彼女の動機。
とまあ、こんな一幕があって、翌日。
「百合華!? うちのマンション放火されてたの!? しかも犯人捕まったの!?」
客間でネットニュースを見てたらしいえっちゃんが、居間へとバタバタやってくる。
闇バイトを雇っての放火犯が捕まった、というのは割かしセンセーショナルだったらしくそのニュースがバズり、えっちゃんの目にも留まってしまったようだ。
あの状況で放火のニュースなんてのをえっちゃんに教えたら精神的な動揺が酷いだろうからと、社長もあたしも言ってなかったんだけど、捕まったニュースならまあいいんじゃなかろうか。
「そうみたいね~。犯人が捕まったんなら一安心じゃない。……まあ、あのマンションに戻るのはお勧め出来ないけど」
「それは、わかってるよ~。流石にリスク高いのはボクもわかるし」
あたしへと頷いて返したえっちゃんが、それからしばし沈黙。
じぃ、と探るような目であたしを見ながら、口を開いた。
「……もしかして、百合華が捕まえたの?」
「んなわきゃないでしょ。いくらあたしでも逮捕権とかないわよ」
嘘は言ってない。逮捕したのはあたしじゃなくてカジさんだから。
だけど、えっちゃんはそう簡単に納得してくれないようだ。
「なんか嘘くさい。ってかさっきの、放火犯の話題からマンションの話にずらそうとしたな!?」
「いや別に、ずらしたつもりはないわよ? そっちの方が大事な話題ってだけで」
鋭いな。とか感心したのをおくびにも出さず、あたしは真面目な顔で応じる。
実際、あのマンションに戻るのはお勧めできないわけだし。
あの男が特定したマンションの情報は、闇バイト斡旋サイトに渡されてしまっている。
そうなるともう、数多の犯罪者に筒抜け状態と考えた方がいい。
それもあって、えっちゃんには『他の場所にいる』と配信で言ってもらったわけではあるんだけど。
裏をかいて戻ってくるかも、と逆張りする奴がいてもおかしくないんだから、近づかないに越したことはない。
てことで、えっちゃんは未だ我が家に居候中。
「そりゃ、百合華としてはさっさとボクに出ていって欲しいんだろうけどさ」
「それはないけど。えっちゃんの方が窮屈じゃない?」
「この家でそんなことは、冗談でも言えないなぁ……広いし、百合華はなんていうか、ボクにちょうどいい距離感でいてくれるし。
あ、後ワンさんの料理めっちゃ美味しいし!」
流石ワンさん、食いしん坊えっちゃんの胃袋もがっちり掴んでしまったらしい。
しばし、どの料理が一番か、なんて話題で盛り上がったのだけども。
「……ね、百合華は、どうしてここまでしてくれるの?」
「うん? お客さんをおもてなしするくらい、当たり前じゃない?」
「そっちじゃなくて! ……わかってて言ってるよね? 『お仕事』の方」
と、ジト目を向けてくるえっちゃん。流石に、これじゃ誤魔化されてくれないか~。
「いくら『お仕事』だからって、徹底しすぎっていうか……多分、ボク達の知らないところで、危ないこととかもしてるでしょ?」
「いやいや、いくらなんでも危ない橋は渡んないから安心してよ」
笑いながら言っても、えっちゃんは納得してくれない。
ほんと、ヤバいと感じることはしてないんだけどね。あたし基準で、ではあるけど。
「危ないことはしてないとしても、普通ならしないことまでするじゃん。今回のヘリとか」
「たまたまよ、ほんと。偶然が重なったから出来たことで」
「やっぱりじゃん! そんな、偶然が重ならないと出来ないようなことを、やろうとしてくれたし、やってくれたじゃん。
なんでそこまで、してくれるのさ」
あちゃ、しまった。そんな凄い人間じゃないよアピールのつもりだったけど、えっちゃんの疑問に対しては避けるべき回答だったなぁ……。
さて、どう答えたものか。
真直ぐに真剣な目を向けてくるえっちゃんに、半端な言い訳は通用しなさそうだし。
……なら、仕方ないか。
「自分のためよ」
「へ??」
あたしの返答に、えっちゃんは目をぱちくりとさせる。
まあそりゃ、意味わかんないよね。でも、嘘じゃないからなぁ。
「うちの子達って、みんないい子じゃない? 活動に真面目で一生懸命で。
そんな子達が、ちょっとしたことで居場所を失うだなんて、まっぴらごめん。
でもあたしがちょっと頑張れば守れるんだもの、やっちゃうでしょ」
ちょっと目を伏せれば脳裏に浮かんでくる、彼女達の顔。
さかなんやサヤさん、それ以外にも今まで『お仕事』してきた子達。
その中には言うまでもなく、えっちゃんもいる。
「『お仕事』終えた後に見る顔って、最高なのよ。みんな、居場所を失わずに済んだって、心の底から安堵してくれてるの。
そんなの見たら、思っちゃうわけ。こんなに誰かを愛しく思える仕事は、そうそうないって」
そして。
偽りだらけのこんなあたしでも、ここに居ていいんだって思えるから、さ。
だからあたしは頑張っちゃうわけだ。ちょっとやりすぎに見えるかも知れない程度に。
全部、自分のためだ。きっと。
我ながらこっぱずかしいこと言ってるな、とは思うけども……その甲斐はあったらしい。
さっきまでのジト目はどこへやら、えっちゃんは呆気に取られた顔になっている。
「……ボクも? ボクのことも、愛しいって……?」
「もっちろん。じゃなきゃ三回も四回も助けないって。
……あ、愛しいっていっても親愛とか友愛で、恋愛のそれじゃないからね?」
「う、うんっ! わ、わかってる、わかってるって!」
みるみるえっちゃんの顔が赤くなっていくのを見て、あたしは言葉選びをまた間違ったことに気付き、すぐに訂正を入れた。
いかん、当てられたのか、あたしまで恥ずかしくなってきたぞ?
「あ~、ちょっと喉乾いたから飲み物取ってくるわ~」
そう言ってあたしは、キッチンへと向かう。
だから。
「……もう。……そっちの意味がいい、とか思っちゃったじゃん……」
と、えっちゃんが小さな小さな声で呟いたのを、聞き取ることが出来なかった。
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