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※第七話 怒りのリリア

 リリアが語り始めた時、あたりの森の木々が、風にざわめき、葉音を立てた。

 静まり返った森の方から、フクロウの声が寂しげに聞こえて来る。

 焚き火の木が音を立てて崩れると、リリアは、遠くを見つめるような寂しげな瞳で、静かに語り始めた。


「……それは、リリア達獣人が、決して忘れてはならない、血塗られた歴史……あの日、このリリアは、子供達の希望を奪う残酷な光景を目の当たりにしてしまったのだ。今でも、あの時の、子供達の泣き叫ぶ光景が、脳裏に焼き付いて離れない。思い出すだけで、怒りが込み上げてくる……」


 リリアがそう語り始めた時、彼女の瞳には、強い憎悪と悲しみが宿っていた。

 わなわなと震える背中や硬く握られた拳から、怒りの激しさが感じられた。

 そして、蘇った怒りのあまり、しばらく言葉を失っていた。


「……リリアさん、大丈夫ですか?少しは落ち着きましたか?」


 エレナが、頃合いを見計らい、心配そうに声をかけた。


「……リリアの様子を見ていると、想像を絶するような過去があったんだろうな」


 カインは、静かに呟いた。


 リリアは、ゆっくりと息を吐き、重い過去を思い出すように、遠くを見つめた。

 その瞳には、今もなお消えることのない、深い悲しみと怒りが宿っていた。


「……ああ。お前達のおかげで、少しは……な」


 リリアの声は、まだわずかに震えていたが、先程までの敵意は消え、代わりに、深い悲しみが滲んでいた。


「……もし、よければ、リリアさんの過去について、少しだけ話してくれませんか? 私達は、あなたのことをもっと知りたいんです」


「……リリアのような獣人達の境遇を、もっと具体的に知りたいんだ」


 エレナとカインは、静かにリリアに尋ねた。

 リリアは、しばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、まるで深い淵を覗き込むように、カインとエレナを交互に見つめた。

 そして、重い口を開いた。


「……わかった。だが、これは、リリア達獣人が、決して忘れられない、お前たち人族との……そして、この世界との、血塗られた歴史だ」


 リリアの声は、静かだったが、その言葉には、重い覚悟が込められていた。


「リリアたち獣人は、人族に、生きる場所を脅かされ続けてきた。リリアは我が種族を守る次の族長となるため、強い伴侶を探す旅をしていた。だが、その旅の途中で、あろうことか、人族の奴隷商人達に捕えられたのだ。まさに人生最大の屈辱だった」


 リリアは、遠い目をしながら、過去を語り始めた。

 その声は、まるで古い物語を語る語り部のように、静かで、しかし、聴く者の心を揺さぶる力を持っていた。


「……それは、ある集落での出来事だった。そこで、リリアは、信じられない光景を目にしたのだ」


 信じられない光景、という言葉の重みに、カインは思わず息を呑んだ。

 リリアのただならぬ様子に、背筋に冷たいものが走る。

 エレナも真剣な眼差しで、リリアの話に聞き入っている。

 リリアは、そこで言葉を区切ると、焚き火の炎をじっと見つめた。

 まるで、過去の悪夢が蘇ってくるかのように、その表情は苦痛に歪んでいた。


「……子供達の、希望を奪う、残酷な光景を……」


 リリアの声は、わずかに震えていた。

 その言葉には、今もなお、リリアを苦しめる、深い悲しみが込められていた。


「子供達に、一体何があったというの……?」


 エレナは、不安げな表情で呟いた。


「……あの時の光景は、今もリリアの心を締め付ける。子供たちの絶望、親たちの悲鳴……。あの日、リリアは、人間という種族を、決して許さないと誓った」


 リリアの声は、静かだったが、その言葉には、強い決意が込められていた。

 その瞳には、復讐の炎が、静かに燃え盛っていた。


 リリアが寂しげな眼差しで語り始めると、満月が照らす星空を、一筋の星が流れ落ちていった。

 その光は、まるでリリアの涙のようだった。


 リリアが一人、生まれ育った集落を離れ、族長の後を継ぐ娘として、強い伴侶を探す旅を続けていた時の事。

 リリアは仲間達が住む小さな集落へと差し掛かった。


「なかなかリリアが認めることのできる雄には出会えないものだな。この集落に、強き者がいれば良いのだが……」


 リリアは期待を抱きながら、集落を見回した。


「どうしたことだ?仲間達の姿が見えないが……しかも、あちこちに、荒らされたような形跡が……これはいったい?」


 疑問を抱きながら、集落に入ると、中央の広場に、怯えた表情の獣人の子供達が、何人も捕らわれ、一箇所に座らされていた。


「何故彼らはあのような扱いを受けているのだ!これではまるで、奴隷か家畜のようではないか!」


 リリアの視線の先には、首輪や手枷で拘束され、逃げ出さないように監視された仲間たちの姿があった。


「どこのどいつだ!我が同胞達に!このような辱めを与えているものは!出てこい!」


 リリアは、沸々と湧き起こる怒りを感じながら、辺りを見回し拳を強く握りしめた。


「あれは……やはり人族か!こんな小さな集落までも、奴らの手が!」


 人族に仲間たちが虐げられている光景を目にし、リリアの全身は怒りで震えていた。


「この地を訪れる前にも人族に襲撃され、廃墟と化した集落をいくつも見てきたが……ついに現場をおさえたぞ!」


 そう叫んだリリアの、彼らに対する憎悪は、マグマのように熱く煮えたぎり、今にも爆発しそうだった。


「まだ、抵抗する力も持たぬ、あのようなか弱き子供達を集めて、奴らは誇りを持たぬのか⁉︎」


 子供達を捕えていたのは、人族の奴隷商人達だった。

 彼らは、扱いやすい子供達を商品のように値踏みし、汚らしい笑みを浮かべていた。


 リリアは、その光景を目の当たりにして、吐き気を催しそうだった。


「……許せぬ……」


 リリアは、奴隷商人達の卑劣な行為に、激しい怒りを覚えた。


「今日こそ奴らに思い知らせてやる」


 言葉が口をついて出るよりも早く、リリアは風のような速さで走り出し、子供達を救うため、その場に駆けつけた。


「貴様ら、人間ども!子供たちを返せ!獣人を、ただの道具のように扱うことを、リリアは絶対に許さない!」


 リリアは、持ち前の跳躍力で子供たちと奴隷商人の間に飛び込んだ。

 そして怒りの視線を男たちに向け、鋭い牙と爪を剥き出しにして威嚇して、脅すように大声で言い放った。


「ボス!また新しい獣人が、わざわざ捕まりに現れましたぜ」

「へへっ、良い獲物じゃねぇか。売り飛ばせば、ガッポリ儲かるぜ」


 ボスと呼ばれたちょび髭が特徴的で短足の男が、値踏みするようにいやらしい目でリリアを眺めながら、嬉しそうな笑い声を上げた。


 その言葉を耳にしたリリアは、怒りのあまり、奥歯を噛み締めた。


「過去に何人もの同胞が攫われたが、仲間の元へ戻って来たものは、一人としていなかった。そして今まさに、目の前の子供達が、そのような目に遭おうとしている……」


 リリアは怒りのあまり声が震え、全身の毛は逆立っていた。


「このような理不尽を、断じて許すわけにはいかない。ガルガの娘リリアが、この者たちに報いを受けさせてやる!」


 ようやく仲間たちを苦しめる者を見つけ、リリアは、奴隷商人達を、一人残らず叩き潰してやろうと決意した。


「いくぞ!」


 リリアは、獣人族特有の俊敏な動きで、奴隷商人たちの間を縫うように駆け抜けた。

 その爪はまるで、五本の閃光を放つ鋭い刃のように、奴隷商人たちの肉を切り裂いていく。

 そして奴隷商人たちが悲鳴を上げる間もなく、リリアの拳が、彼らの顔面を捉えた。


「遅い!」

「無駄だ!」

「お前たちの力はこんなものか!」


 リリアは、奴隷商人たちの攻撃を軽々と避け、彼らの武器を奪い、逆に彼らを攻撃した。


「終わりだ!」


 リリアの心臓が、怒りと高揚感で激しく脈打つ。

 獣人族の誇りを汚す者たちを、決して許さない。

 リリアは、奴隷商人たちを睨みつけ、ありったけの怒りをぶつけた。


「なんてヤツだ……一瞬にして仲間たちが……」

「化け物じみてやがる……こんな獣人がいるなんて、聞かされてないぞ!」


 リリアのあまりの強さに、奴隷商人たちは、思わずたじろいでいた。


「誇り高き獣人の力、その身で思い知るが良い!」


 リリアは、奴隷商人たちを一人ずつ叩きのめしていった。

 縦横無尽に暴れ回る姿は、まるで怒れる獣のようだった。


「大丈夫か、お前達。ガルガが娘、リリアが来たからには、もう大丈夫だからな」


 リリアは、子供たちを抱きしめ、その小さな背中を優しく撫でた。

 子供たちの温もりが、リリアの心を癒していく。

 リリアは、ようやく安堵の息を吐き出した。


「リリアさん、ありがとう……!もう、怖い思いはしないですむんですね……!」

「リリア姉ちゃん、怖かったよ〜」

「さすが族長の娘さんだ」


 子供たちとその家族は、口々にリリアに感謝し、涙を流して喜んだ。

 リリアは、子供達の笑顔を見て、わずかに心が安らいだ。

 だが、その安らぎは、すぐに打ち消されることになる。


 奴隷商人たちは、先程の倍以上の人数で、剣や槍、弓矢、そして魔法の込められた杖を手に戻ってきた。

 その中には、屈強な鎧を身にまとった者や、魔法を操る者もいる。

 集落は、奴隷商人たちの殺気と、武器の金属音、そして魔法の詠唱で満ちていた。


「リリア姉ちゃん、あの人たちまた来たよ」

「パパ、ママ、怖いよぅ」


 子供たちは、恐怖で震え上がり、泣き叫びながら親たちの後ろに隠れた。

 その小さな体は、恐怖でガタガタと震え、今にも泣き出してしまいそうだった。


「何度来ようと同じ事だ。何度でも返り討ちにしてやる!」


 リリアは、再び怒りと悲しみに満ちていた。

 子供たちの恐怖に歪んだ顔、親たちの必死な叫び。

 そのすべてが、リリアの胸を締め付け、怒りの炎を燃え上がらせた。

 リリアは、獣人族の誇りを胸に、奴隷商人たちに立ち向かった。


「二度と同胞とその土地に、手出しできぬように、思い知らせてやる!」


 リリアの双眸は、獲物を定める猛獣のようにギラリと輝き、奴隷商人たちを射抜いた。

 それは、研ぎ澄まされた妖刀そのもの。

 敵が魔法や弓矢を放った一瞬後、彼女の強靭な脚が大地を爆ぜる。

 獣人族特有の爆発的な瞬発力は、まさに稲妻。

 残像を残して、飛び交う魔法や弓矢の間を駆け抜けるリリアの姿は、怒りを纏った疾風だ。


「動きが遅い!」


 鈍重な動きしかできない奴隷商人たちの間合いを、リリアはステップとフェイントで弄ぶ。

 まるで、子供が玩具を操るように。

 彼女の身体の軸が、信じられないほど滑らかに回転し、次の瞬間には、奴隷商人の懐へと深々と侵入する。


「何処を見ている!」


 奴隷商人がようやくリリアの姿を捉えたと思った瞬間、彼女の伸ばされた腕の先に光る凶悪な爪が、喉元を捉えていた。

 それは、鍛え上げられた鋼の刃。

 奴隷商人の首筋を紙切れのように裂き、鮮血がまるで赤い花弁のように宙を舞う。

 悲鳴を上げる間もなく、男の体はガクリと傾いだ。


 リリアの怒涛の連撃は、まさに嵐のようだった。


「次!」

「お前もだ!」

「獣人族の恨み!」

「人族など消えてしまえ!」


 一人、また一人と、奴隷商人たちが為す術もなく倒れていく。

 彼女の爪は、正確に敵の急所を捉え、鎧の隙間を縫い、肉を抉り取る。

 悲鳴、断末魔の叫び、そして飛び散る血飛沫。

 戦場は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 その姿は、理性など吹き飛んだ、怒り狂う獣そのもの。


「なんだこの獣人の娘は……まるで死神か悪魔のようじゃないか……!」


 奴隷商人の一人が、絶望の色に染まった瞳でリリアを見ながら、呟いた。


 その間にも、リリアの爪が、情け容赦なく、彼らの罪で染まった人生を、絶望で終わるように切り裂いていくのだった。


「お姉ちゃんありがとう」

「お姉ちゃん強いんだね」


 子供たちは解放され、歓喜の声を上げていた。

 だが、その時、奴隷商人たちのリーダー格のちょび髭短足の男が、卑劣な笑みを浮かべた。


「……まさか、ここまでやるとはな。だが、その行いが、お前たちを破滅に導くことになるだろう」


 男は、そう言い残すと、合図を送った。

 すると、背後の建物から、数人の男たちが現れた。

 彼らは、リリアが解放した子供たちの親たちを、拘束していた。

 親たちは、恐怖で顔を青ざめさせ、震えていた。

 子供たちを守ろうと、必死に抵抗する者もいた。


「……貴様ら、何をするつもりだ!」


 リリアは、怒りの声を上げた。

 しかし、男たちは、リリアの言葉を無視し、冷酷な笑みを浮かべるだけだった。

 リリアは、人質となった親たちと、奴隷商人たちの冷酷な笑みを見た。

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