彼女は、嵐の中で輝く、のか?
こうして、この案件は無事に終息へと向かった。
……はずだった。
「やだやだ! ホテルに行ったら、ワンさんのご飯が食べられないじゃん!」
お聞きの通り、ホテルの手配が済んだというのに、えっちゃんがそっちに行こうとしない。
いやまあ、ワンさん程の腕を持つ中華の達人がそんじょそこらの町中華に居るとは思えないから、わかるっちゃわかるんだけども。
「そういうわけにもいかないでしょ、えっちゃんだってお仕事があるんだから」
「わかってるけど、わかってるけど~!」
と、珍しく駄々をこねるえっちゃん。
自由気ままな彼女だけど、決して我儘な子ではない。なかった。
だから、ここまで駄々をこねるのは、相当に珍しいんだよね。どしたんだろ。
ちなみにこないだ出前に来たワンさんにその話を振ったら、「ホテルまでお届けは出来るけど、しないヨ」と謎なことを言いながらえっちゃんとアイコンタクトを取りつつ頷き合っていた。
なんなの。一体二人の間に、どんな共感が生まれたの。
しかしワンさんがえっちゃんの肩を持ってるといえども、ここで引くわけにはいかない。
「3周年ライブの準備でレッスンに取材にと、都心での仕事ばっかなんだから、ここから通うのも大変でしょ。
……しっかりレッスン受けて最高にかっこいいえっちゃんのライブパフォーマンスが見たいな~」
「ぐぬぬ……そう言われたら、行かないわけにはいかないじゃないかぁ~……」
心底渋々、といった顔でえっちゃんがようやっと折れた。
よかった、これであちこちに無理言ってホテルを手配した社長の胃痛も収まるってもんだ。
なんせえっちゃんの3周年ライブは結構大きいホールを押さえて観客も入れる形式で、当然お金もかかっている。
こう見えて歌もダンスも得意だったりするから、それを3Dモデルで表現するために撮影機材もえぐいの入れるみたいだし。
なのにえっちゃんの準備が不十分で低いパフォーマンスを見せるなんてことになれば、ファンの皆さんにも企画を通してくれた社長にも関係各位にも申し訳が立たない。
てことで、絶対にしっかりとレッスンをして準備してもらわないといけないんだ。
「でも、今日のコラボはやってよ?」
「もちろん。あれはあれで、いいカモフラになるし」
じぃ、と上目遣いにえっちゃんが言ってくる。……こういう仕草が可愛いのって、ずるいよなぁ。
「……カモフラだけ?」
「や、もちろん一番は、えっちゃんとコラボするのが楽しみってことだからね?」
「なら、よしっ!」
ぱっとえっちゃんの顔が輝く。
……まぶしいなぁ。
守りたい、この笑顔。
そして、とりあえず今回も守れた。
そのことにあたしは、少しばかりの誇りを感じるのだった。
こうして、あたしんちの地下室でコラボが始まったわけだが。
「てことで、実は百合華のおうちでお世話になってるんだよね~」
と、冒頭の挨拶でえっちゃんに言わせるのが目的の一つ。
ポイントは、『なってた』ではなく『なっている』という言い回し。
これで明日からホテルに移動すれば、万が一通路などでえっちゃんの声を聞かれたとしても誤魔化しが効くはず。
そもそも、こないだのサヤさんの一件で、えっちゃん含めみんなボイチェン使ってると誤解させてるわけだしね。
「いやでも、ほんっとここって住み心地いいんだよ。周りも美味しいお店ばっかりだしさ~ちょっと太っちゃいそうだよボク」
これも若干嘘。毎日大体ワンさんの中華を食べてるんだよね。
まあ、他のお店も美味しかったから、完全な嘘でもないんだけど。
「もうボク、ここに住んじゃおうかなぁ」
「それは流石に勘弁して。収拾つかないくらいあたしが燃やされるから。
遊びにくる分には全然いいんだけどさ」
「言ったね!? じゃあ、引っ越した後もまた遊びにくるから!」
と、とても嬉しそうに言うえっちゃん。
そっかぁ、そんなにワンさんのご飯が気に入ったかぁ。わかるけど。
そんな感じで、えっちゃんとあたしのコラボは順調に進行してたんだけども。
「……あれ? ごめんえっちゃん、来客だわ。行ってくるから、ちょっとお願い」
「は~い、いってらっしゃ~い」
玄関のインターホンが鳴らされたのを知らせるランプが点滅する。
配信に乗らないよう、配信室ではランプだけ。
部屋から出て扉を閉めて、ちょいと離れたところにあるモニター付き端末で応答しようとしたんだけども。
「え? なんで?」
思わずそんな不躾な声が出てしまう。
『なんでだなんて、酷いわ百合華ちゃん』
『そうですよ、折角こうして遊びに来たのに』
そこに居たのは、サヤさんとさかなんだった。
……ほんとに、なんで!?
二人ともそんないきなり押しかけてくる性格じゃないよね??
わけわかんないけど、二人を外に立たせっぱなしもまずい。色々な意味で。
ということで、頭の中を疑問符だらけにしながら、あたしは二人を迎えるために階段を昇っていったのだった。
……ある意味、この判断もよくなかったんだろう。
サヤさんにのらりくらりとかわされてどういう経緯かはよくわかんなかったんだけど、社長からあたしんちの住所を聞き出してさかなんと二人で遊びに来たらしい。
……なんで?
とりあえず居間で待っていてもらいつつ、えっちゃんに状況を報告しにいったんだけど。
「そっか、来ちゃったか……丁度いいや、サヤさんとさかなんも一緒にオフコラボしよ!」
とかとんでもないことを言い出した。
なんで??
「てか、トラッキング用の器材ないでしょ。立ち絵データとか」
って至極真っ当な反論をしたつもりだったんだけど。
「持ってきてるわよ?」
「持ってきてますよ?」
サヤさんとさかなんは、二人そろって機材とデータの入ったフラッシュメモリを出してきた。
なんで!?
「今度の3周年ライブへ向けた激励に、サヤさんとさかなんが来てくれたよ~!」
と、まるで想定内といわんばかりにえっちゃんがリスナーさん達に向けて二人を紹介する。
それもなんで!??
そして不自然なくらい自然に四人でのコラボが始まり、トークも淀みなく続いていく。
……な、なんか微妙に空気がチリチリしてない??
「よ~っし、今度のライブが成功したら、百合華からご褒美もらっちゃおう!」
と、清々しい笑顔でえっちゃんが宣言する。
だからなんで!!??
何故だろう。
真ん中にいるのに蚊帳の外にいるようなこの変な感覚。
あたしの困惑をよそに、これだけの面子による突発コラボは、リアタイ視聴者数を桁違いなくらいに叩きだしたのだった。
……い、良い宣伝になったから、いい、のかな……?
そんなあたしの疑念に、答えは返ってこなかった。
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