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ラウンド4:深淵を覗くとき ~UMAを追う意味~

(スタジオの照明が微妙に変化し、より深く、より内省的な雰囲気を醸し出す。壁面に投影された映像が、ネス湖の深い湖底へとゆっくり沈んでいくような視覚効果を見せる。230メートルの深淵へ——光が届かない暗黒の世界へ)


あすか:「それでは、最終ラウンドに入ります」


(クロノスを操作し、最後のテーマを表示する)


あすか:「テーマは『深淵を覗くとき ~UMAを追う意味~』。これまでの3つのラウンドで、私たちは多くのことを議論してきました」


(これまでの議論を振り返るように)


あすか:「ラウンド1では、証拠の定義と信頼性について。ラウンド2では、首長竜の生存可能性について。そしてラウンド3では、人間の認知と心理について——フーディーニさんとドイルさんの深い因縁にも触れました」


(4人を見渡して)


あすか:「最終ラウンドでは、一つの大きな問いに向き合いたいと思います。それは——『なぜ人類はUMAを追い続けるのか』。そして、『それを追うことに意味はあるのか』という問いです」


(少し間を置いて)


あすか:「ネッシーが実在するかどうか——科学的には、可能性は極めて低いというのが今夜の議論の到達点です。それでもなお、人々はネス湖を訪れ、湖面を見つめ、『何か』を探し続けている。この行為には、意味があるのでしょうか」


(クストーに視線を向けて)


あすか:「クストー船長、生涯を未知の探求に捧げてきた方として、この問いにどうお答えになりますか」


クストー:「ありがとう。私にとって、この問いは人生そのものに関わるものです」


(立ち上がり、壁面に映し出された深海の映像を見つめながら)


クストー:「私は若い頃、海軍のパイロットになるはずでした。しかし自動車事故で重傷を負い、飛行機に乗れなくなった。リハビリのために海で泳ぎ始め——そこで、私は運命を見つけたのです」


あすか:「運命、ですか」


クストー:「ええ。海中に潜ったとき、私は別の世界を見ました。青い光、揺れる藻、魚たちの群れ——それは、陸上では決して見ることのできない世界でした。私は思ったのです。『この世界を、もっと深く知りたい』と」


(振り返って、他の3人を見る)


クストー:「その衝動——未知を知りたいという衝動——は、人間の最も根源的な欲求の一つだと私は思います。人類は常に、地平線の向こうを見たがってきた。山の頂上に登り、海の底に潜り、宇宙に飛び立った。それはなぜか」


キュヴィエ:「知識を得るため、だろう。未知を既知に変えることが、科学の目的だ」


クストー:「その通りです、キュヴィエ先生。しかし、それだけでしょうか」


キュヴィエ:「他に何がある」


クストー:「『知りたい』という欲求の根底には、もっと原始的な何かがあるように思うのです。言葉にするのは難しいのですが——」


(言葉を探しながら)


クストー:「人間は、自分が知らないものがあることを、どこかで喜んでいるのではないでしょうか。すべてが解明され、すべてが説明され、すべてが予測可能になった世界——そんな世界を、本当に望んでいるのだろうか」


フーディーニ:「俺は望むぜ。騙しも偽りもない、透明な世界を」


クストー:「本当にそうでしょうか、フーディーニさん」


フーディーニ:「どういう意味だ」


クストー:「あなたは奇術師です。人々に『不可能』を見せることを生業としてきた。もしすべてが解明され、トリックも神秘もない世界になったら——あなたの仕事はどうなりますか」


フーディーニ:「……」


クストー:「人間は、驚きを求めているのです。『ありえない』と思っていたことが目の前で起きる——その瞬間の興奮、喜び、畏怖。それを求めて、人々はあなたのショーを見に来る。ネス湖を訪れる人々も、同じではないでしょうか」


フーディーニ:「だがな、船長。俺のショーは——俺のショーはトリックだと観客もわかってる。『本物の魔法』だとは思ってない。でもネッシーを信じる連中は、本物だと思い込んでるじゃないか」


クストー:「その違いは、そこまで大きいでしょうか」


フーディーニ:「大きいさ。娯楽と妄想は違う」


クストー:「では、こう考えてはいかがでしょう。ネッシーを『探す』こと自体を、一種の娯楽——知的な冒険——として捉えることはできないでしょうか」


ドイル:「興味深い視点だ、クストー船長」


(身を乗り出して)


ドイル:「私は作家として、物語の力を知っている。シャーロック・ホームズは架空の人物だが、世界中の人々を魅了してきた。人々はホームズが実在しないと知りながら、彼の物語を楽しむ」


フーディーニ:「それとネッシーは違うだろう。ホームズはフィクションだと明示されてる。ネッシーは——」


ドイル:「待ってくれ、フーディーニ。私が言いたいのはそういうことではない」


(説明するように)


ドイル:「ネッシーという存在は、ある種の『物語』なのではないか。『この湖には、太古から生き延びた怪物がいる』という物語。人々はその物語に魅了され、湖を訪れ、水面を見つめる」


キュヴィエ:「しかし、物語を事実と混同することは危険ではないか」


ドイル:「もちろん、完全に混同することは問題だ。しかし——」


(少し考えてから)


ドイル:「人間には、物語を通して世界を理解しようとする本能がある。神話、伝説、民話——これらは科学的には『真実ではない』かもしれないが、人類の文化を形作ってきた。ネッシーもまた、現代の神話の一つなのかもしれない」


キュヴィエ:「神話を科学と混同しなければ、私も異論はない」


ドイル:「そこが重要な点だ。ネッシーを『科学的事実』として主張することと、ネッシーという『物語』を楽しむことは、区別されるべきだ」


フーディーニ:「でもな、ドイル。その区別ができてない連中が多すぎるんだ」


ドイル:「それは認めよう。しかし、区別ができない人がいるからといって、物語そのものを否定すべきだろうか」


クストー:「私は、否定すべきではないと思います」


(静かに、しかし確信を持って)


クストー:「人間から物語を奪うことは、人間から想像力を奪うことです。そして想像力は——科学の母でもあるのです」


キュヴィエ:「どういう意味かね、クストー氏」


クストー:「科学的発見は、しばしば想像から始まります。『もしかしたら、こうかもしれない』という仮説。その仮説は、既存の知識を超えた想像力から生まれる」


(例を挙げながら)


クストー:「ジュール・ヴェルヌは『海底二万里』で潜水艦を描いた。当時、そんなものは存在しなかった。しかし彼の想像力は、のちの発明家たちを刺激した。私自身、ヴェルヌの小説に触発されてアクアラングを開発した面があります」


キュヴィエ:「なるほど。想像が現実を生み出すこともある、と」


クストー:「そうです。もちろん、すべての想像が現実になるわけではない。ネッシーは、おそらく現実にはならないでしょう。しかし、ネッシーを想像すること、追い求めることは——人類の想像力を育てる土壌の一部なのかもしれません」


フーディーニ:「詐欺師の温床にもなりうる土壌だがな」


クストー:「それは否定しません。しかし、フーディーニさん」


(真剣な目で)


クストー:「詐欺師がいるからといって、想像力を捨てるべきでしょうか。泥棒がいるからといって、財産を持つべきではないのでしょうか。悪用する者がいることは、その価値を否定する理由にはならないのです」


フーディーニ:「……」


(少し考え込む)


フーディーニ:「船長。あんたの言うことは、わからなくもない。でもな——」


(立ち上がり、感情を込めて)


フーディーニ:「俺は実際に、騙された人々を見てきたんだ。降霊会で泣く未亡人、偽の霊媒師に全財産を巻き上げられた老人、死んだ子供と話せると信じ込まされた母親——彼らの涙は、本物だった」


クストー:「その痛みは、理解できます」


フーディーニ:「だから俺は、詐欺師を暴くことに人生を捧げた。『夢を見るな』と言いたいわけじゃない。でも、『夢と現実を区別しろ』とは言いたい。その区別ができない人間が、傷つくんだ」


ドイル:「フーディーニ、君の気持ちはわかる。私も——」


(言葉を選びながら)


ドイル:「私もコティングリーの件で、多くの人を誤導してしまった。妖精を信じる人々に、偽りの希望を与えてしまった。その責任は感じている」


フーディーニ:「……」


ドイル:「だからこそ、今夜の議論は重要だと思うのだ。『ネッシーはいるか』という問いに対して、『科学的には可能性が低い』と明確に示すこと。同時に、『だから探求をやめるべきだ』とは言わないこと。その均衡点を見つけることが——」


キュヴィエ:「科学者の責任でもあり、知識人の責任でもある」


ドイル:「その通りだ、キュヴィエ先生」


あすか:「興味深い合意点が見えてきました。科学的には可能性が低いことを認めつつ、探求そのものは否定しない——」


キュヴィエ:「私からも一つ、述べさせていただきたい」


あすか:「お願いします、キュヴィエさん」


キュヴィエ:「私は今夜、終始『否定派』の立場で議論してきた。首長竜の生存は不可能だと断言した。それは今も変わらない」


(しかし、と続けて)


キュヴィエ:「しかし、クストー氏の言葉を聞いて、一つ思い出したことがある」


クストー:「何でしょうか」


キュヴィエ:「私が『絶滅』という概念を提唱したとき、多くの人々は反対した。『神が創りたもうた生物が滅びるはずがない』と。当時の常識では、絶滅は『ありえない』ことだったのだ」


(懐かしむように)


キュヴィエ:「私はマンモスの化石を示し、『この動物は現在の地球上のどこにも存在しない。つまり、絶滅したのだ』と主張した。批判を浴びた。嘲笑された。だが、最終的には——」


フーディーニ:「証拠が先生を正当化した」


キュヴィエ:「そうだ。証拠が蓄積し、絶滅は科学的事実として認められるようになった」


(4人を見渡して)


キュヴィエ:「私が言いたいのは——科学は常に更新されるということだ。今日の常識が、明日の迷信になることもある。私は首長竜の生存を否定する。だが、私の否定が永遠に正しい保証はない」


ドイル:「キュヴィエ先生、それは——」


キュヴィエ:「誤解するな、ドイル卿。私は『だからネッシーがいるかもしれない』と言っているのではない。現時点の証拠に基づけば、いない可能性が圧倒的に高い。それは変わらない」


(しかし、と強調して)


キュヴィエ:「私が言いたいのは、科学者は謙虚であるべきだということだ。自分の判断が絶対だと思い込むことは、科学の精神に反する。新しい証拠が出れば、見解を改める用意が常になければならない」


クストー:「キュヴィエ先生、その言葉を聞けて嬉しく思います」


キュヴィエ:「クストー氏、あなたの『暫定的結論と最終的結論の区別』という指摘は、正しかった。科学者として、私はそれを認めよう」


あすか:「否定派のキュヴィエさんから、科学の謙虚さについてのお言葉がありました。では、肯定派の立場から——ドイルさん、最終的な見解をお聞かせいただけますか」


ドイル:「私は——」


(少し考えてから)


ドイル:「今夜の議論を通じて、私自身も学ぶことが多かった。特にキュヴィエ先生の論理の緻密さには、感服させられた」


キュヴィエ:「光栄だ」


ドイル:「首長竜がネス湖にいる可能性は、確かに極めて低いのだろう。科学的にそう結論づけることには、異論はない」


フーディーニ:「おい、ドイル。あんた肯定派じゃなかったのか」


ドイル:「待ってくれ、フーディーニ。まだ話は終わっていない」


(真剣な目で)


ドイル:「私が今夜、最も強く感じたのは——『存在するか否か』という問いと、『探求する価値があるか否か』という問いは、別だということだ」


あすか:「興味深い区別ですね」


ドイル:「ネッシーは存在しないかもしれない。いや、おそらく存在しないのだろう。しかし、ネッシーを探し求める人々の心——未知への憧れ、発見への期待、不思議を感じる感性——それらは確かに存在する。そして、それらには価値がある」


クストー:「私も同感です」


ドイル:「ホームズは架空の人物だ。しかし、ホームズを通じて人々が感じる論理の美しさ、謎解きの興奮、正義への憧れ——それらは本物だ。同じように、ネッシーを通じて人々が感じる不思議への畏敬、未知への好奇心——それらも本物なのではないか」


フーディーニ:「……」


(少し考え込んでから)


フーディーニ:「ドイル。一つ聞いていいか」


ドイル:「何だ」


フーディーニ:「あんたは今、『ネッシーはおそらく存在しない』と言った。それは——降霊会や心霊現象についても、同じように考えてるのか」


(空気が少し張り詰める)


ドイル:「……難しい質問だな」


フーディーニ:「答えてくれ」


ドイル:「私は——」


(長い沈黙の後)


ドイル:「私は、死後の世界を信じている。それは変わらない。息子と交信したという経験は、私にとっては本物だった」


フーディーニ:「……」


ドイル:「しかし、それを他人に強要するつもりはない。コティングリーの件で学んだのだ。自分が信じることと、他人に信じさせることは、違う。私の経験が普遍的な真実かどうかは、わからない」


(フーディーニを見て)


ドイル:「君の母上の霊については——ジーンが交信したと信じたものが本物だったかどうか、今の私には確信が持てない。君の指摘——ユダヤ教徒がキリスト教の十字架を描くはずがない——は、論理的に正しい」


フーディーニ:「……」


ドイル:「あのとき、私は君を傷つけた。それについては、謝らせてほしい」


(真摯な目で)


ドイル:「フーディーニ、私は——私は、君の母上を冒涜するつもりはなかった。ジーンにも悪意はなかった。しかし、結果として君を傷つけた。それは事実だ。すまなかった」


フーディーニ:「……」


(長い沈黙)


フーディーニ:「ドイル」


ドイル:「何だ」


フーディーニ:「俺は——」


(言葉を探しながら)


フーディーニ:「俺は、あんたを許せないと思ってきた。長い間、ずっと。でも——」


(深呼吸をして)


フーディーニ:「今夜、あんたの話を聞いて——息子を亡くした悲しみ、その悲しみから逃れるために何かにすがりたかった気持ち——それは理解できる。俺も同じだったから」


ドイル:「フーディーニ……」


フーディーニ:「許す、とは言わない。でも——恨み続けるのは、もうやめにしようと思う」


(苦笑いを浮かべて)


フーディーニ:「俺たちは二人とも、愛する人を失った。その悲しみへの対処法が違っただけだ。あんたは信じる道を選び、俺は疑う道を選んだ。どっちが正しかったかは——わからない」


ドイル:「どちらも、それぞれの真実だったのかもしれない」


フーディーニ:「そうかもな」


(二人の間の空気が、明らかに和らぐ)


あすか:「……お二人の間にあった長年のわだかまりが、今夜、少し解きほぐされたように感じます」


クストー:「これこそが、対話の力ですね。異なる立場の人間が、真摯に言葉を交わすことで——完全な合意には至らなくても、互いを理解することができる」


キュヴィエ:「科学論争も、本来そうあるべきだ。相手を打ち負かすことが目的ではなく、真実に近づくことが目的であるべきだ」


あすか:「素晴らしいお言葉です」


(立ち上がり、最終的なまとめに向かう)


あすか:「さて、いよいよ最終的な結論に入りたいと思います。今夜のテーマ『ネッシーは存在するか』について、4人の皆さんに改めてお答えいただきます」


(キュヴィエに向かって)


あすか:「キュヴィエさん、まずはあなたからお願いします」


キュヴィエ:「私の見解は明確だ」


(威厳を持って)


キュヴィエ:「首長竜がネス湖に生存している可能性は、科学的に見て事実上ゼロに近い。化石記録の欠如、生態学的制約、DNA調査の結果——すべてが『いない』ことを示している」


(しかし、と付け加えて)


キュヴィエ:「ただし、『いない』と断言することと、『探究をやめるべきだ』と主張することは別だ。ネス湖の生態系を研究すること、目撃証言の心理学的メカニズムを解明すること——それらには科学的価値がある」


(結論として)


キュヴィエ:「ネッシーは存在しない。しかし、ネッシーという『問い』には、価値がある。それが私の結論だ」


あすか:「ありがとうございます。フーディーニさんは?」


フーディーニ:「俺の答えも変わらない——いないと思う」


(しかし、以前とは少し異なる口調で)


フーディーニ:「でもな、今夜の議論で一つ学んだことがある。『疑う』ことと『否定する』ことは違う、ってことだ」


あすか:「どういう意味でしょうか」


フーディーニ:「俺は生涯、偽物を疑い、暴いてきた。それは正しかったと思う。でも、船長に言われて気づいたんだ。疑いすぎて、本物まで否定してしまうリスクがある、と」


(少し照れくさそうに)


フーディーニ:「ネッシーについては、いないと思う。でも、ネッシーを探す人々の心——不思議を感じたいという気持ち——それは本物だ。その気持ちを頭ごなしに否定するのは、俺の仕事じゃない」


(結論として)


フーディーニ:「ネッシーはいない。でも、ネッシーを探す『夢』を否定はしない。ただし、その夢を悪用する詐欺師は、これからも暴き続けるぜ」


あすか:「フーディーニさんらしい結論ですね。ドイルさんは?」


ドイル:「私は——可能性を閉ざさない、という立場を維持したい」


(しかし、と付け加えて)


ドイル:「ただし、今夜の議論を経て、その言い方を修正したいと思う。『ネッシーはいるかもしれない』ではなく、『ネッシーを探し続けることには意味がある』と」


キュヴィエ:「それは私の結論と近いな」


ドイル:「ええ、キュヴィエ先生。今夜、私たちは意外な合意点を見つけたように思います」


(穏やかに微笑んで)


ドイル:「ホームズは言った——『不可能を除外した後に残ったものが、いかに信じがたくても真実である』と。今夜、私が学んだのは——『不可能を除外する』プロセス自体に価値がある、ということだ」


(結論として)


ドイル:「ネッシーが首長竜である可能性は、おそらくない。しかし、その結論に至るまでの探究——科学的調査、議論、対話——それ自体が、人類の知的財産となる。だから、探究を続けることには意味がある」


あすか:「ありがとうございます。最後に、クストー船長」


クストー:「私の答えは——『わからない』です」


(穏やかに、しかし確信を持って)


クストー:「科学者として、証拠なしに『いる』とは言えない。探検家として、『いない』と断言することもできない。私にできるのは、『わからない』と正直に認めることだけです」


フーディーニ:「それじゃ結論になってないんじゃないか」


クストー:「いいえ、フーディーニさん。『わからない』は、立派な結論です」


(説明するように)


クストー:「科学の歴史は、『わからない』を『わかった』に変える歴史です。しかし、その過程で最も大切なのは、『わからない』ことを認める勇気です。知ったかぶりをせず、不確実性と向き合うこと——それが科学者の誠実さです」


(立ち上がり、情熱を込めて)


クストー:「私は生涯を海で過ごしてきました。そして確信していることがあります——人類はまだ、地球のほんの表面しか知らない。海の95パーセントは未探査。ネス湖の湖底もまた、完全には解明されていない」


(4人を見渡して)


クストー:「ネッシーがいるかどうか——私にはわからない。おそらく、いないのでしょう。しかし、『いない』と断言してしまえば、探究は終わる。私は探究を続けたい。なぜなら——」


(深い確信を込めて)


クストー:「探究を続ける限り、人類は前に進めるからです。ネッシーを追うことの意味は、ネッシーがいるかどうかではない。追い続ける人間の心——未知への憧れ、発見への情熱、不思議を感じる感性——それ自体に意味があるのです」


(結論として)


クストー:「ネス湖は、地球最後の小さなフロンティアの一つです。そして、人類がフロンティアを持ち続ける限り、私たちは成長し続けられる。それが、私の結論です」


あすか:「ありがとうございます、クストー船長」


(4人を見渡して、最終的なまとめに入る)


あすか:「4人の皆さんから、それぞれの結論をいただきました。立場は異なりますが、一つの共通点が浮かび上がってきたように思います」


(クロノスを操作し、結論を表示する)


あすか:「それは——『ネッシーが存在するかどうか』という問いと、『ネッシーを探求する意味があるかどうか』という問いは、別だということです」


キュヴィエ:「科学的には、首長竜の生存可能性は極めて低い。しかし、その結論を得るための探究には価値があった」


フーディーニ:「詐欺師は許さない。でも、夢を見ること自体は否定しない」


ドイル:「不可能を除外するプロセスこそが、知的財産となる」


クストー:「探究を続ける心——それ自体に意味がある」


あすか:「否定派と肯定派、科学者と芸術家——異なる立場から出発した4人が、最終的に見出した合意点」


(正面を向いて、力強く宣言する)


あすか:「ネッシーは存在するか——科学的には、『おそらく存在しない』というのが今夜の結論です。しかし、より重要な結論は——『ネッシーを探し続けることには意味がある』ということです」


(少し間を置いて)


あすか:「なぜか。それは、探究の過程で得られるものがあるからです。湖の生態系の理解、人間の認知メカニズムの解明、そして何より——未知に向き合う人類の精神の涵養」


(クロノスを閉じて)


あすか:「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている——ニーチェの言葉です。ネス湖という深淵を覗き込むとき、私たちは何を見るのでしょうか。怪物でしょうか。それとも、未知を求める自分自身の姿でしょうか」


(微笑んで)


あすか:「今夜の『歴史バトルロワイヤル』は、その問いへの一つの答えを示してくれたように思います。科学の厳密さと、夢への情熱。疑う心と、信じる心。それらは対立するものではなく——真実を探す旅の、両輪なのです」

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