主役は空から降りてくる。
「お~、さっすがカジさん、上手いことやってくれてるわ~」
ヘリの中から地上へと視線をやりながら、楽し気にあたしは言う。
あたしの視力は普通の人間だから、もちろんこんな夕暮れ時の薄暗さをものともせず離れた地上の様子を見ることなんて出来はしないのだけども。
騒動の様子は、現地に行ってくれた事務所の男性スタッフさんから随時送られてきている。
言うまでもなくカジさんには話を通しているから、彼が間違って捕まるだなんてこともないはずだ。
これだけ騒動になっていたら、このヘリに気を向けていられる奴はいないだろう。
カジさんに小芝居をお願いして、こんな時間にヘリが来る理由も捏造してもらったし。
「いやはや妹に聞いてはいたけども。本当に凄いことをやらかすね、君は」
あたしの向かいに座っていた男性が楽しそうに言う。
三十路くらいの出来る大人オーラを纏った余裕のあるイケメン。
いや、実際出来る大人なんだわ。何しろ、彼が纏っているのは白衣。ドクターヘリに乗っている白衣の存在。
つまり彼は、ドクターヘリで現場へと急行するフライトドクターなのだから。
「一体どんなこと言われてるんですか、あたしは。大分盛られてる気がするんですが」
「正直、これに付き合わされるまでは僕もそう思ってたけどね。多分そのままの君を聞かされてるんだと思うよ。
僕も君達みたいな高校生活を送りたかったなぁ」
心底羨ましそうな言われ方をすると恐縮なんだけども。
こうして無茶なプランに乗っかってもらってるんだから、文句なんて欠片も言えやしない。
でも、そんな激しい高校生活を送っていた記憶はないんだけどなぁ……?
「勝手に記憶が美化されてるとかですって。
……あの子は元気にやってます? 今が一番大変な時期だと思うんですけど」
「この業界、大変じゃない時期なんてないけどね。
でもまあ、精神的には一番大変かもねぇ。まだまだ慣れてないひよっこだからさ」
「あ~……その後はその後で、本格的に命を背負いますもんねぇ……」
以前配信で触れたこともある、医者の知り合いである高校の同級生。
真面目になんでもそつなくこなす印象があったんだけど、そんな彼女でも研修医という立場では色々大変らしい。
そして、今あたしの目の前にいるこの方は、彼女のお兄さんなわけだ。
同級生である彼女に連絡、どうにか出来ないかとダメ元で相談したら、まさかの快諾だったおかげで、あたしはこうして今、望ましいタイミングでヘリに乗れている。
「君も、別の意味で命を背負ってるように見えるけどね? まあ、だからこんな無茶を聞いたんだけど。
これもある種、人命救助と言えなくもないし」
「それに関しましては、本当に感謝しかないんですけども……まさかこんなことを快諾していただけるとは」
「確かに、『なんて滅茶苦茶な』とは思ったけどさ。
……そうだねぇ……たまたま出動がないタイミングだったあたり、運みたいなものを持ってるなって思ったのが一つ。
なるほど上手いこと考えたものだって感心したのがもう一つ」
色々と理由を捻り出してくれるその姿に、あたしは土下座出来る状況なら土下座しているところだ。
こんな短時間でヘリをチャーターして突発的に飛ばすなんて、簡単なことではない。
ところがこの国には突発的に飛ぶことが出来るヘリがあり、こんな無茶が出来ないか打診出来るツテがあたしにはあってしまった。
まあ、後々色々各方面に対しての調整が必要にはなるんだろうけども……そこは社長も請け負ってくれたから、何とか出来ると信じたい。
と、こちら視点では一応無茶が通らないでもないプランではあったのだけども……こちらのお兄さんが乗るメリットなんて全くないんだよね。
なのに乗ってくれたのは……まさかの理由だった。
「後は、別の意味で運というか縁というものを感じたから、だね」
「はい? 縁、ですか?」
「うん。……言ってなかったんだけど、実は君の従兄殿と僕は高校の同級生だったんだ」
「そうなんですか!?」
まさかの発言に、あたしは思わず声を上げてしまったんだけど……そういやあの人も凄い進学校行ってたわ。
……まあ、全部過去形になっちゃうんだけど。
「彼が事故で亡くなってから、もう2年か。……いい奴だったよ。
我関せずなマイペース人間かと思えば義理堅く、底抜けにお人よしで。
そんな彼との縁もあるなら、こういう無茶も悪くないって思ってしまってね」
「まあ……人助けは好き好んでやる人でしたけど」
だからって、こんなところでも助けられるなんて、ね。
そんなやり取りをしているうちに、ヘリは着陸態勢に入った。
ドクターヘリなんてものを操縦するだけあってか、パイロットさんはかなりの凄腕らしい。
するすると滑らかに、しかし乗っている人への負荷は少なく。
そんな絶妙としか言いようのない塩梅で、見事な着地を決めてくれた。
「こんな巡りあわせも、彼が絡むなら納得してしまうね。それじゃ、囚われのお姫様を迎えにいっておいで」
「いやもうほんとに申し訳ないです、ご足労いただきまして」
ドアを開けて、お兄さんが慣れた動きでヘリポートへと降りる。
それに続いて、あたしも。
「……ヘリの乗り降りに、慣れてる?」
あたしの動きを見ていたお兄さんが、そんな問いを発する。
さて、どう答えたものか。
「あはは、これくらい大したことじゃないですよ」
「そんなことないと思うけどねぇ。まあ、確かに運動神経もかなり良さそうだけども」
誤魔化せた、というか誤魔化されてくれた。
こんな『お仕事』してるんだから、色々あるんだろうと察してくれたのかも知れない。
「……妹が心配するはずだよ」
そんな呟きを、ヘリのローター音で聞こえなかった振りをしながら、あたしはマンション内部へと続くエレベーターに乗り込んだのだった。
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