いないと思ってさっさと部屋に隠れようと思った時だった。たまたまトイレから出てきた客人とエンカウントしてしまった。
「夜葉の妹さん?こんにちは」
ご丁寧にも、お邪魔してます、と挨拶をしたその青年は、まるで少女漫画から飛び出してきたかのようなまごうことなき王子系イケメンだった。こんにちは、と返すだけだったのに信じられないくらい声がひっくり返った。
兄ちゃんの謎の人望も、ついにここまで来た。こんな芸能人みたいな人、そうそうお目にかかれないし、ましてや自分の家に来るなんてありえない。あいつ、なにをしたらこんなに人に恵まれるんだ?
「お名前聞いてもいい?」
と、王子様は聞いてきた。たかだか名前を聞くだけなのにこの気の使いよう、悪魔のような兄とは大違いだ。なにより私の名前を知りたがってるなんて夢みたいだった。優しく微笑んだ口元も、柔らかく揺れる前髪も、すべてが綺麗で思わず見とれてしまう。
だらしなく半開きになった口で「森華です」と返したとき、顎になにかが伝うのを感じた。しまった。
あまりに綺麗な人を見たせいで、よだれが垂れてしまった。幸い、距離はそれほど近くないから見えてないはず。気づかれる前にそっと口を拭おうと思ったら、あの悪魔がリビングから顔を出した。
「うわ、お前よだれ出てんじゃん」
だみ声が廊下に響くとともに、王子の視線が私の口元に注がれるのが見えた。
兄ちゃん死ね!




