私が記す理由。
日記を書き始めたのは確か中2。
高校受験への不安と、最期の総体に向けて部活を頑張るぞ!という意思表示みたいなものだった。
気が付けば12年、日記を書き続けている。
中学生の私はここまで書き続けることになると思っていなかっただろう。
25歳になって、いくらかこのノートとペンとの対話が少しでも自分の強みだと自分で認められるようになってきたからこそ考える。
私が記す理由。
書き始めた当初は本当に不安だった。
この不安な日々を高校生になった自分が読み返して、「頑張ったじゃん。」と自分を褒めてくれるんじゃないかという気持ちでいっぱいだった。
夏の大会に出場する権利を得れたとき、自分の記録が努力の証明になると思っていた。
日々を記して、残していた。
今はどうだろう。
仕事の日々の苦しみを書き残し、今日は頑張ったなと思う日もあれば。
友人や彼と出かけた先での思い出を記録に残し、この楽しみを胸にまた頑張ろうと自分を鼓舞する日もあって。
時には過去のつらい日を記したページを読み返し、まだやれるかもと自分を奮い立たせている。
私が日々を記すのは自分自身の存在証明なのかもしれない。
今、私はココに生きたと残すことでまだやれる。どうにかなる。と思いたいのだ。
自分は今日を生きたのだと未来の自分に残したいのだ。
いつしかこの苦しみは報われると思いたいのだ。
私が記す理由。
それは自分自身が今日を生きたことを証明するため。
初めてエッセイを書きました。
せっかく書いたなら外に出してみなよ。と勧められて意を決して外の世界に出してみました。
これからノートとペンとの対話の中で紡がれた文章をここに残していければいいなと思っています。
拙い文章を読んでくださりありがとうございました。




