彼女は注文する。
ヘリは何にも邪魔されることなく、無事都内某病院へと到着。
お兄さん曰く、色々と話を通せる病院、らしい。
……あまり深くは聞かない方がいいやつだな、多分。
その後は尾行の心配もないだろうからと、社長が運転する車に乗って東京郊外にあるあたしんちに移動した。
閑静な住宅街にある、やや年季の入った一軒家。
多分ここが一番安心だからね。
「仮住まいのホテルが手配できるまで、数日はここで待機してて頂戴」
そう言い残して社長は、車を運転して去って行った。多分ホテルの手配だとかに奔走するんだろう。
いやぁ、夜中なのにお疲れ様です。
思わず走り去る車の後姿を拝んだ後、あたしはえっちゃんと家の中へ入っていった。
興味深そうにきょろきょろと家の中を見回した後、不思議そうにえっちゃんが言う。
「一軒家なんだ? 意外。てっきりマンションだと思ってたんだけど」
「ちょっとね、マンションだと色々入り切らないのよ」
例えばボイチェンのためのパソコンだとか。『お仕事』に使ってる、人には見せられないサーバだとか。
それと理由はもう一つ。
「後はねぇ、配信部屋を地下に作りたかったのよね」
正直、こっちの理由がかなり大きい。
あたしの立場的に、あたし自身が身バレするのは絶対に避けたい。
だから、ほっとんど外の音が入る可能性のない環境にしたかったんだけども。
「地下室なの!? うわっ、それめっちゃかっこいい! 見せて見せて、後で見せて!」
……えっちゃんには、別の方向で刺さったらしい。
それでもまだ、『今すぐ』じゃなく『後で』って辺りは多少気を使ったのだろう。
……とか、そこそこの付き合いがあるあたしだからわかるんだけど、ねぇ。
もうちょい言葉選びには気を付けて欲しいものである。
「でも、よくこんな家買えたね? 百合華って一人暮らし……あっ」
こういうのとか、ね。
彼女が察した事情が本当だったら、ちょいと修羅場になっていた可能性もあるところ。
ただ、幸いなことに今回は違うのだけど。
「多分想像してるのとは違うわよ。両親とも健在」
「そ、そっか、よかった……」
両親が死んで遺産として相続したと思ってたんだろうえっちゃんは、露骨にほっとした顔になる。
まあ……この後またがっかりさせちゃうんだけど。
「亡くなった従兄の住んでた家を譲り受けたっていうか、管理してるっていうか」
「そ、そうなの!? あっ、ご、ごめん……」
シュンとするえっちゃんに、あたしは苦笑を返すしかない。
あたしとしても、従兄が若くして亡くなったことを、とても残念に思っているのだから。
さっきお兄さんとの話題にも出たけど、色んな事に造詣が深く、真面目でやや堅物だけど堅苦しくもなく、何より世話焼きで優しい兄貴分。
そんな性分だから、会社で色々抱えこんで疲労困憊なとこで、事故に遭ったっていうね……。
こんな最期を聞くと、ラノベや漫画みたいに異世界転生でもしていてくれたらなぁ、と思ったりもしてしまうあたり、あたしもそれなりにオタクなんだろう。
「大丈夫、もう数年経ってるから、感情の折り合いはついてるし。
それに、こうして誰かの助けになってるなら喜んでるわよ。そういう人だったから」
他人の成功だとかを、自分のことみたいに喜ぶ人だったなぁ、そういえば。
今度ついでがあったら墓参りでも行って、助かりましたって報告しようかしら。
そんなことを考えていたあたしをまじまじと見ていたえっちゃんが、ぽつりと言う。
「なるほど……百合華の従兄さんらしいや」
納得したように。
……どこがどうなるほどなのかわかんないんだけども。
「あたしは『お仕事』でやってるだけよ」
「まったまた~照れ屋さんなんだから~」
いや、ほんとだって。
……ちょっと嘘だけど。まあ、嘘を吐くのもあたしの『お仕事』なんだから、これくらいはいいだろう。
「さ、客間に荷物を置いて一息ついたら、ご飯にしましょ。お腹空いてるでしょ?」
「うん! ご飯、食べたい! ……あっ……」
喜色満面で返してきたえっちゃんのお腹から、きゅるると可愛い音がした。
そりゃまあ、あのやらかしから数時間、まともに食べられなかっただろうしねぇ。
「あはは、なら急いで出前取りましょっか。今時自分で出前してくれる、秘密厳守で激ウマな中華屋さんがあるのよ」
「中華! チャーハン食べたい、チャーハン大盛!」
「いいとこ狙うわねぇ、チャーハンも絶品よ~。あたしは麻婆豆腐が好きなんだけど……麻婆チャーハンにしちゃおっかな」
「そ、それも美味しそう! ど、どうしようかな!?」
キラキラと目を輝かせ、口から涎を垂らさんばかりなえっちゃん。
……よかった、ちょっとは元気が出てきたみたいだ。
「なら、チャーハン大盛に麻婆豆腐大盛、ううん、普通のと辛いのと二皿頼んで、それに唐揚げもつけちゃおっか」
「それだ! それ、めっちゃいい!」
「おっけ、決まりってことで。さっさと荷物を置いて着替えてらっしゃいな」
「は~い!」
とっても良いお返事をしながら、えっちゃんが客間へ入っていった。
さてっと、今のうちに。
「もしもし、ワンさん? あたしあたし」
「あいやー百合華ちゃん? また大変なことになてるみたいネ?」
スマホで電話をかければ、ワンさんがすぐに出る。……このお店、ツーコール鳴ったことがほっとんどないんだよねぇ……。
ともあれ、最早慣れっこなあたしは会話を続ける。
「とりあえず、チャーハン大盛と普通一つずつ。麻婆豆腐も辛いのと普通の一つずつ。唐揚げ一つ。
後は、『サービス』をお願いしたいんだけど」
「ふむふむ? ……いいよいいよー、ワンさんが直接お届けするヨー」
口調の変化からして、誰か来客があるだとか色々察してくれたらしい。これで当分は安心かな。
ワンさんは、中華料理屋の店長で凄腕料理人かつスアラ・デウィ箱推しな謎の中国人男性。
どれくらい謎かっていうと、出前に来た時、あたしの声を聞いた瞬間『太刀奈百合華』だと看破したくらい。
ボイチェン乗せてないからかなり違う声なはずなのに、何故かワンさんには見破られてしまった。
もっとも、かなり温度の高い箱推しである彼は、あたしのことを一言も周囲に漏らしていないんで、あたしも安心して出前を頼んでるわけだけど。
そして。
何故か、『サービス』をお願いすると、あたしんちの周辺で不審者情報がパタリとなくなるんだよね。
なんでだろうね、百合華わかんなーい。(棒読み)
わかるのは、これでえっちゃんの身辺は安全になる、ってことくらい。
……これで終わればいいだけど、さ。
「でも、もう大体片付いたと思たヨ?」
「それが、ねぇ……多分、まだ終わんないのよ」
ほんとに、どこまで情報把握してるんだろね、この人。来客がえっちゃんだってことも見抜いてるっぽいし。
でも、あたしの直感が言ってるんだ、まだ終わってないって。
ていうか、あんな無茶な救助作戦に打って出た理由がそれなんだし。
「……まだ何か、あるネ?」
「あるとしたら、明日か明後日、かな」
「そう、わかたヨ」
……あたしの背筋がひやりとするような、イイお声。
この周辺にいる不審者の皆さんはご愁傷様である。
「ほんとは、何もないのが一番なんだけど、ねぇ……」
あたしの声は、虚しく響いて宙に消えた。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
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……私の作品を読んでらっしゃる方にはわかるかも知れませんが、ちょっと遊び過ぎました、すみません!(ぉ)
明日も更新予定でございます、またお読みいただけたら幸いです!




