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※第三十四話 雪山での試練

 王都バクドを後にしたカイン一行。

 ドワーフの里を目指す旅路は、険しい山脈へと差し掛かっていた。


「くしゅんっ!」


「エレナ、大丈夫か? そのコートじゃ寒そうだね」


「ありがとうカイン。高い山って、こんなに寒いのね。バクドでもっと厚手の服を用意すべきだったわ」


 冷え切った手を吐息で温めるエレナ。

 その光景を見たカインは、彼女と自身のコートに積もった雪を払い落とす。


「僕もだ。吐く息は真っ白だし、鼻や耳が寒くてたまらない。これもまぁ、旅の良い経験だと思うしかないね」


 刺すような寒さと先刻より降り出した雪は、雪山に不慣れなカインたちの体温を容赦なく奪い去っていく。


 カインは彼女を気遣いながら、視界が悪くなった山肌を見上げた。

 そこには、獣道のような険しい山道が続いている。


(本当にこんな山道を通る人がいるのだろうか? こんな険しい道の先に住むドワーフたちは、どんな生活をしているのだろう? これは予想以上に閉鎖的な種族の気がするな……)


 カインがそんな悪い想像を振り払うように首を振ると、リリアとローラの姿が目に止まった。


「エレナは寒がりだな」


 リリアはそう言って強がって見せるが、猫のように背を丸め、尾は縮こまり、明らかに寒そうだ。


 ローラは火球を出して暖をとっている。

 しかし誰も近寄ろうとはしない。

 むしろガルガは、いつ魔法が暴走するのかと、冷や冷やしながら見守っていた。


(大丈夫なのだろうか。このメンバーで……)


 カインはそんな光景を目の当たりにして、ますます厳しい旅を予感していた。


「カイン、見て、あそこ……」


 不意にエレナがそう言って指差す先には、斜面の岩肌に、ポカリと開いた、洞窟らしきものが見えていた。


「あそこなら寒さも凌げるんじゃないかな?」


 エレナの希望を覗かせた明るい声に、カインも思わず表情が緩む。


「そうだな。とりあえず天候が回復するまで休むとしよう」


 そう言ってカインは、寒さを凌げる空間を確保しようと、急いで洞窟に入ろうとした。

 しかし寸前のところで、ガルガに背中を捕まれ、足が宙を浮く。


「うわっ! 何するんだガルガ!」


 そこまで言いかけたところで、光るものがカインを横切る。


「氷魔法!?」


 ガルガがカインを止めなければ、直撃する軌道だった。

 氷の刃は後方の大木を見事に貫通している。


「あっぶね、あんなの食らったらどうなっていたことか……」


 カインは冷や汗を流す。


「馬鹿者、洞窟の中をよく見ろ。お前にはあの程度の気配を探る力もないのか」


 洞窟の暗闇を見つめながらガルガは、感情を殺したような声で、カインに問いかけた。


「すまないガルガ。やっとこの寒さを凌げると思って、不用心になってたんだ」


「リリアは匂いで気づいていたぞ。殺気と気配が半端なかったからな!」


 そう言ってリリアは胸を張る。

 しかし声は上擦り、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。


「どいつもこいつも……」


 ガルガは軽くため息をつくと、その眼差しを洞窟へと向けた。


「グルルル……」


 唸り声を上げながら洞窟の奥から現れたのは、白い毛並みが美しい、狐のような二匹の魔物だった。


「あらあら、寒さを凌ぐ毛皮にちょうど良さそうな狐ですわね」


 ローラがそんな呑気な声を上げた。

 しかし先程、氷の刃魔法が貫通した大木が、魔物たちの実力を物語っている。


「油断するなお前ら。過酷な環境を生き抜く魔物たちだ。一筋縄ではいかんぞ!」


 ガルガは警戒の声を上げたが、その表情は楽しそうだ。


「父上、リリアが見事にこの魔物たちを討伐してみせます!」


 リリアは短剣を抜くと、言葉が終わるよりも早く地を蹴った。

 先行した彼女は、フロストフォックスとでも呼ぶべき魔物の懐に俊敏に潜り込もうとする。


 だが、魔物はリリアの動きを予測していたかのように、素早く横に跳んで回避する。

 すると、もう一匹が即座に連携。

 リリアの側面に回り込んで氷の爪を振るった。


「くっ! こいつら強い!」


 リリアは咄嗟に短剣で攻撃を受け流すが、体勢を崩される。その一瞬の隙を見逃さず、二匹のフロストフォックスは距離を取ると、再び口元に冷気を集中させ始めた。


「リリア、下手に突っ込むな! 奴らは連携して狩りをする!」


 カインも剣を抜き、リリアを援護すべく駆け出す。


 しかし、魔物たちはカインの動きを牽制するように、無数の氷のつぶてを吐き出して来た。

 狭い洞窟で左右に逃げ場はない。

 目の前の地面につぶてが着弾。

 そこから濃い霧が立ち上り、一瞬にして視界が白く染まる。


「まずい、前が見えない!」


 カインが警戒して立ち止まった瞬間、霧の中から鋭い爪が闇討ちのように迫る。

 カインは反射的に剣でガードする。

 しかし衝撃で後ろに仰け反り、腕が痺れた。


「ちぃっ! 一撃を防ぐのがやっとだ」


「奴らは一撃離脱に徹して、すぐに霧の中へと姿を消すぞ!」


 リリアが姿勢を低くしたまま、焦りの表情で必死に叫ぶ。

 カインも反撃の糸口を掴めずに焦るばかりで、思わず手にした剣を強く握りしめる。


「こうなりましたら!フレイムボール!」


 痺れを切らしたローラが、炎魔法を放つ。

 しかし現れたのは、炎ではなく吹雪のような冷気魔法。

 どうやら今回は炎と冷気の魔力変換を失敗したらしい。


 おかげでフロストフォックスたちは意にも介さない。

 それどころか、魔力を吸収したようで、生き生きとさせてしまった。


「ローラ、何をやってるんだ!」


「ご、ごめんなさいまし!」


 混乱の中、ガルガだけが冷静だった。


「騒ぐな! 奴らの狙いは消耗戦だ。霧に惑わされず、音と気配に集中しろ!」


 その言葉に、カインとリリアはハッとする。

 しかし、言うは易く行うは難し。

 霧の中で神出鬼没に繰り出される攻撃に、二人は防戦一方に追い込まれていった。


「もう終わりか? その程度の実力で、よくもドワーフの里を目指そうなどと考えたものだ」


 ガルガの呆れたような声が響く。

 その声に発奮したリリアが、気配を頼りに大きく踏み込み、短剣を振るう。


「ガキっ!」


 手応えはあった。

 リリアは思わず笑みを浮かべる。

 しかし、それは浅い。

 反撃に氷の刃をまともに食らい、リリアは雪の上に倒れ込んだ。


「リリア!」


 カインが駆け寄ろうとしたその時、ガルガが動いた。

 彼は霧など存在しないかのように真っ直ぐに前進すると、無造作に戦斧を振り抜く。

 ブオォンという音と共に、凄まじい風圧が霧を吹き飛ばし、狼狽するフロストフォックスの姿が露わになった。


「終わりだ」


 ガルガの一撃は、一匹の魔物の胴体を正確に捉え、その巨体をいともたやすく吹き飛ばした。

 残る一匹が恐怖に怯んで後退りしたその足を、ガルガが戦斧の柄で打ち砕く。

 そして、倒れたリリアに冷たく言い放った。


「立て、リリア。自分の獲物も仕留められんようでは、我が娘とは認めん」


 リリアは悔しさに唇を噛み締めながらも、父の言葉に奮い立ち、ふらつく足で立ち上がる。

 そして、動きの止まった魔物にとどめの一撃を突き立てた。


 戦闘が終わり、一行はひとまず洞窟の中で火を起こし、凍えた体を温めていた。

 誰もが口を閉ざし、重い空気が流れる。

 特に、カインとリリアの表情は暗かった。

 自分たちの不甲斐なさが、骨身に沁みていた。


「……すまなかった」


 沈黙を破ったのはカインだった。

 彼は深く頭を下げる。


「僕が不用心だったせいで、みんなを危険な目に合わせた。それに、戦闘でも全く役に立てなかった……」


 盗賊や魔物と戦い、いつしか油断が生まれていた。

 基本的な状況判断も、純粋な戦闘技術も、この過酷な自然の前ではあまりに未熟だった。


「リリアも……父上の足を引っ張った……」


 リリアも悔しそうに俯く。


 そんな二人を見て、ガルガは鼻を鳴らした。


「今更気づいたか。お前たちは弱い。小手先の技や、生まれ持った力に頼りすぎている。戦いとは、生き抜くとは、もっと泥臭く、地道なものだ」


 その言葉が、カインの胸に突き刺さる。

 彼は顔を上げ、決意を秘めた目でガルガを見つめた。


「ガルガ、頼む! 僕を鍛え直してくれ! このままじゃ、僕は誰も守れない……エレナも、仲間も、本当に守りたいものを守る力を、僕は手に入れたいんだ! 勇者だった父さんのように!」


 カインは再び深く頭を下げた。


「リリアもお願いします、父上!」


 その隣で、リリアも頭を下げる。


 ガルガは二人の姿をしばらく黙って見つめていたが、やがてニヤリと口角を上げた。

 その笑みは、獣のように獰猛だった。


「よかろう。だが、我の鍛錬は生半可なものではないぞ。泣き言を言ってもやめんからな。覚悟しろ」


 その日から数日間、吹雪が止んだ雪山での特訓が始まった。


「剣の振りが甘い! 状況判断も遅い! 何より体力がなさすぎる!」


 ガルガはカインとの組み手で、文字通り何度も雪の上に叩きつける。


「大丈夫かしらカイン……あんなに何度も打ちのめされて……」


 エレナは心配そうに見守ることしか出来なかった。


「カインは、特に剣筋の正確さが不足しているぞ! 基礎である素振りから、みっちりやり直せ!」


 それ以来、夜は一人黙々と剣を振り、昼はガルガやリリアと組み手を繰り返した。


(父さんも……勇者だった父さんも、こうやって地道な努力を積み重ねてきたんだろうか……)


 打ちのめされるたびに、カインの脳裏に、想像の父の背中が浮かぶ。

 それは、決して生まれながらの素質に驕ることなく、日々の鍛錬を欠かさなかった、真の強者の姿だった。


(勇者の血筋による才能じゃない。僕の力で、強くならなくちゃいけないんだ)


 カインは、自身の弱さと、進むべき道をはっきりと自覚した。

 その目から、迷いが消えていく。


 数日後、訓練はひと段落し、空が晴れ渡った。

 カインの体は痣だらけだったが、その顔つきは旅立つ前とは比べ物にならないほど精悍になっていた。


「顔つきだけは、少しはマシになったな」


 出発の準備をしながら、ガルガがポツリと呟いた。


「だが、まだまだひよっこだ。勘違いするなよ」


「ああ、わかってる」


 カインは、ガルガの忠告に対し、晴れやかな笑顔で答えた。


「ならば、次はお前の中にある、隠された力を引き出す番だ。我が一族に伝わる秘奥、その片鱗を教えてやろう」


 ガルガはそう言って、意味ありげな微笑みを浮かべながら、カインの体つきに、厳しい視線を向けていた。

 カインはその言葉に、さらなる鍛錬の予感と、新たな力への期待を感じた。

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