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ラウンド2:絶滅か、生存か ~首長竜は生き残れるか~

(スタジオの照明が微妙に変化し、壁面に投影された映像が太古の海のイメージに切り替わる。首長竜プレシオサウルスのシルエットが、青い水の中を優雅に泳いでいる)


あすか:「それでは、ラウンド2に入ります」


(クロノスを操作し、新しいテーマを表示する)


あすか:「テーマは『絶滅か、生存か』。ネッシーの正体として最も有力視されてきたのが、首長竜——プレシオサウルスの生き残りという説です」


(ホログラムで首長竜の復元図が表示される。長い首、小さな頭、ひれ状の四肢)


あすか:「この姿、確かに『外科医の写真』のシルエットとよく似ていますね。しかし、首長竜は約6600万年前に絶滅したとされています。果たして、その生き残りがネス湖にいる可能性はあるのでしょうか」


(キュヴィエに視線を向けて)


あすか:「キュヴィエさん、古生物学の創始者として、このテーマはまさにご専門ですね。首長竜の生存可能性について、科学的見解をお聞かせください」


キュヴィエ:「結論から述べよう」


(威厳を持って、しかし断固たる口調で)


キュヴィエ:「不可能である。これは私の主観ではなく、複数の科学的根拠に基づく判断だ」


あすか:「その根拠を、詳しくお聞かせいただけますか」


キュヴィエ:「喜んで」


(立ち上がり、ホログラムの首長竜に近づく)


キュヴィエ:「まず、第一の根拠——地質学的証拠の完全な欠如だ」


(首長竜の骨格図を指しながら)


キュヴィエ:「首長竜は中生代、約2億年前から6600万年前まで繁栄した海棲爬虫類だ。その化石は世界中で発見されている。ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリア、南極大陸に至るまで——彼らは地球規模で分布していた」


フーディーニ:「つまり、化石がたくさん見つかってるってことか」


キュヴィエ:「その通りだ。そして、その化石記録は約6600万年前を境に完全に途絶える。白亜紀末の大量絶滅——小惑星衝突とそれに伴う環境激変によって、首長竜は恐竜と共に姿を消した」


ドイル:「しかしキュヴィエ先生、化石記録が途絶えることは、必ずしも絶滅を意味しないのでは?」


キュヴィエ:「理論上はそうだ。しかし、ここで重要なのは『6600万年』という時間の長さだ」


(指を立てて強調する)


キュヴィエ:「6600万年だ、ドイル卿。この間、地球上のあらゆる場所で地層が形成され、無数の生物の化石が残されてきた。もし首長竜の一部が生き延びていたなら、その痕跡がどこかに残っているはずだ」


ドイル:「深海に逃れていたとすれば?」


キュヴィエ:「深海の堆積物からも、6600万年以降の首長竜の化石は一切発見されていない。骨一つ、歯一つ、鱗一つもだ。これは偶然ではありえない」


クストー:「キュヴィエ先生、しかし深海の調査はまだ始まったばかりです。海底の大部分は未探査のままではないでしょうか」


キュヴィエ:「確かにそうだ、クストー氏。だが、問題はネス湖についてだ。ネス湖は深海ではない。閉鎖的な淡水湖だ。そこに首長竜がいるという主張は、深海未探査という議論とは全く別の問題を孕んでいる」


あすか:「具体的には、どのような問題でしょうか」


キュヴィエ:「これが第二の根拠——生態学的制約だ」


(席に戻りながら、論理的に説明を続ける)


キュヴィエ:「まず、ネス湖の基本データを確認しよう。面積約56平方キロメートル、最大水深230メートル。日本の琵琶湖と比較すれば、面積は約12分の1に過ぎない」


フーディーニ:「ずいぶん小さいな」


キュヴィエ:「そうだ。この限られた環境で、大型の爬虫類が生存・繁殖するためには、いくつかの条件が満たされなければならない」


(指を折りながら)


キュヴィエ:「第一に、餌の問題だ。首長竜は肉食性の捕食者だった。体長10メートル以上の個体を維持するには、大量の魚が必要になる。ネス湖の生態系は、そのような大型捕食者を支えるだけの生産性があるだろうか」


クストー:「ネス湖には魚類が生息しています。サケ、マス、ウナギなど……」


キュヴィエ:「確かに。だが、一頭の大型爬虫類ではなく、『繁殖可能な個体群』を維持するために必要な餌の量を考えてみてほしい」


ドイル:「繁殖可能な個体群?」


キュヴィエ:「これが重要な点だ、ドイル卿。もしネッシーが実在するなら、それは一頭だけではありえない。6600万年——いや、仮に1万年前にネス湖に閉じ込められたとしても——その間、種を維持するためには繁殖し続けなければならない」


(論理を展開しながら)


キュヴィエ:「遺伝的多様性を維持し、近親交配による衰退を避けるためには、最低でも数十頭の個体群が必要だ。数十頭の大型爬虫類が、あの狭い湖で餌を確保し、呼吸のために水面に浮上し、繁殖活動を行う——それが1500年以上も目撃されずに済むだろうか」


フーディーニ:「無理だな。そんな数がいたら、もっと頻繁に、もっとはっきり目撃されてるはずだ」


キュヴィエ:「その通りだ。そしてここで第三の根拠が出てくる——首長竜の生態的特性だ」


あすか:「生態的特性、とは」


キュヴィエ:「首長竜は肺呼吸をする動物だった。つまり、定期的に水面に浮上して空気を吸わなければならない」


(ホログラムの首長竜が水面に浮上するアニメーションが表示される)


キュヴィエ:「クジラやイルカと同じだ。彼らは深海に潜ることができるが、必ず水面に戻る。その姿は頻繁に目撃される。もしネス湖に首長竜がいるなら——それも繁殖可能な個体群が——水面に浮上する姿がもっと頻繁に、もっと明確に記録されているはずだ」


ドイル:「しかし、目撃報告は数千件あります」


キュヴィエ:「『目撃報告』はある。だが『明確な記録』——つまり、動かぬ証拠となる写真や映像——は、すべてが疑わしいか、あるいは捏造と判明している。なぜか」


フーディーニ:「そりゃ、いないからだろう」


キュヴィエ:「そう結論するのが、最も合理的な解釈だ」


ドイル:「キュヴィエ先生、お言葉ですが、一つ反論させていただきたい」


キュヴィエ:「聞こう」


ドイル:「先生の論理は、すべて『首長竜がいるとすれば、こうであるはずだ』という前提に基づいています。しかし、その前提自体が正しいかどうか——」


キュヴィエ:「どういう意味かね」


ドイル:「例えば、先生は『繁殖可能な個体群が必要』とおっしゃった。しかし、もし非常に長寿な個体が少数だけ生き延びているとしたら?」


キュヴィエ:「爬虫類に、数千年の寿命を持つものは存在しない」


ドイル:「既知の爬虫類には、です。しかし、未知の生物であれば——」


キュヴィエ:「ドイル卿、それは科学的議論ではない。『未知だから何でもあり』という論法は、反証不可能だ」


ドイル:「反証不可能なことは、必ずしも誤りを意味しない」


キュヴィエ:「しかし、科学の対象にはならない。科学は、検証可能な仮説を扱う営みだ」


(二人の間に、知的な緊張が走る)


クストー:「お二人の議論は興味深いですが、少し視点を変えてもよろしいでしょうか」


あすか:「クストー船長、どうぞ」


クストー:「キュヴィエ先生の論理は、確かに説得力がある。首長竜がネス湖で生存している可能性は、生態学的に見て極めて低いでしょう」


キュヴィエ:「認めていただけるか」


クストー:「ただし——」


(穏やかだが確固たる声で)


クストー:「『首長竜ではない何か』がいる可能性は、先生の論理では否定されていないのです」


キュヴィエ:「どういうことかね」


クストー:「先生は『首長竜の生存は不可能』と証明された。しかし、ネス湖の目撃証言が示す『何か』が、首長竜である必要はないのではないでしょうか」


フーディーニ:「さっきドイルが言ってた巨大ウナギの話か」


クストー:「それも一つの可能性です。しかし、私が言いたいのはもう少し広い話です」


(身を乗り出して)


クストー:「私は海で、既知の生物が『信じられない姿』を見せる瞬間を何度も目撃してきました」


あすか:「具体的には?」


クストー:「例えば、リュウグウノツカイ。この魚は通常、深海に棲んでいて人目に触れることはほとんどない。しかし、稀に水面近くに姿を現すことがある。その姿は——銀色に輝く、10メートルを超える長い体。波間に揺れるその姿を見たら、海蛇や龍を連想しても不思議ではない」


ドイル:「つまり、既知の生物の『珍しい行動』が、怪物の目撃談になる可能性があると」


クストー:「そうです。ネス湖にも、普段は深い場所にいて滅多に姿を見せない生物がいるかもしれない。それが稀に水面近くに現れたとき、人々は『怪物』を見たと思う」


キュヴィエ:「しかしクストー氏、それはネッシーの『正体』を説明するかもしれないが、ネッシーの『存在』を肯定するものではない」


クストー:「おっしゃる通りです。私が言いたいのは、『首長竜はいない』ことと『何もいない』ことは、イコールではないということです」


フーディーニ:「でもな、船長。それじゃ話がずれてくるぜ。『ネッシー』って言ったら、普通は首長竜みたいな怪物を指すんだ。『巨大ウナギがいるかも』って話なら、それは別の議論だろう」


クストー:「確かにそうですね」


(少し考えてから)


クストー:「では、視点を戻しましょう。ドイル卿が先ほど言及されたシーラカンスについて、議論してはいかがでしょうか」


あすか:「ああ、『生きた化石』の話ですね」


ドイル:「ありがとう、クストー船長」


(キュヴィエに向き直って)


ドイル:「キュヴィエ先生、シーラカンスの例についてお聞きしたい。この魚は、6500万年前に絶滅したと考えられていました。しかし1938年、南アフリカで生きた個体が発見された。先生の論理——『化石記録が途絶えたら絶滅』——に対する反例ではないでしょうか」


キュヴィエ:「シーラカンスの発見は、確かに古生物学界に衝撃を与えた。私の時代にはまだ知られていなかった発見だ」


(少し間を置いて、認めるように)


キュヴィエ:「しかし、シーラカンスと首長竜を同列に論じることには、重大な問題がある」


ドイル:「どのような問題ですか」


キュヴィエ:「第一に、シーラカンスは深海魚だ。水深200メートル以深の暗闘の世界に棲んでいる。人間の目に触れる機会がほとんどなかった。だからこそ、1938年まで発見されなかった」


フーディーニ:「なるほど。隠れる場所があったってわけだ」


キュヴィエ:「その通り。しかしネス湖は、深いとはいえ閉鎖的な湖だ。周囲を陸地に囲まれ、逃げ場がない。しかも、何世紀にもわたって人々がその湖を利用し、漁をし、調査してきた。シーラカンスが隠れていた深海とは、状況が全く異なる」


ドイル:「しかし、ネス湖も深さ230メートルあります。その深部は——」


キュヴィエ:「第二の問題がある」


(遮るように)


キュヴィエ:「シーラカンスは魚類だ。鰓呼吸をする。水中で完結した生活ができる。一方、首長竜は肺呼吸の爬虫類だ。必ず水面に浮上しなければならない。この違いは決定的だ」


クストー:「確かに、その違いは大きいですね」


キュヴィエ:「シーラカンスは深海に潜み続けることができた。しかし首長竜は、どれだけ深く潜っても、呼吸のために水面に戻らざるを得ない。その瞬間、人目に触れる。1500年の間、数十頭の個体群が呼吸のために浮上し続けて、明確な証拠が一つも残らない——それは信じがたい」


ドイル:「夜間に浮上するとすれば?」


キュヴィエ:「夜行性の可能性は否定しない。しかし、完全な夜行性であっても、夜間の目撃例がもっと明確にあるはずだ。月明かりの下で、漁師の網にかかるとか、船に衝突するとか——そうした物理的接触の記録が皆無なのは説明がつかない」


フーディーニ:「それに、夜行性だとしても、たまには昼間に顔を出すこともあるはずだろう。完全に昼間を避けるなんて、不自然だ」


キュヴィエ:「フーディーニ氏の言う通りだ。生物の行動には、ある程度の『揺らぎ』がある。完全に規則正しく行動する生物はいない。もし首長竜がいるなら、どこかで『例外的な行動』——昼間の浮上、浅瀬への迷い込み、死骸の漂着——が起きるはずだ」


あすか:「そうした『例外的な出来事』が、1500年間一度も起きていないと」


キュヴィエ:「記録上は、一度もない。これを偶然で説明することは、統計的に不可能に近い」


ドイル:「しかし先生、『起きていない』のではなく、『記録されていない』だけかもしれません」


キュヴィエ:「ドイル卿、それは詭弁だ」


ドイル:「詭弁でしょうか。中世の記録が不完全であることは、先生もご存知のはずです」


キュヴィエ:「中世の記録は不完全かもしれない。だが、20世紀以降は?カメラが普及し、ソナーが開発され、DNA分析が可能になった現代においても、決定的証拠は一つも得られていない」


ドイル:「2019年のDNA調査では——」


キュヴィエ:「大型未知生物のDNAは検出されなかった。これは、少なくとも『サンプル採取時点で、ネス湖に大型未知生物は存在しなかった』ことを強く示唆している」


クストー:「キュヴィエ先生、DNA調査について一つ質問があります」


キュヴィエ:「何かね」


クストー:「あの調査は、湖の全域をカバーしたものではありませんでした。採取されたサンプルは、主に表層から中層の水でした。230メートルの湖底付近からは、十分なサンプルが得られていません」


キュヴィエ:「それは技術的制約だろう。しかし、もし大型生物がいるなら、その代謝産物——皮膚細胞、排泄物、粘液など——は水中を漂流し、中層や表層にも到達するはずだ」


クストー:「通常はそうでしょう。しかし、ネス湖の水は非常に冷たく、また層状構造を持っています。深層の水と表層の水は、あまり混ざり合わない」


キュヴィエ:「興味深い指摘だ。しかし——」


クストー:「私は首長竜がいると主張しているわけではありません。ただ、DNA調査の結果を『決定的証拠』として扱うことには慎重であるべきだと思うのです」


フーディーニ:「でもな、船長。『調査が不十分だから結論を出せない』って言い続けたら、永遠に結論が出ないじゃないか」


クストー:「そうですね。科学には、どこかで『暫定的な結論』を出す必要がある。キュヴィエ先生がおっしゃるように」


(フーディーニに向き直って)


クストー:「しかしフーディーニさん、『暫定的な結論』と『最終的な真実』は違うのです。科学者は常に、新しい証拠が出れば結論を修正する用意がなければならない」


フーディーニ:「それはわかる。でも、新しい証拠が出るまでは、『いない』と考えるのが妥当だろう?」


クストー:「日常的な判断としては、そうかもしれません。しかし、探究心まで止めてしまっては……」


ドイル:「そこなのだ、クストー船長」


(情熱を込めて)


ドイル:「私が懸念しているのは、『いない』という結論が、探究の終わりを意味してしまうことだ。科学者たちが『ネッシーはいない、調査する価値がない』と判断してしまえば、本当に何かがいたとしても、発見される機会は永遠に失われる」


キュヴィエ:「しかしドイル卿、資源は有限だ。科学者の時間も、研究資金も、調査機材も。それらを、可能性の低い探索に費やし続けることは正当化できるか」


ドイル:「では、何をもって『可能性が低い』と判断するのですか。シーラカンスが発見される前、多くの科学者は『古代魚が現代まで生き延びている可能性は極めて低い』と考えていたはずです」


キュヴィエ:「それは事後的な批判だ。シーラカンス発見前の判断を、現代の知識で批判することは公平ではない」


ドイル:「しかし、同じことが今後も起こりうるのではないでしょうか。今日『ありえない』と断じていることが、明日『発見』されるかもしれない」


キュヴィエ:「可能性としては否定しない。だが、すべての可能性に等しく資源を配分することは不可能だ。だからこそ、現時点での最善の判断——つまり『いない可能性が高い』——に基づいて優先順位をつける」


フーディーニ:「俺は先生に賛成だな。『かもしれない』で動いてたら、何も決められない」


ドイル:「しかし『確実でない』ことを理由に可能性を閉ざすのは——」


あすか:「少しよろしいでしょうか」


(議論を整理するように)


あすか:「興味深い対立が見えてきました。キュヴィエさんとフーディーニさんは『現時点の証拠に基づく合理的判断』を重視し、ドイルさんとクストー船長は『将来の発見可能性を閉ざさない姿勢』を重視している」


クストー:「そうですね。私たちは同じ事実を見ていますが、そこから導く『態度』が異なるのです」


あすか:「ここで、少し具体的な数字を確認してみたいと思います」


(クロノスを操作し、データを表示する)


あすか:「ネス湖の生態系について。2019年のDNA調査では、魚類11種、両生類3種、鳥類22種、哺乳類19種が確認されました。この生態系で、大型捕食者を支えることは可能でしょうか」


キュヴィエ:「計算してみよう」


(論理的に説明しながら)


キュヴィエ:「仮に首長竜——体長10メートル、体重数トン——が存在するとしよう。この規模の肉食動物は、一日に自分の体重の数パーセントに相当する餌を必要とする。仮に体重2トンで、一日に2パーセントを食べるとすれば、一日40キログラムの魚だ」


フーディーニ:「一日40キロ?」


キュヴィエ:「年間で約15トンになる。繁殖可能な個体群——仮に30頭——を維持するなら、年間450トンの魚が必要だ」


クストー:「ネス湖の魚類資源は、それを支えられるでしょうか」


キュヴィエ:「疑わしい。ネス湖は寒冷な貧栄養湖だ。生産性は高くない。年間450トンもの魚を持続的に供給できるとは考えにくい」


ドイル:「しかし先生、その計算には前提がいくつかあります。体重2トン、一日2パーセント、個体数30頭——これらが異なれば、結果も変わるのでは」


キュヴィエ:「もちろん、前提を変えれば数字は変わる。しかし、どのような前提を置いても、『大型肉食動物の個体群を維持する』というシナリオは、ネス湖の生態系に深刻な負荷をかけることになる」


クストー:「キュヴィエ先生、一つ別の可能性を提案してもよろしいでしょうか」


キュヴィエ:「聞こう」


クストー:「先生の計算は、『活発に活動する大型爬虫類』を前提にしています。しかし、もし非常に代謝の遅い生物——冷血動物で、ほとんど動かず、極めて少ない餌で生き延びる——がいるとしたら?」


キュヴィエ:「そのような生物が存在するか」


クストー:「深海には、そうした生物がいます。極限環境に適応し、代謝を極端に落として生存する生物です。数ヶ月、時には数年も餌を食べずに生き延びる種もいる」


キュヴィエ:「興味深い。しかし、そのような生物は通常、小型で、あまり動かない。『怪物』として目撃されるような、活発に泳ぎ回る大型生物とは両立しがたいのでは」


クストー:「確かにそうですね」


(少し苦笑いしながら)


クストー:「私も、首長竜がネス湖にいるとは思っていません。ただ、『だから何もいない』という結論には飛びつきたくないのです」


フーディーニ:「船長は結局、何を言いたいんだ?『何かがいるかもしれない、でも何かはわからない』ってことか」


クストー:「そうですね、フーディーニさん。私が言いたいのは——」


(真摯な目で)


クストー:「ネス湖は、まだ完全には解明されていない。首長竜はいないかもしれない。しかし、私たちが知らない何か——既知の生物の未知の行動、あるいは既知の現象の未知の組み合わせ——が、目撃証言の背後にある可能性は残されている」


フーディーニ:「それって結局、『わからない』ってことじゃないか」


クストー:「その通りです。そして、『わからない』ことを認めることは、科学者として恥ずかしいことではないと私は思うのです」


キュヴィエ:「クストー氏、科学者が『わからない』と言うことは確かに恥ではない。しかし、『わからない』と言い続けることで、判断を永遠に先送りにすることは、科学の責任放棄になりうる」


クストー:「その点は同意します。だからこそ、『暫定的な結論』としては『首長竜はいない可能性が極めて高い』と言うべきでしょう。ただし、それは『最終的な結論』ではなく、新しい証拠が出れば修正されうるものとして」


ドイル:「私もその立場に近い。首長竜である可能性は低いかもしれない。しかし、ネス湖に『何か』——科学的に興味深い現象——がある可能性は、閉ざされていない」


フーディーニ:「ま、そのくらいなら俺も否定はしないさ。『首長竜はいない、でも調査する価値はゼロじゃない』——それくらいの結論なら」


キュヴィエ:「私もその表現なら同意できる。古生物学者として断言しよう——首長竜がネス湖で生存している可能性は、事実上ゼロに近い。しかし、ネス湖の生態系そのものを研究する価値がないとは言っていない」


あすか:「意外な合意点が見えてきましたね」


(4人を見渡して)


あすか:「『首長竜の生存可能性は極めて低い』という点では、程度の差はあれ、4人とも一致している。しかし、『だから調査をやめるべきか』という問いには、温度差がある」


ドイル:「そうだ。私は、調査を続けることに価値があると考えている。たとえネッシーが見つからなくても、調査の過程で得られる知見——ネス湖の生態系、深層水の循環、未記録の生物相——には意味がある」


フーディーニ:「だがよ、ドイル。『ネッシーを探す』って名目で調査を続けることが、本当に科学のためになるのか?むしろ、オカルトのレッテルを貼られて、真面目な研究者が敬遠するんじゃないのか」


ドイル:「それは確かに問題だ。しかし——」


クストー:「私から一つ、経験談をお話ししてもよろしいでしょうか」


あすか:「ぜひお聞かせください」


クストー:「1960年代、私がカリプソ号で深海探査を始めたとき、多くの科学者から懐疑の目で見られました。『海底に潜って何がわかる』『学術的価値がない』と」


(懐かしむように)


クストー:「しかし私は、好奇心のままに潜り続けた。その結果、熱水噴出孔の生態系を発見し、深海生物学という新しい分野を切り開くことができた。あのとき懐疑派の声に従って潜るのをやめていたら、あの発見はなかった」


キュヴィエ:「クストー氏、しかしあなたの探査は結果を出した。ネッシー探索は、何十年続けても結果が出ていない」


クストー:「結果の定義によります、キュヴィエ先生。『ネッシーを発見する』という結果は出ていない。しかし、ネス湖の調査を通じて得られた知見——湖の地質構造、水温分布、生物相——は、それ自体が科学的成果ではないでしょうか」


キュヴィエ:「それは認めよう。しかし、それらの成果は『ネッシー探索』の副産物であって、本来の目的ではない」


クストー:「目的と結果が一致しないことは、科学では珍しくありません。ペニシリンは、別の実験の失敗から偶然発見されました。X線は、陰極線の研究中に偶然見つかった。科学の歴史は、『意図せぬ発見』に満ちています」


フーディーニ:「だからって、『何か見つかるかもしれないから探し続けろ』ってのは、ちょっと乱暴じゃないか」


クストー:「そうですね。無限に資源を費やすことは現実的ではない。しかし、『完全にやめる』必要もないのではないでしょうか。適度な規模で、継続的に観察を続ける——それくらいのことは、許容されてもいいと思うのです」


あすか:「ありがとうございます。ここで、ラウンド2のまとめに入りたいと思います」


(立ち上がり、クロノスを確認しながら)


あすか:「『絶滅か、生存か』というテーマで議論してまいりました。首長竜がネス湖で生存している可能性は、科学的に見て極めて低い——これは4人の皆さんの共通認識と言えそうです」


(4人を見渡して)


あすか:「キュヴィエさんは、化石記録の欠如、生態学的制約、首長竜の生態的特性から、生存は『事実上不可能』と断言されました。一方、クストー船長とドイルさんは、『首長竜ではないが、何らかの未解明現象がある可能性』を留保されています」


キュヴィエ:「私の立場は変わらない。しかし、クストー氏の『暫定的結論と最終的結論の区別』という視点は、科学哲学として正しい」


フーディーニ:「俺は単純に、証拠がないものは信じない。でも、調査そのものを否定するつもりはないさ」


ドイル:「私は今夜、キュヴィエ先生の論理の緻密さに感銘を受けた。首長竜説を安易に主張することは、確かに科学的ではなかったかもしれない」


クストー:「科学は対話の中で進歩するのです。今夜の議論は、その良い例だと思います」


あすか:「素晴らしいですね」


(正面を向いて)


あすか:「視聴者の皆さん、ラウンド2では『科学的に何がありえて、何がありえないか』という議論が深まりました。しかし、まだ一つ、大きな問いが残されています」


(少し間を置いて)


あすか:「それは——『なぜ人々はネッシーを見るのか』という問いです。首長竜がいないとすれば、数千件の目撃証言は何だったのか。人間の認知と心理に、何が起きているのか」


(クロノスを操作してテーマを表示)


あすか:「ラウンド3のテーマは——『人間は何を見ているのか』。集団心理、パレイドリア効果、そして『信じたい』という心の力。さらに——」


(フーディーニとドイルに視線を向けて)


あすか:「フーディーニさんとドイルさんの間にある、深い因縁にも触れることになるかもしれません」


(二人の表情が微妙に変化する)


あすか:「次のラウンドは、より人間の内面に迫る議論になりそうです——」

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