彼女の裏事情。
なんでVtuberなんて人気商売をやっていながら、わざわざ炎上なんてしているのか。
別に炎上商法を狙っているわけじゃなく、これには深いわけがあるのだ。
話は数日前に遡る。
「百合華~助けてヘルプミー!」
昼過ぎ頃、あたしがまだ惰眠を貪っていたところに電話が入ってきて、泣きそうになってる女性の声が響いた。
ディスプレイに出たのは『社長』の文字。流石にこれは無視出来ないなと出てみれば、いきなりの泣き言なんだから面食らっても仕方ないと思う。
「ちょっ、どしたの社長、いきなり。つか、あたしまだ眠いんですけど?」
などと言いながらあたしは、わざとらしく欠伸をしてみせたり。
いや、実際眠いのは眠いんだ、明け方近くまでゲーム配信してたわけだし。
大学の先輩だった社長も、あたしの生活サイクルはわかってるはずなんだけど……それでもあたしをたたき起こさないといけない厄介事があったらしい。
なら、面倒だけど仕方ない、か。
とか思ってたのが、社長の次の台詞で吹っ飛んだ。
「うう、さかなが、さかながやらかしたぁ……」
「へ、さかなん? あのさかなんがどしたっての、あの子やらかすようなタイプじゃないでしょ??」
思わず大きな声を出しちゃったけど、それもしょうがないと思う。
あたしは界隈で言うところの企業勢、Vtuberを管理・運営する事務所に所属していて、さっき名前の出てきたさかなん、『舞鶴 さかな』も同じ事務所に所属する同僚。
名前の通り日本海側の某都市出身で、大学進学で関東に出てきた子。
中の人はこっちに来てから色を抜いたという明るい茶色の髪に緩くウェーブをかけてとおしゃれな感じにしてるのだが、根は世間ずれしていない真面目な子。
それを反映したかのように、いわゆるガワ、彼女のガワは黒髪お下げの優等生っぽい外見をしている。
……こっちの方が似合ってるんじゃね? と思ったりすることが多いくらい素直で良い子なんだよね。
そんな子がやらかすって一体。
「そ、それがぁ……早朝配信にシャワー音が入っちゃったらしくて……あの音は誰のだって騒ぎにぃ……」
「は!? ま、まじか……それは、まずくね?」
社長の言葉に、あたしも顔を青くしてしまった。
Vtuberをやってるとはいえ彼女もお年頃、大学に出てきて彼氏が出来たとか聞いたこともあった。
もちろん存在は伏せていたのだが……彼女の日課である早朝配信でやらかしてしまったらしい。
つか何やってんだその彼氏! 早朝配信のことくらい把握しとけぇ!!
「まだボヤ程度だけど、ここから炎上したら……さかなが! 決まってるコラボが! 我が社のダメージがぁぁぁぁ!!!」
「わかってるわかってる、わかってるから落ち着け! ああもう、そっち行くから、さかなんも呼び出しといて!」
そう言って電話を切ると、あたしは慌てて身支度を始めた。
ざっとシャワーを浴びて、身内にしか会わないから化粧は軽め、着る物は適当にひっつかんで。
こんなんでもラフなイケメン風の男装女子が出来上がるってんだから、つくづくありがたい身体に生まれたもんだ。
さっき社長があんなに慌ててたのも仕方なく、昨今、Vtuber界隈もかなり規模が大きくなってきていて、一つのスキャンダルで食らう経済的ダメージが洒落にならない。
中でもさかなんなんて、さっきの電話であったように企業との案件はもちろん、あの名前な上に本人の出身地であることもあって、日本海側にある地方自治体とのコラボも多いため、彼女が男性スキャンダルなんて起こそうものなら、事務所にも案件相手にも甚大なダメージが予想される。
しかしうちの社長、経営面や普通の営業は優秀なんだけどこういうトラブルだとテンパっちゃうんだよね。
で、そこを何とかするために雇われているのがあたし、『太刀奈 百合華』であり、今からこうして馳せ参じようとしているわけだ。
何しろリアルのあたしは身長170cmを越える長身な上に、直毛な黒髪をベリーショートにして、普段来ている服は黒系統ばっかりと、遠目には男に見えなくもない見た目。
ちなみに、このことは事務所の子達に時々ぽろっと言ってもらってさりげなく周知してもらっている。
で、頑張ればイケボも作れて、実はレズビアン寄りのバイセクシャルなため、ヤバ目なレズっ子発言もナチュラルに出来る、ときたもんで。
そんなあたしが、うちの子達に男の影がちらついた時にしゃしゃり出てきて「あれあたしなんだよね」と言えば、大体の場合罵倒されつつも納得されることが多い。
つまりあたしが炎上することで他の子達の火消しをしてるわけだ。
もちろんその分の報酬はいただいているので、あたしも納得ずくでやっている。
これがまた、あたしの性格のせいか仕事と割り切ればそんなものなのか、意外と堪えないんだよね。
正直その報酬だけで生きていける程度にはもらってるんだけど、知名度が低いVtuberがやっても効果は薄い。
ってことで、普通の活動も頑張って、何とか数字的には中堅と呼ばれる程度には踏ん張っている。
おかげで昼まで寝てられる夜型生活をしてても誰にも文句をいわれないんだから、ありがたい話だ。神経は使うけど。
例えば、あたしだったって主張するにもその時の様子をちゃんと把握しておくだとか、相手と口裏を合わせるだとかが必要になってくる。
そうやって設定を練り上げて、齟齬のないように気をつけながらリアルタイムでの配信をしなきゃいけないんだから、そりゃ大変だ。
とはいえそう頻繁にあることじゃないし、それでストレスを溜めるわけでもないんだけどね。
そんなことを言えるのも、ちゃんと事前ヒアリングをして対策を練っているから。
ということで、あたしは社長にさかなんを呼び出してもらって、まず状況確認をすることにしたのだ。
「百合華さん……この度は本当に申し訳なく……」
都内某所にあるオフィスビルの四階、事務所として丸ごと借り切ってるフロアの一角にある会議室に集まったところで、社長に付き添われるさかなんに頭を下げられた。
いつもはふわふわでガーリーな格好してるのに、今日は飾り気がないお固めのワンピースを来てるのは、彼女なりの誠意の表れだろうか。
表情も思い詰めたような感じだし、今にも泣き出してしまいそうなほど危うい。
ちなみに社長はボサついてる黒髪を無理矢理まとめて縛ってたりスーツの着こなしが落ち着いてなかったり眼鏡がよれてたりと、慌ててやってきたのが丸わかりな様子である。
「いやいや、あたしが出張ること自体はお仕事だから気にしないで? その辺、社長から聞いた?」
「は、はい、さっき到着した時に……だからなおのこと申し訳なくて……」
「あはは、いいのいいの、ちゃんとボランティアじゃなくて報酬もらってることだから、ね?」
まあ、気にするなと言われて気にしないでいられるような子じゃないか。
っていうかうちの会社に所属してる子って大体みんな良い子なんだよなぁ……だからあたしもやり甲斐があるんだけど。
「んで、お仕事だからきっちりやらせてもらう代わりに、きっちり話を聞かせてもらわないといけないんだけどさ」
「はい、なんでもお答えします」
ということで仕事モードに入ったあたしは、会議室の椅子に座りメモを取り出す。
その向かいに座ったさかなんも、表情をきりっと改めてあたしのヒアリングに臨む姿勢になった。
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