思わぬ彼女のおもてなし
「はい、ということで調理に入っていきま~す♪」
オープニングトークをある程度のところで切り上げて、あたし達は台所へ移動。
調理担当さかなん、カメラマンあたしな配置で調理を開始する。
『なんか凄い包丁出てきたな?』
というコメントがついたけども、それもそのはず。
画面に映し出されたのは、フッ素加工を施されて黒くなってる上に槌目と呼ばれるデコボコした刀身の包丁だったのだ。
これなら包丁にさかなんの顔が反射してバレちゃうなんてことはない。
さらに手には黒い使い捨ての手袋を装着、と身バレ対策は色々講じており、あたしがカメラマンなのもその一環。
これなら、調理中色々映しつつさかなんの顔とかが映らないように動けるし。
で、準備が出来たところで早速さかなんが最初の食材を取り出した。
「まず最初は、このお魚です!」
そう言いながらさかなんが取り出したのは、めっちゃ長細いフォルムをした赤い魚。
何よりも特徴的なのはその細長い口で、口だけで全体の三分の一から半分近くあるくらい。
かなり珍しい魚なんだけど、偶然あたしは知っていた。
「ちょっと待ったぁ! このめっちゃ長くて奇妙な魚は、ヤガラじゃないの!?」
「あ、よくご存じですね、アカヤガラというお魚です。とても長い口が特徴で、これが昔使われた矢を入れる筒、矢柄に似ていることから付いた名前だそうでして」
「うん、一回だけいただいたことあるから知ってる。……社長に連れて行ってもらった高級料亭でね! 知名度低いけど、高級魚なんじゃないの!?」
「な、な~んのことですかね~わかりませんね~」
などと目を逸らしてとぼけるさかなん。しかしコメントがそれを許してくれない。
『サイズによって大分値段変わるけど、2kgとかするやつなんか数千円してるな、これ』
『見た目えっぐ! こんなんが高級魚なんか~』
『見た目が悪い魚の方が美味い、なんて言われたりするからなぁ』
ほうほう。数千円レベルとな。桁が一つ違うじゃんか!
なんてツッコミを入れる前に、華麗にスルーしてさかなんは説明を続けていた。くっ、やりおる……。
「ちなみに、一年を通して美味しくいただけるのですけど、産卵期が終わった後、秋から冬にかけてが美味しいとも言われているので、今食べるのにはぴったりなんですよ。
で、先程百合華さんが言ってた料亭とかでは椀物などによく使われるのですが、今日は煮付けにしてみたいなと」
「うわぁ、なんて贅沢な煮付けなんだろう……何か煮付けの概念が壊れそう」
さかなんの手によって作られる、高級魚の、煮付け。
もう意味わかんないなこれ。
『くそう、せめて匂いだけでもお裾分けいただけんもんか!』
『匂いを転送できるネットワーク技術を開発するしかない!』
『開発出来てもその頃には料理なくなってるけどな!』
どう考えても美味しいだろう煮付け、という存在を前に、コメント達も大分怪しい発言が増えてきた。
まあ、わかる。多分あたしも視聴者だったらこんな発言してたかも知れない。
「これ、コラボ小料理屋やったら匂いだけでお金取れそうな勢いね」
「さ、さすがにそれは、詐欺とか言われるんじゃないかな~って気がしますね~」
たははと笑いながらも、慣れた手付きでヤガラの頭を切り落とし、尾びれを落としてから腹を切り開きワタを取り出すさかなん。
ちなみに、鱗はほとんどないも同然なので取らないんだそうな。
「めっちゃ手慣れてるし。まさか練習したりしてないよね?」
「流石にそこまでは出来ませんよ~ヤガラ自体があんまり揚がりませんし、揚がってもそれこそ料亭に取られちゃいますから、練習用に買うなんてとてもとても。
普通の魚を捌くやり方の応用、というところでしょうか。あ、捌いてるとこの動画は何度も見ましたけど」
「そんな動画まであるの、今のインターネッツ。探せば大体のことはありそうだなぁ……」
賛否はあるだろうけど、初めての人でもイメージが出来るって意味では、動画に残す意義ってのはあると思うんだよね。
特に、さかなんみたいに基礎が出来てる人は。
とか何とか考えてる間に、ヤガラを輪切りに切り終えて、煮汁も湧かして、そこにヤガラを入れてと、あっという間に煮付けが一段落。
すんごい手付きいいな、さかなん。
感心してたら、すぐに次の魚を取りだしてるし。
「はい、次の食材はこちら! 若狭グジ~!」
「おお~って、何かまた珍しいの来たね!?」
意気揚々とさかなんが取り出したのは、ピンク色の魚。
ちょっととぼけた感じの顔は愛嬌があって、人によっては可愛いと思うかも知れない。
「ていうかこれ、アマダイじゃないの?」
「正確にはアカアマダイですね。中でも福井県で獲れるものを若狭グジと言うんだそうです。
アカアマダイ自体は年間を通じて漁獲があり、大体いつも美味しいんですけど、若狭グジは8月から10月にかけてが特に美味しいとされています」
「へ~……あれか、ズワイガニが獲れた産地で名前が違うみたいなもんだね」
「そうですそうです。新潟の越前ガニ、鳥取島根の松葉ガニが有名ですね。京都の方で間人ガニなんていうのもあるんですよ」
『流石さかなん、博識』
『日本海側の魚介類に関しては他の追随を許さないな』
「えへへ、何しろ、さかなですからねっ」
『かわいい』
『はいかわいい』
「はいかわいい」
「へ? な、何言ってるんですか百合華さん!?」
思わずコメントに同調してしまえば、覿面に赤くなるさかなん。マジ可愛い。
しかしあまり動揺させて怪我でもされたら大事なので、あまり言わないようにしよう。
「ごめんごめん。それで、これは福井県で獲れたから若狭グジなんだ。よくこっちで手に入ったね?」
「はい、実は市場とかでも探したんですけど、中々なくって。なので、通販でお取り寄せしまっし!」
「まって、その発言は何故か危険な気がするの」
何故だろう、可愛い社会人のお姉さんが通販しながら色んな女の人を落としていく姿が見えたんだけど。
いやいや、きっと気のせいに違いない。
『ちなみに、お値段は全然かわいくない件』
『うわ、まじだ。通販で一匹何千円とかすんだけど!?』
「え、まじで? これも高級魚じゃん!?」
「そうなんですよ~でも、今日は百合華さんへのおもてなしってことで、奮発しました!」
「天使かな?」
『天使だな』
『天使である。異論は認めない』
『こんな天使が百合華をおもてなしすることには異論ありまくりなんだが』
「え、まってまって、私別に天使とかじゃないですから!」
「はいかわいい」
『かわいい』
『ああ、かわいいな』
「も、もう皆して何言ってるの~!」
あたしとコメントで褒め殺しにしてたら、さかなんが真っ赤っかになってきた。
流石にこのままだと話が進まないから、仕切り直そう。
ここまでアカヤガラ、若狭グジなんてマニアックな魚ばかりで来てるってことは……。
「ところでさかなん、今日のコンセプトってもしかして、あたしにそうと気付かれないように知名度低い高級魚でおもてなし、とかそんな感じだったりする?」
「え? あ、あはは~、そんな、たまたまですよ、たまたま~」
とか言いながら、明らかに誤魔化そうとしてる顔と声だこれ。
まったく、そんなに気を使わなくていいのにさぁ。
そういうとこだぞ、まったく。
「それならそれでいいけどさ。で、この若狭グジをどう料理するの? 見たところ一夜干しにしてあるみたいだから、焼くのかな?」
「あ、は、はい、その通りです。ただ、普通に焼くのも芸がないので……若狭焼きにしようかなって」
「若狭焼き? 初めて聞くけど……なんか焼き方が違ったりするの?」
「そうなんです、アマダイって身が柔らかくて崩れやすいので、それを防ぐためにうろこを付けたまま焼く焼き方があるんですよ。それだけでも若狭焼きっていうこともありますし、皮と鱗にお酒を塗りつけながら焼くのを言ったり、お酒ベースで作った調味料を塗って焼くのを言ったり。今日はその中で、お酒を塗りつけながら焼く方でいってみようかと!」
そう言いながらさかなんは、食べやすい大きさに切り分けた後、魚焼きグリルにアマダイ、若狭グジをセット。
……何千円もするお魚なのに、躊躇う素振りがまるでない。流石売れっ子、稼いでるだけのことはある、のかな?
「あ、いけない、ヤガラの方は火を落としてしばらくじっくりコトコトと……」
とか感心してる間に、さかなんは同時並行でヤガラの煮付けの方もちゃんと様子を見ている。
まじで料理に慣れてるんだなぁ。何か手伝えたらとか思ったんだけど、これじゃ手を出しても邪魔なだけだな、うん。
「何の手伝いも出来ない……あたしは、無力だっ!」
「え、やだ、そんなことないですよ? こうして配信用に撮影してもらってるだけで十分……」
『そうだ、その通りだ』
『やっと気付いたか……お前は無意味な存在だ』
『その無力さを噛みしめるがいい』
「ちょっとみんな!?」
あたしが悲嘆に暮れながら言えば、追い打ちを掛けてくるコメント達。
お前等ほんっとーにあたしには容赦ないな、おい。
慌てて注意しようとしてくれるさかなん、まじ天使。
「ちくしょう見てろよ、この後臨場感溢れる天才的な食レポでお前等を飢餓地獄に落としてやるからな!」
そして悪魔なあたしは、ついついそんな攻撃的な宣言をしてしまうのだった。
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