彼女は見当を付ける
「下半身直結最低野郎にさかなが汚されなかったことだけは良かったとして。
この流れだと、もしかして……酔っ払って前後不覚に陥ったクソヤロウが何も考えずに浴びにいったシャワーの音が入ったってことなのかしら」
あたしがほっとしたのもつかの間、据わった目をした社長が低い声で言う。
そうだ、その辺りの話を聞くために来てもらってたんだった。
ちなみにどうでもいいことだが、下半身直結とは脳みそと下半身が直結しているような、性欲でしか物事を考えないような人間に対して使う侮蔑的な言葉である。この場合、この野郎に対して使うのは妥当だろう。
そしてどうやら、社長の指摘は当たりだったらしい。
「別室に寝かせて、わたしは配信してる部屋で寝て、起きた後に様子を見てしばらく起きそうになかったから日課の配信を始めたんですけど……まさかお泊まりになるとは思ってなかったから休止の予告もしてませんでしたし。あ、もちろん短めにするつもりでした。
だけど、いつの間にか起き出してきて、勝手にシャワーを使ったみたいで」
流れから予想はしていたけど、そうであっては欲しくなかった回答に、あたしと社長は頭を抱えた。
ほんっとに何も考えてなかったなこいつ! おまけに勝手にシャワー使うとかモラハラ気質ある予感!
「ちなみに……早朝配信の話とか、さかなんがVのものだっていう話はしてた?」
「Vをやってるっていうのは伏せてましたけど、朝にすることあるからゆっくり寝ててっていう話はしました……」
「……ほぼ間違いなく、そんな話は右から左に抜けてるなぁ、これは……」
覚えてなかったにしても、尊重すべきと考えなかったにしても、どちらにしてもこの野郎はさかなんが大事にしてるものなんて覚えてなかった。気をつけなかった。
その結果やらかした不用意な行動で、さかなんを窮地に立たせてしまったわけだ。
「で、まさかそんな迂闊な行動をするとは思ってもいなかったさかなんは、いつものようにヘッドフォンを付けて配信してたから動きに気付くのが遅れた、ってところ?」
「はい、そうなんです……って、なんでヘッドフォンしてるのわかったんですか!?」
「いやまあ、さかなんの配信はたまに見てるし、音を聞くにそうかなって
そもそも、身バレ回避考えたら、スピーカーで聞いてるとか自殺行為だし」
「あ、それは確かに……」
あたしが説明すれば、さかなんも納得顔。
実際、ほとんどの配信者はヘッドフォンやイヤフォンでやってるんじゃないだろうか。
スピーカーの音をマイクが拾っても困るし。
……そのせいで今回のトラブルに繋がったんだから、悩ましくはあるんだけど。
「音漏れはまずいと思って防音しっかりしてるマンション紹介したつもりだったんだけど……室内の防音は考えてなかったわ、ごめん……」
「い、いえ、そんなことは! いつも快適に配信させてもらってますし!」
「そもそも部屋の中に入れるような身内がやらかすなんて思わないわよ、普通。だから社長も気にしない気にしない」
へこんだ社長を、さかなんと二人で慰める。
実際、社長がツテを使って紹介してくれるマンションは防音がしっかりしているとこばかり。
都心からちょっと離れてるところが多いけど、その分家賃も抑えめな上に半額は会社持ちだから、地方から出てきた子にも優しいシステムである。
『ほんとは家賃全部持ちたいんだけどね~……』とは社長の弁だが、そこはまあ仕方ない。
家賃全部持てるよう、あたしらが頑張ればいいだけだし。
そのためにも、このトラブルは何としても解決せねば。
「この場合、部屋凸されなかっただけましっちゃましだわね。彼氏くんの声が乗っちゃった日にはもう、どうしようもないし」
「そこだけはほんと不幸中の幸いだよ……いや、迷惑かけてる百合華には悪いんだけど」
とか、神妙な声で返してくる社長。
……はぁ……まったく、そういうとこ気にするかなぁ。
「あたしはいーのよ、その分の給料はいただいてるし。とにかく今は、さかなんの件をどうするか考えましょ?」
あたしは敢えて軽くそう言って、小さく手を振って見せる。
実際それはそうなのよ。あたしはこうやってトラブルを解決する役割に対しても報酬をいただいているんだから、この程度の迷惑は仕事の範囲内だ。
そんなことよりも、ハズレ男を掴んでしまった挙げ句、そいつにやらかされてしまったさかなんを何とかしないと。
「そうねぇ……さかな自身には、ほとぼりが冷めるまでお付き合いを自粛してもらうとして」
「……はい? あ、あの、そんなものでいいんですか? そ、その……解雇とかじゃなくて?」
びっくりしたように目を見開くさかなん。……やっぱりそこまで考えてたか~……真面目な子だもんなぁ。
それに対して、我等が社長はきっぱりと首を横に振って見せた。
「さかなが奔放な性的行為を行っていた結果なら、話は変わるけどね。
少なくとも今回の件はお付き合いしている男性の態度がまずいもの、さかなに責任を取らせるつもりはないわ。
強いて言うなら、そういう時はきっぱり断って欲しいところだけど……初彼なんだから、対応しきれなくても仕方ないんじゃないかしら」
「しゃ、社長……」
さっきまでのアワアワっぷりはどこへやら、責任者の顔で言い切る社長は、まさに社長って感じ。
その姿に、さかなんも感極まったような顔になっている。……こういうとこがあるから、社長の対応しきれないとこを何とかしてあげたいなって思っちゃうんだよねぇ。
「さかなんに責任がないっていうのは同意。ただ、自粛期間はもっと長くした方がいいと思う。
例えば入ってきてるコラボが全部終わるまで、とか」
あたしの提案に、社長は思案顔になる。この人も優しい人だからなぁ、そんなに長い間は可哀想とか思ってるんだろう。
さかなんは、それでもまだ甘いんじゃないかと思ってる顔だけど。
「それだと流石に長すぎない? 全部終わるまで待ってたら、半年はかかることになるけど」
「むしろそれくらいが丁度いいんじゃないかなぁ。今回の件、彼氏くんの考えがあたしの想像してる通りなら、これ以上ない罰則になるはずだから」
「は? どういうこと、それって」
社長は怪訝な顔をするけど、この人もお付き合いとか全然してこなかったタイプだからなぁ、ピンとこなくても仕方がない。
いや、あたしもないんだけど、この背格好なせいか女扱いしない男連中が結構いて、赤裸々な男トークを聞かせてくれたもんだから、耳年増にはなってんのよ。
で、そこから推察するには、だ。
「多分だけど、彼氏くんはさかなんとヤることしか考えてない。だから誕生日の二ヶ月前なんていう微妙なタイミングで告白してきたんだろうし」
「……は?」
あたしが自説を述べれば、聞いた事ないくらいドスの効いためっちゃ低い声が社長の口から漏れた。
そりゃそうだよね、可愛い娘の彼氏がそんな考えだったら頭にくるよね!
あたしだって、可愛い妹が粗雑に扱われたって思ってんだしさ!
「さかなんの誕生日を何かの拍子に聞いて、それならお酒飲ましてガード緩くしたらいけるんじゃね? とか考えたんだろうねぇ。
二ヶ月っていう期間がまた、『付き合って二ヶ月だし、そろそろ関係を進めないか?』なんてそれっぽく切り出せるタイミングといえばそうだし」
「……た、確かに、そんな感じのことを言われました……私はまだそんなつもりはなかったから、受け流してましたけど……」
「その反応を見て、埒が明かないと思ったから無茶な飲み方させたんでしょうね。結果、逆に自分が酔い潰れってんだからザマァ見ろだけど」
あくまでも、あたしの推論が当たってれば、だけど。でも多分、そんなに大きくは外れてないと思う。
「確かにそんな考えなら、ろくにデートしてこなかったのも、当日の態度も説明がつくわね……」
「そそ、さかなんの誕生日祝いはついででしかなくて、二十歳になってお酒飲ませても法的に問題ないタイミングでデートする方が大事だったんだろうから」
もっと言えば、そのタイミングで酔わせて連れ込むことが、だけど。流石にそこまで言っちゃうと、生々しすぎてさかなんに聞かせるのはどうかと思うし。ていうか、既にもう、大分ショックを受けてる顔してるしなぁ……。
「てことで、さかなんは彼氏くんと距離を取るようにして頂戴。シャワー音の方はこっちでなんとかするから」
「は、はい、わかりました……」
なんとも割り切れない顔で、それでもうなずくさかなん。
優しくて素直な彼女には、受け入れがたい部分が多いだろうからなぁ……。
でも、ここを放置しておくわけにはいかないしね、彼女が今後もVtuber活動を続けていくのなら。
ということで、おおよその方針が決まったところで対策会議は一旦解散となったのだった。
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