明くる日の勇者
混沌とした世界に一人の勇者が降り立った。
勇者は洗脳され、今までの記憶を無くしてしまっ
た。彼は、何の自由も仲間も受け入れられず、孤独に魔王を討ち取った。
ーーー
ーとある病院の窓辺でやけに陽気な声が聞こえてきた。
勇者ー、パンにハムとりんご挟んで食べると美味しいぞ!ほら、やってみろよ。
ふふ、美味しいね。
だろう!
静かに笑う勇者を見ていると、その笑顔がまた見たくなってくる。
俺は、吟遊詩人だ。いろいろなところを旅してきた。今は、勇者に色々な話を聞かせてもらっている。この人の歌をつくるためだ。
ーーー
今日も、勇者が顔を出す窓辺に足を伸ばす。
ー治療のため面会謝絶。
貼り紙が貼られている。先月は週に1回だったのが、だんだんと増えていっている。昨日会った勇者はか細く、本当に魔王を倒したのかと疑うほど弱っていた。
ーーー
明くる日、勇者に歌をせがまれた。
巷ではやりの歌を聴かせてやった。
リズムに乗って小気味よく体を揺らすしぐさはなんだかきれいだった。
これはなんの歌なの?
恋愛の歌だ。いい歌だろう。
何気なく選んだが、勇者は赤面して俯いてしまった。可愛いと思った。
ーーー
明くる日、勇者は絵を描いていた。
これは、うさぎか?いぬ?
そこには、よくわからない動物が描かれていた。
どう見ても、猫でしょう?
本人は、なぜわからないのか甚だ疑問だというように首をかしげている。勇者がそう言うならそうなんだろう。
ーーー
明くる日、勇者にロケットペンダントをもらった。
なんでくれるんだ?
君がいるとさみしくない。だからお礼にね。
といってもこれだけなんだけれど、
あぁ!開けないで、君がさみしくなったときのお守りだから。
どうしても寂しくてしかたがないときに開けてほしいんだよ。
気になって仕方がなくなるだろう。まあ、まだ開けないでおくよ。
ーーー
明くる日、いつもの窓辺に足を伸ばした。
面会謝絶の紙はなく、きれいに整えられたベッドがあった。
ここにいた勇者はどこに行ったんだ?
黙り込んだ看護師に苛立ちを覚える。
少しためらうと看護師が言った。
ーお亡くなりになりました。
ーーー
明くる日、勇者の墓を訪ねた。
俺も勇者がいたから淋しくなかったんだろう。
ロケットペンダントを撫でる。大きく開いた穴を埋めてしまいたい。いつの間にか手が動いていた。
パカッ
思いの外軽く開いたその中には、下手な猫のイラストが入っていた。
愛する君へ
猫みたいに気まぐれな君と会うのが楽しかった。
好きだ。
蓋に小さくかかれた文字に、目頭が熱くなる。
俺も、好きだ。
ーーー
明くる日、今日も俺は勇者の歌を歌う。
素敵な君を忘れないように。
勇者は萌える。