彼女はプレゼンする。
話は、サヤさんが爆弾発言をしながらやってきた時に遡る。
「一緒にって、どういうことです??」
企業案件を、一緒に。
言葉の意味自体は、まあわからなくもない。
ただ、それが意味するところの詳細がわからない。
一般的に、企業案件というものはVtuber個人に対して依頼されることが多い。あたしの知る限りでは。
多くの場合、その企業の商品をアピールして欲しい、という形で。
事務所のメンバー複数人での大規模コラボなんてものもあるにはあるけど、それを企業案件と言うことは少ないように思う。
んでもって、通販番組よろしくVtuberがその製品を試して『これはいいね、トニー!』的なセリフを言うのが定番である。多分。
いやまあ、忖度なしに物申す系配信者もいるっちゃいるのだけど、未だ発展途上中な業界であるVの者でそんなことを言える存在なんてそうはいない。
結果として、普通に試して普通にアピールする、という形になるのが多い、はず。
また、わざわざVtuberなんていうまだまだ社会的に立場が確立されていない存在にアピールを依頼する理由の一つには、どうしてもコストというものが付きまとうわけなんだけども。
ぶっちゃけ、テレビに出るくらいの芸能人に頼むよりも遥かにお安く依頼出来るってわけだ。
そんな金銭事情があるのに、売り上げが伸びないような辛口コメントする相手にわざわざ依頼する企業もないだろう。
それでいて効果は馬鹿に出来ないというのだから恐ろしいというかなんというか。
例えば、地方にあるテーマパークが、熱心なファンのVtuberが情報発信することによって一気に盛り上がった、なんてこともある。
一過性に終わるかも知れないが、少なくとも2年くらいは続いてるはず。
であれば、それに続けないかと検討する施設が出てくるのむべなるかな。
その中の一つ、フラワーキングダムが放った白羽の矢が立ったのがサヤさん、というわけだ。
落ち着いた大人の雰囲気が特徴として挙げられる彼女が選ばれた理由が、先ほどの発言に繋がってくるわけだが。
「それがね、いただいた案件のテーマが『忙しい日々から離れて花に癒される大人の休日』でね?」
「はぁ。それ自体は納得がいくテーマですが」
サヤさんの説明に、あたしは首を縦に振って同意を示す。
フラワーキングダムは、国内でも有数な規模の花が植えられている屋外型施設。
主なターゲットは屋外で子供を遊ばせたいファミリー層だが、経営陣はそれ以外へもアプローチしようと考えたのだろう。
例えば、日々の暮らしに疲れている社会人がそんな空間に出向けば、覿面に癒されるのは想像に難くない。
……とだけ思うあたしは、ある種の人生経験が足りないのだろう。
「一人で来てももちろん楽しめるのだけど、大人のデートにも使えるってアピールするのはどうかって話になったのよ」
「なるほど。……なるほど?」
反射的に相槌を打ち、それから思考を巡らせる。
デートプランとしてアピールすること、それ自体は商業上重要であり有効であるはず。
単純に来場者が一人から二人に増える上、デートとなれば施設内で飲食することはほぼ確実。
当然、その分売り上げが伸びることも見込まれるわけである。
おまけに。
「そういえばあそこって、近くにフラワーキングダムが運営するホテルなんかもありましたね」
「流石百合華ちゃん。やっぱりファミリーに比べると大人二人の方が客単価も高いらしいのよね」
あたしの呟きに、すぐさま反応するサヤさん。
……なるほど、ただ優しいだけのお姉さんじゃないらしい。そんなところもポイント高いのだが。
「そりゃ、子供に比べたら大人の方が食べますし、お酒飲んだりしたら更に単価上がるでしょうし。
しかしそうなると、話が見えてきましたよ。つまり、あたしのタッパが効いてくるわけですね?」
あたしが問いかけというよりも確認なニュアンスで聞けば、サヤさんは我が意を得たりとばかりな顔で頷いた。
いやほんと、良い性格してる。誉め言葉な意味で。
企業所属Vtuberと言っても、配信の企画だとかは個人任せなことが多い。
というか、人によっては配信企画の押し付けを厭う人すらいるくらいだし。押し付け、という表現が正しいかもわからないけど。
で、今回の案件、多分フラワーキングダム側が持ち込んできた企画が、ちょっと練り上げきれてないものだったんじゃなかろうか。
そこでサヤさんが物申し、もう一味加えた、と。
あたしという、この女性ばかりな事務所の異端児を使うことで。
何しろあたしは、普通にしてても男性と間違われることがある身長。
まあ、顔を見られたらすぐにそんな誤解は解けるんだけども。
……その上で、それでもいい、むしろその方がいいって子もいるから、話がややこしくなったりはしつつ。
今回は、このリアルあたしの身長と見た目がキーポイント。
あたしがサヤさんと疑似デートすることにより、熱心過ぎるファンには『男性と絡んでないですよ』と安心させつつ男女のデートっぽい見せ方ができる。
この形なら、フラワーキングダム運営としても炎上を気にすることなくデートプランにも使えます、と訴えることも出来るわけだ。
まあ、動画になった時のあたしは普通のお姉さんな姿になるから、ちょっとそこでインパクトは落ちるかも知れないけども。
てことで、理に適ってはいる。
ただ、ほんの少々強引な気もしなくもないけど。
「……もしかしてサヤさん、なんとかしてあたしを入れられないかって考えたりしませんでした?」
説明を聞いているうちに浮かんだ疑問をあたしが口にすれば、サヤさんの動きが一瞬だけ止まる。
なるほど、図星、ね。
「も~、どうしてわかっちゃうのかなぁ。……だって百合華ちゃん、あの配信のせいでちょっと炎上しちゃったでしょう?」
「まあ、したっちゃしましたけども。いつものやつに比べたら全然軽いものでしたってば」
困ったような顔で言うサヤさんに、あたしは軽く笑ってみせる。
あの時の配信、つまりAV鑑賞をしてサヤさんとは別人だとアピールした例の配信。
挑発的な言動をしたことだとか、ボイチェンを明かしたことではなく。
もちろん、荒らしコメントをしてた奴が病院に運ばれた件で炎上したわけでもない。
ってか、どうやら命に別状はなかったらしく新聞沙汰になってないから、一般の人が知る由もなく、まして話題になるわけもないしね。
問題となったのは……画面が映ってなかったし声も入ってなかったけれども、配信でAVを見ていたことそのものだった。
未成年も見るかも知れないんだぞ! とかそんな感じね。
奇しくも、あたしが配信中に懸念した点を突かれたわけだ。
実際のとこ、どんな人が見てたかわかるアナリティクスを見たら、十代はほぼ見てないはずではあったのだけど。
後は、わざわざそんな話題に触れるなんて、サヤさんが傷ついたらどうするつもりだ! なんて声もあった。
もちろんあたしとしては勝算があったからやったわけだけど、そのことを知らなかった外野からすれば、たまたま上手くいっただけで危ない橋を渡っていたように見えた人がいても不思議じゃない。
単に叩く口実が欲しかったって奴もいるんだろうけども。
とはいえ、疑惑を晴らすという目に見える結果を出したのもあって、いつもに比べれば火力は低め。
適当にあしらってるうちに鎮火したんだけどね。
それでも、義理堅いサヤさんからすれば気になって仕方がなかったらしい。
「軽いものだとしても、炎上は炎上、ダメージはダメージじゃない。
それに、私は本当に助かった、助けてもらえたって思ったから……少しくらいお返しさせてもらってもいいでしょ?」
拝むような仕草で、片目をつぶりながら言うサヤさん。
そんな仕草も可愛いったらない。
いや、大人で美人なのに可愛いって、ずるくない!?
ともあれ、こんなことされて抵抗出来るような根性は、あたしにはない。
「そう言われちゃうと、断れないですねぇ」
仕方ない、といわんばかりの声でいいながら、あたしは頷いたのだった。
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