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※第三話 歩み出した二人

 朝日が昇り始めた頃、カインとエレナは、マリアが眠る森を抜け、小さな街道を歩いていた。

 天高く自由に舞う鳥の姿が見え、遥か彼方の山から差し込む光は、辺り一面の草原を照らし、心地よい風が草原の草花を揺らしている。

 朝露に濡れた草木が、朝日を浴びて宝石のように輝いている。

 その光景は、二人の未来を祝福しているかのようだった。


 カインは、背に父の形見の剣を、左手に母から託された魔王の指輪を嵌め、ゆっくりと歩いていた。

 隣には、エレナが静かに寄り添い、共にまだ見ぬ地へと足を進める。

 朝日に照らされた草原を、二人の影がゆっくりと伸びていく。


「私たちは、どこへ向かうんですか?」


 エレナは、カインに尋ねた。


「指輪の手がかりになるような場所を知りませんか?」


 カインは、少し気まずそうに目を逸らし、呟いた。


「恥ずかしい話、森から出たことがほとんど無くて。ただ、人が集まる大きな町に行けば、何か情報が手に入るんじゃないかと思うんだけど……」


(そうだったわ。彼は人生のほとんどをマリアさんと森で暮らしていたのだったわ)


 エレナは、カインの言葉に少し驚き、そして彼の生きてきた孤独な日々に思いを馳せると、優しく答える。


「……そうですか。でも、カインさんがそう思うなら、きっと何か見つかるはずです」


 彼女は、カインを励ますように微笑み、そして、ある場所を提案する。


「それなら、あの山脈の麓にある、古い神殿を訪ねてみませんか?魔王に関する伝説にも出て来ますし、もしかすれば何か指輪に関する情報や手がかりが見つかるかも知れません」


 カインは、エレナの言葉に少し考え込むように顎に手を当て、遠くに見える山脈に視線を向けた。

 その横顔は、どこか不安そうだった。


「古い神殿、か……どんなところなんだろう?」


 カインは、遥か彼方の山脈を眺めながら静かに呟いた。


「全く知らない場所だけど、そこなら何か手がかりが見つかるかもしれないね」


 彼は、エレナに向き直り、決意を込めた瞳で言った。


「よし、エレナさん。僕らは古い神殿を目指しましょう」


「はい、カインさん。私も、その神殿に何か手がかりがあることを願っています」


 エレナは、カインの瞳をまっすぐに見つめ返し、頷いた。

 彼女の瞳には、不安と、それを上回る希望が宿っていた。

 二人は、互いに視線を交わし、共に歩き出した。

 その足取りは、まだ見ぬ困難への覚悟を示しているようだった。


「ところで、これから二人で旅をするんだから、遠慮せずにエレナって呼んでください」


 エレナは、少しだけ緊張した面持ちで恥ずかしそうに、しかし、カインとの距離を縮めようと、勇気を出してそう言った。

 出会って間もない彼との旅は、不安よりも、共に困難を乗り越えられるかもしれないという、かすかな希望を抱かせていた。


「わかった。それなら僕の事もカインと呼んでくれ」


 カインは、エレナの言葉に頷き、少しだけ表情を和らげた。

 エレナの言葉で、孤独だった彼の心に、わずかな温かいものが灯った気がした。


(まだお互いのことをよく知らない二人だからこそ、これからの旅を上手く進めるために、相手をもっと知っていかなきゃね)


 エレナはそんな思いに駆られていた。


「カインはあの森で、ずっとマリアさんと二人で暮らしていたの?」


 エレナは、カインの過去に興味を持ち、確認するように尋ねた。


「そうだよ。母さんは、他の人々と接する事を嫌っていたからね」


 エレナはカインの答えに、疑問を感じたが、あえてそこには触れず話題を変えるように、次の質問をする。


「マリアさんのお話では、カインのお父様は勇者のアレクさんなのですよね?」


「あぁ、父さんは勇者だったらしいね。母さんからは、昔父さん達と冒険をしたと聞かされていたけれど、まさか魔王を倒すほどの冒険だったなんて初耳だったよ。どうして僕には話してくれなかったのかな」


 カインは、驚きと戸惑いを隠せない様子で、その手で形見の剣の感触を確かめながら呟いた。

 勇者アレクの息子である自分が、なぜそんな重要なことを知らされなかったのか、理解できないようだった。


「マリアさんもきっと色々な辛い思いをして来たのよ」


 エレナは、カインの心情を察し、優しく声をかけた。


(やはりマリアさんたちの過去には、何か語れない事情があったのかもしれない……)


 そう考えたエレナは、少し暗い表情を浮かべた。


「そうかも知れないね。とりあえず自分の戦いのセンスが父親譲りだとは思っていたけど、まさか魔王を倒すほどだったなんて。これで僕が大抵の魔物を倒してしまえる理由も少しわかった気がするよ」


 カインは、複雑な表情を浮かべながらも、どこか納得したように言った。

 しかし、その瞳には、まだ拭いきれない疑問が残っていた。


「魔王を倒した勇者の息子だもんね」


 エレナはカインを見て微笑んだ。

 その笑顔には、カインへの尊敬と、共に旅を始めた仲間としての親愛が込められていた。


「だけど僕は森の外の世界を知らない。だから知らない魔物が現れても、勝てるかどうかわからないんだ。それでも僕は、母さんの遺言を守るためにも、最後まで諦めない」


 カインは、少し不安そうな表情を浮かべながらも、覚悟を決めたように言った。

 初めて足を踏み入れる外の世界への期待と不安が、彼の心を揺さぶっていた。


「そうね。旅は長いんだから、慎重に。怪我したり死んでしまったら、マリアさんの願いも叶えられないもんね」


 エレナは、カインの言葉に頷き、彼の不安を打ち消すように言った。

 しかし、彼女自身も、これから始まる旅への不安を感じていた。


「そうだね。あ、でも怪我はエレナが治してくれるから心配してないよ。母さんはいつも怪我した僕を回復魔法で治療してくれていたし……」


 カインは、少し照れくさそうに笑いながら、過去の思い出を語った。

 その表情には、今は亡き母への深い愛情と、エレナへの信頼が滲んでいた。


「ごめんなさい。辛い事思い出させちゃったわよね」


 エレナは、カインの表情から、彼の心の痛みを察し、謝罪した。

 彼女の言葉には、カインへの気遣いと、彼の過去への共感が込められていた。


「構わないさ。母さんは僕の心の中で生きてる。いつか指輪を破壊か封印して笑顔で報告してやるんだ。父さんと母さんの息子は立派にやり遂げましたよ、ってね」


 カインは、エレナの謝罪を否定し、力強く宣言した。

 その瞳には、亡き両親への強い想いと、必ず目的を達成するという決意が宿っていた。

 しかし、その瞳の奥には、孤独と悲しみも隠されていた。


「私も一緒に旅をする中で、一人でも多くの怪我や病気で苦しむ人を助けるつもりよ! だから、まずは回復魔法を試さなくちゃね!」


 エレナは、瞳をキラキラと輝かせ、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように、そう宣言した。

 その表情には、溢れんばかりの好奇心と、人助けへの熱意が滲み出ていた。


「それじゃまるで、早く僕に怪我して欲しいみたいな言い方じゃないか」


 カインは、呆れたようにため息をついた。

 しかし、その口調には、エレナへの信頼と、彼女の力を試したいという、隠しきれない期待が込められていた。


「そんなこと思ってませんよ! ただ、新しく手に入れた回復の力を、早く試してみたいだけです!」


 エレナは、頬を少し赤らめ、むっとした表情で反論した。

 しかし、その瞳は、早く回復魔法を試したいという、子供のような好奇心で輝いていた。


「エレナ、止まれ」


 その時、カインは突然足を止め、低い声で言った。

 その瞳は、何か危険なものを捉えたように、鋭く光っていた。


 先程まで草原を通っていた一本道は、気が付けば、再び陽を遮るような木々が生い茂る、鬱蒼とした森の脇へと差し掛かっていた。

 それまでの心地よい風はいつの間にか止まり、淀んだ空気が辺りに緊張感を漂わせる。


「どうしたんですか?」


 エレナは、カインの様子に戸惑い、小首を傾げた。

 そして、カインの視線の先を見て、息を呑んだ。


「あれは……」


 森の入り口に生えた木々の影から、三人の男が現れた。

 彼らは、錆びた武器を手に、獲物を狩る獣のような、ギラついた笑みを浮かべていた。

 その粗末な服装は、所々破れ、乾いた血のようなもので汚れていた。

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