※第四話 初めての戦闘
「盗賊……!」
エレナは、恐怖で声を失い、カインの背に隠れるように身を寄せた。
彼女は、まだ戦闘に慣れておらず、目の前の光景に、完全に腰が引けていた。
「ひっ……! カイン、あいつら……!」
エレナは、カインの服をギュッと掴み、震える声で呟いた。
その瞳には、恐怖と、カインへの期待が入り混じっていた。
「……エレナ、後ろに下がっていろ。あいつらは、僕が相手をする」
カインは、エレナを背後に庇い、冷たい声で言った。
その瞳には、獲物を狩る獣のような、鋭い光が宿っていた。
「やるな小僧。俺たちの気配を察知してたってのか」
盗賊のリーダー格と思われる、顔に目立つ古傷のある男が、ニヤリと笑いながら言った。
その目は、獲物を値踏みする商人のように、冷たく光っていた。
「それだけ殺気を放っていれば、誰だってわかるだろう。森の魔物の方が、よっぽど上手く気配を殺して襲ってくるぜ」
カインは、冷静に言い返した。
(エレナを怖がらせないために、強がって見せたけど、対人戦って初めてなんだよな……見た感じ、あまり強そうに見えないけど、どうだろう……)
しかし、落ち着いて話す言葉の影で、カインは心の中でそんな不安を抱えていた。
「女を連れて余裕ぶってるみたいだが、こっちは大の男が3人いるんだ。泣いて許してくれってんなら、その女と身ぐるみで許してやるぜ?」
片目に眼帯をした盗賊が、下卑た笑いを浮かべながら言った。
その言葉に、エレナは恐怖で体を震わせた。
「カインどうしよう……」
エレナは、カインの服をギュッと掴み、震える声で尋ねた。
(出会った時のシャドウウルフみたいに、パパッとやっつけてくれるわよね?)
エレナの表情には、恐怖と、カインへのそんな期待が入り混じっていた。
「人間相手に戦った事がないから、正直、勝てるかどうかはわからない。だけど、君のことは命に変えても守るから」
カインは、エレナを安心させるように、優しく言った。
その言葉には、迷いのない覚悟が宿っていた。
「私も援護するから無理はしないでね」
エレナは、震える声でそう言った。
彼女は、カインの言葉に勇気づけられ、震える足で立ち上がった。
「何をぶつくさ言ってやがる。大人しく従わないってんなら、腕の一本や二本は覚悟してもらうぞ」
そう言って、顔に目立つ古傷のある男が、ギラリと光る剣を抜いた。
その目は、獲物を狩る獣のように、ギラギラと光っていた。
「……」
カインは、静かに剣を構えた。
その瞳には、初めての人間との戦闘への、微かな緊張と、エレナを守り抜くという強い意志が宿っていた。
脇を固めていた盗賊二人が、ニヤついた笑みを浮かべ、左右から一斉にカインに襲いかかってきた。
「おらおら、どうした? 攻撃を防ぐので精一杯か? そんなことじゃ、女は俺たちが貰ってしまうぞ!」
カインが様子を見ようと、防戦に回ったのを良い事に、手下二人が嬉々として攻撃を繰り出してくる。
しかし、育ってきた森で、魔物との戦闘に慣れていたカイトにとって、その攻撃はそれほど恐れるものではなく感じられた。
「これくらいの攻撃、どうって事……!」
カインは、盗賊たちの攻撃を軽くいなし、反撃を繰り出そうと、剣を振り上げた。
しかし、二人に気を取られている隙に、顔に目立つ古傷のある男の一撃が、彼の脇腹にかすり傷を負わせた。
「甘いな小僧」
顔に目立つ古傷のある男は、ニヤリと笑い、そう言い放った。
その目は、獲物を仕留めたハンターのように、冷酷に光っていた。
「くっ! さすがに3人相手は無理があるか……!」
カインは、額に冷や汗を浮かべ、呟いた。
初めての人間との戦闘、しかも多勢に無勢。
カインが反撃しようとすると、古傷のある男が割って入り、彼は、徐々に追い詰められていく。
「俺たちの連携に手も足も出ないみたいだな!オラオラどんどん行くぞ!」
盗賊たちは、勢いに乗り、猛攻を仕掛けてきた。
その攻撃は、容赦なく、カインを追い詰めていく。
「カイン……!」
エレナは、カインのピンチに、悲鳴を上げそうになった。
しかし、彼女は恐怖を抑えて、回復魔法が必要になる時に備える。
昨夜、カインから聞かされた、マリアが回復魔法を使う時の様子を思い浮かべて、指先に清らかな力を集め始めた。
その瞳には、カインへの心配と、彼を助けたいという強い気持ちが溢れていた。
「……エレナ、後ろに下がっていろ。あいつらは、俺が相手をする」
しかしカインは、エレナを背後に庇い、冷たい声で言った。
必死で戦うカインの瞳には、獲物を狙う獣のような、鋭い光が宿っていた。
彼は、エレナを危険に晒したくなかったのだ。
「だけど……!」
エレナは、何か言おうとした。
しかし、カインの強い意志を感じ、言葉を飲み込んだ。
彼の覚悟を感じ、今は彼の言葉に従うしかないと判断した。
「……わかった。でも、無理はしないで」
エレナは、震える声でそう言い、カインの背中からそっと離れた。
彼女は、カインの足を引っ張らないように、静かに後方へと下がった。
「今だ!」
カインは、片目の盗賊の一瞬の隙を見逃さず、渾身の一撃を繰り出した。
その剣は、稲妻のように鋭く、盗賊の喉元を捉えようとした。
「甘いな」
しかし、顔に目立つ古傷のある男が再び二人の間に割って入ると、カインの攻撃をやすやすと防ぎ、逆に強烈なカウンターを浴びせた。
その剣は、カインの腕を狙い、二の腕に深い傷を刻んだ。
「ぐっ!」
「嫌っ!カイン!」
カインは、その衝撃で大きく体勢を崩し、大きな傷を負ってしまうと、エレナは思わず悲鳴を漏らす。
腕の傷口から流れ出る血が、肘を伝って袖口から滴り落ちていく。
彼は、額に冷や汗を浮かべ、焦りを隠せなかった。
呼吸が速くなり、激しい鼓動も感じられる。
「駄目だ。このままじゃ……!」
カインは、焦りと痛みに顔を歪ませた。
「まだだ……まだ諦めるわけにはいかない。エレナを守るため、そして僕自身の力を証明するために、一人で戦わなくちゃいけないんだ!」
そう叫んだカインの深く青い瞳には、まだ諦めの色はなかった。
「頑張ってカイン!」
エレナは、必死にカインを励ます。
彼女の瞳には、カインへの信頼と、彼を支えたいという強い気持ちが溢れていた。
「……ああ、わかってる」
カインは、エレナの言葉に短く答え、再び剣を構えた。
その体には、先程までの疲労感はなく、むしろ、怒りと闘志が漲っているようだった。
「今こそ、治癒魔法を試す時よ。マリアさんから受け継いだ力で、彼の傷を癒す時だわ!」
エレナは、そう言って、全身にみなぎる清らかな力を、カインに向けた手のひらに集めるイメージをした。
すると、そこに光が集まり、ぐるぐると渦巻くように握り拳ほどの光の弾が出来上がっていく。
「お願い!私の中の清らかな力よ。彼の傷を癒して!戦う力を取り戻して!」
エレナは、祈るようにそう唱え、手のひらの先に集まり始めた光を見つめた。
光は、まるで生き物のように脈打ち、その輝きを増していく。
彼女の瞳には、カインを助けたいという強い意志と、魔法が成功するかどうかという不安が入り混じっていた。
額には汗が滲み、唇を噛み締め、成功を祈るように光を見つめていた。
やがてエレナの震える手から放たれたのは、握り拳ほどの大きさの、淡い光の玉だった。
それは、ゆっくりとカインの体に近づき、傷口に触れると、じんわりと温かい光が彼の体を包み込んだ。
光は、傷口に吸い込まれるように溶け込み、彼の体をゆっくりと駆け巡った。
「痛みが嘘のように消えていくよ。しかもなんだか、疲労感まで消えていくようだ……これならまた戦える!」
そう言ったカインの傷口から始まった修復は、彼の体全体へと広がっていった。
「凄い……これが私の力……」
エレナは回復魔法の効果を目の当たりにして興奮冷めやらぬ状況だった。
「これまでなら、症状に合わせた薬草を処方して、自然治癒を促す形で時間をかけて治療していたのに……それが回復魔法なら数秒で見事に回復するなんて!」
エレナは魔法を放った自分の手のひらを眺め、感動すら覚えていた。
カインも、その感覚に驚きで目を丸くした。
(エレナの回復魔法は、ただ傷を癒すだけじゃなくて、内側から力が湧き上がってくるような、母さんの魔法とは少し違う、不思議なものだ……)
カインは体の重みが抜け、まるで軽くなったように感じていた。
その瞳には再び戦う力が宿る。
「力が湧いてくる……ありがとう、エレナ」
カインは、エレナの回復魔法のおかげで、再び力を取り戻した。
一人で盗賊三人を相手して、体力の限界を迎えようとしていた体には、先程までの疲労感はなく、むしろ、新たな力が漲っているようだった。
「落ち着いてカイン。あなたは一人じゃないのよ。私も一緒に戦います。あなたの助けになりたいの。幸いあの人達は、私を傷付けずに、捕えようとしているみたいです。協力すれば、きっと一人ずつ倒す事ができます」
エレナは、震える声を必死に抑え、カインを諭すように言った。
(エレナは僕を支えようとしてくれている。それなのに僕は一人で戦おうとして……その想いに応えなきゃ駄目だ)
エレナの言葉を受け、カインは考えを改め始めた。
「なんだか不思議な力を使う娘らしいな。ますます欲しくなって来たぜ」
盗賊たちのリーダー格である男が、下卑た笑みを浮かべ、エレナを品定めするように見つめた。
その目は、獲物を狙う獣のように、ギラギラと光っていた。
「……気持ち悪い」
エレナは、男の視線に嫌悪感を露わにして体を震わせると、カインの背に隠れるように身を寄せた。
「カイン、あいつら……!」
エレナの震える声に、カインは静かに頷き、剣を構えた。
その瞳には、エレナを守り抜くという、強い意志が宿っていた。
「……行くぞ」
カインの言葉を合図に、盗賊たちは一斉に襲いかかってきた。
しかし落ち着いてみると、やはり、リーダー以外の動きは、訓練された戦士とは程遠く、ただ力任せに武器を振り回すだけだった。
カインは、まず一番動きが遅い、小柄な盗賊に狙いを定めた。
それを察したエレナは、鞄から小袋を取り出し、盗賊に向かって投げつけた。
「なっ……!?」
小柄な盗賊が飛んでくる小袋を剣で叩き切ると、中身の粉が撒き散らされ、視界が一瞬にして白く染まった。
「……今よ!」
エレナの声に、カインは力強く大地を蹴った。
稲妻のような速度で小柄な盗賊に肉薄し、剣の背で彼の腕を強打した。
「ぐああああああっ!」
あまりの痛みに、小柄な盗賊は剣を手放し、その場に崩れ落ちた。
「まず一人目だ」
カインは、冷たい声で呟き、小柄な盗賊が落とした剣を遠くへ蹴り飛ばした。
そして、次の狙いを、片目の男に定めた。
「……次はお前だ」
カインは、剣を構え、片目の男に向かって突進した。
その動きは、先程よりも遥かに鋭く、研ぎ澄まされていた。
「くそっ! 小僧、調子に乗るな!」
片目の男は、カインの攻撃を迎え撃つ。
しかし、カインの剣は、まるで踊るように、男の攻撃をいなし、その隙を突いた。
「遅い!」
「ぐっ……!」
片目の男は、カインの剣に押され、徐々に後退していく。
その時、エレナが投石を放った。
「うわっ!」
片目の男は、不意打ちの投石に悶絶し、体勢を崩した。
「……終わりだ」
カインは、その隙を見逃さなかった。
渾身の一撃を叩き込み、片目の男を切り伏せた。
「……やった……これであとはお前だけだ」
カインは、地に伏せた盗賊たちを見下ろし、最後に残ったリーダー格の男に冷たい視線を向けた。
その瞳には、勝利の喜びと、安堵の色が浮かんでいた。
「なんだ、こいつ、異様に強いじゃないか……」
リーダー格の男は、震える声で呟いた。
その顔には、先程までの余裕はなく、恐怖と焦りが浮かんでいた。
「まだやるか?」
カインは、剣を構え、男に問いかけた。
その声には、一切の躊躇いがないように感じられた。
「いや、参った、降参だ。俺たちは冒険者をしていたんだが、生活に困って盗賊の真似事をしていただけなんだ。もう盗賊家業から足を洗うから見逃してくれ」
男は、手にしていた得物を地面に捨てると、観念したように両手を上げ、降参を申し出た。
(小僧と侮っていた青年に敗れ、全く歯が立たないとは……)
思い知らされた男の顔は、恐怖で青ざめていた。
「……わかった。次は容赦しないからな」
カインは、剣を鞘に納め、エレナの方を振り返った。
窮地をエレナのおかげで切り抜ける事ができた感謝が溢れる表情は、先程までの冷酷さとは打って変わり、安堵と感謝の色で満たされていた。
「ありがとうエレナ、おかげで助かったよ」
カインは、エレナに近づき、心からの感謝を伝えた。
初めての連携に喜びを感じたその声は、優しく、温かかった。
「忘れないでカイン、私もいることを。あなたは一人じゃないわ」
エレナは、カインの言葉に優しく微笑みながら伝えた。
エレナもまた、カインとの連携を成功させた喜びを感じており、カインへの信頼と、彼を支えたいという強い気持ちが溢れていた。
「あぁ、仲間がいると、これだけ戦いやすいとは思わなかったよ。これまで森の中では、一人で魔物達と戦って来たからね」
カインは、エレナの言葉に頷き、感慨深げに呟いた。
その表情には、初めて得た仲間との絆に対する、喜びと安堵が浮かんでいた。
「……そうだったわね。あなたは、ずっと一人で戦ってきたのよね」
エレナは、カインの言葉に、彼はこれまで、ずっと母親と二人だけの世界で生きてきたのだろうと思い、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「……ああ。でも、もう一人じゃない。君がいる」
カインは、エレナの瞳を見つめ、静かに言った。
そこには、エレナへの信頼と、感謝の気持ちが込められていた。
「……ええ。私も、ずっとあなたの側にいるわ」
エレナは、カインの言葉に、静かに頷いた。
信頼できる仲間を見つめる瞳には、カインへの強い想いが宿っていた。
「ふふふ、頼りにしてね。それにしても……」
エレナは、カインの勝利に安堵の笑みを浮かべた。
しかし、安心していた表情はすぐに曇り、怪訝なものに変わった。
「盗賊を逃しちゃうなんてカインは甘いのね」
エレナは、逃げていく盗賊の背中を見ながら、呆れたように言った。
これまで厳しい命のやり取りを、幾度となく見て来た彼女の瞳には、カインの優しさへの戸惑いが浮かんでいた。
「甘いかも知れないけれど、人殺しはしたくないからね」
カインは、静かに答えた。
森の中で病に伏せる母親を看病しながら暮らして来た彼の言葉には、強い意志と、わずかな悲しみが宿っていた。
「そうね。捕らえて衛兵に引き渡そうにも、街までまだだいぶ遠そうだし。でも世の中はそれほど甘くはないわ。この先、何かを犠牲にしてでも守らなきゃならない場面も出てくるでしょうから、その時はお願いね」
エレナは、カインの言葉に頷き、諭すように言った。
これからの長く厳しい旅路を覚悟した彼女の声には、カインへの信頼と、彼を案じる気持ちが込められていた。
「わかった、肝に銘じておく」
カインは、エレナの言葉を真剣に受け止め、頷いた。
その瞳には、これから始まる旅への覚悟が宿っていた。
「……」
カインは、静かに空を見上げた。
そこには、どこまでも続く青空が広がっており、渡り鳥の群れが天高く飛んでいた。
彼は、この旅でどのような困難に出会そうとも、必ず乗り越えて見せると決意を固めていた。
「……必ず、指輪を破壊か封印して、母さんに笑顔で報告するんだ」
カインは、誰に訊かせるでもなく静かに呟いた。
決意を固めたその言葉は、誰に届くこともなく、静かに風に消えていった。
「……さあ、行きましょうか、カイン」
エレナは、カインの横顔を見つめ、優しく声をかけた。
彼を見つめる眼差しには、カインへの信頼と、共に旅をする仲間としての覚悟が宿っていた。
「ああ、行こう」
カインは、エレナの言葉に頷き、再び歩き出した。
その足取りは、先程よりも力強く、未来への希望に満ちていた。
その時、一台の馬車が二人の横を通り過ぎ、走り去っていった。
エレナが荷台に目をやると、そこには首輪をつけられ、手縄で縛られた、粗末な服を着た悲しげな表情の獣人の子供たちが乗せられていた。
(あれは……)
その光景を見たエレナは、一抹の不安を覚えていた。