真夜中の彼女は別の顔。
居酒屋から出た彼らの後を、あたしはただの通行人の振りをして尾行していく。
随分酔っ払ってるせいか、こっちに気付く様子はまるでない。
そりゃそうか、彼らは自分らが尾行されるような心当たりはないだろうし。彼らには。
他人に何かしようってタイプは、往々にして自分が何かされるかもだなんて考えないものだ。
本物の悪党って奴は別だけど、さ。彼らはそういうタイプじゃない。
そもそも悪い事、ヤバイことしてるっていう自覚もないだろうしね。
「お~い、こっちこっち!」
なんて一人が大声を出せば、連れ立った彼らはゾロゾロとついていく。
「お、おい、大丈夫なん? こっち、あんま良くないとこだろ?」
「大丈夫大丈夫、へーきへーき!」
向かっているのはあまり治安のよろしくない地域なんだから、道案内してる奴以外が不安な顔になるのも仕方がない。だったらここで引き返せばいいのにねぇ。
それにしても、こんなやかましい連中がやってくるだなんて、売人連中も迷惑だわね。
いや、彼らみたいな普通の一般人相手にしてる売人なら、いつものことなのかな。
ま、いずれにせよ、その手の連中の中でもかなりの下っ端な可能性が高い。今時だと、本物さん達は相当神経尖らせてるみたいだから。
流石にあたしも、そういう本物相手に正面切っての喧嘩を売るつもりはないしね……他の手は探るけど。
とか考えている内に、彼らは路地裏にある行き止まりに辿り着いた。
……全然迷わず着いたってことは、道案内してた奴は割と常習犯なんかな?
相手に使うだけじゃなくて自分でも使ってんじゃないだろうね、こいつ。
気付かれないように遠くからそっと窺ってるだけだから細かいやりとりは聞こえないけど、随分とスムーズに購入してるみたいだし、お得意様っぽいのは確か。
こんな一般ピーポーがお得意様になれる売人かぁ……周囲の気配からして見張りとかも居ないみたいだし、いつでも尻尾切り出来る下っ端の可能性は高い。
とはいえあたしの最優先事項はさかなんを守ることであって、正義の執行じゃないからね。
取引現場を押さえる、なんてことはせずに、オクスリの購入を終えて何やら盛り上がっている彼らの後をまた尾行。
売人の居たとこから離れて表通りへと向かう途中、ここなら監視カメラもないし、いっかな。
あたしは、用意してた茶髪のウィッグを付けてから彼らの前に姿を見せた。
「お兄さん達、ちょ~っといいかな?」
あたしが声を掛ければ、上機嫌にワイワイ騒いでいた彼らがポカンとした顔で振り返る。
そりゃま、いきなり見ず知らずの人間から声を掛けられたんだ、驚きもするだろう。
……だけど、すぐに彼らの顔は緩んだ。それも、割と下品な感じに。
「え、なになにおねーさん、俺らになんか用?」
「つかおねーさんめっちゃかっこいいじゃん、モデルかなんかしてない?」
「あ、俺どっかで見たことあるかも~雑誌に載ったりしてたんじゃね?」
グイグイ来るな、お前ら。もしかしてこれ、ナンパしてるつもりか?
つかこっちの姿が雑誌に載ってたら困るわ、仕事柄。
まあでも、油断してくれてるなら丁度いっか。
「ん~、ちょっとね~、あんた達の持ってるものについて興味があってね~?」
と、あたしが言ってみれば。
彼らの表情が、変わる。
「おっと、おねーさんも興味あんの? ぶっとぶくらい気持ちいいらしいよこれ」
「こないだもさぁ……あ、やべ、思い出すだけで」
「ま、まじかよ、そんなすげーの?」
……より一層下品な方向に。
いやぁ、まさかこう反応されるとは……実はちょっと思ってた。
普通はあんなオクスリ買った直後なんで後ろめたさがあったりするもんだけど、そういうのがまったくない人間もいる。なんせ悪い事してるとか考えてないんだから。
遵法意識だとか、そんなオクスリ使われた方にどんな後遺症あるかとかも頭にないんだろうなぁ。
なら、いっか。
「そう、ならまずあたしがぶっ飛ばしてあげる」
なんて軽く言えば、更に男達の顔が緩んだ。下品な方向に勘違いしたんだろうねぇ。
だから。
その緩みきった顔にくっついてる顎を掌底で撃ち抜けば、効果は覿面。
一番近くに居た男の顔が時計回りに跳ね上がり、直後、ストンと腰が落ちた。
うん、さぞかし脳が良く揺れたことだろう。
「は? がっ!?」
何が起こったか理解出来てないうちに、もう一人の顎も同じように撃ち抜く。
さすがに二人も倒されたら彼らも状況がわかったのか、顔色が変わった。
「な、何しやがんだ、てめぇ!」
とあたしに向かって声を張り上げるも、その身体は動かない。
まだ理解しきってないな、こりゃ。と、そこに乗じてあたしは答えることなくもう一人も殴り倒す。
しこたま酒飲んでたんだ、そりゃ頭の回りも悪いか。
……そんな奴らの頭揺らして大丈夫かな? ま、死ななきゃいいでしょ。
と、かなり駄目なことを考えながら、あたしはその場にいた全員を叩きのめしたのだった。
で、連中がおねんねしたところで、あたしはスマホを取り出した。
「あ~、もしもし、カジさん? あたしあたし」
「……なんだ、またお前か。ったく、こんな時間に何の用だ」
電話口の向こうから、あまり機嫌のよろしくなさそうなおじさんの声が聞こえてくる。
何せ週末の深夜だもんねぇ。もっとも、彼は仕事柄この時間でも起きてることが多いんだけど。
「ごめんごめんって。お手柄話だから許して頂戴な」
「そういうのに首を突っ込むなって言ってるだろが……場所はどこだ」
「んとねぇ」
不機嫌ながらも真剣味を帯びた調子で問われ、あたしは今の場所を伝えたのだった。