彼女は密かに思う。
それから一週間後。
「……例の奴、あれからパッタリ見なくなったわね」
事務所の一室で、カチカチとマウスを鳴らしながら社長が言う。
あたしが『お仕事』してからこっち、ずっと0チャンネルやらなんやらを執拗にといっていい勢いでチェックしてたんだけど、例の奴は全く観測されない。
それもそのはず。
「パソコンのケーブル引っこ抜きでもしたのか、そもそもネットに入ってないみたいだからねぇ」
「……百合華、あんたねぇ」
あたしが何をしたか知ってる社長が、こっちをジト目で見てくる。
「あんな奴に張り付くなんて時間の無駄なことしてんじゃないわよ。あんたはうちのタレントでもあるんだから」
……社長も大概いい性格である。
あたしが何をしたか、おおよそのところは社長にも報告していたんだよね、流石に。
それはもう申し訳なさそうな顔をされたもんだけど、これも『お仕事』だからねぇ。
今時の言葉で言えば闇バイトみたいなもんだ。いや違うか?
ともあれ、そんな社長にあたしはひらひらと手を振って見せる。
「だいじょぶだいじょぶ、ツールで自動監視してるだけだから。あたしもあいつにこれ以上時間割くつもりないわよ」
さらりと違法行為を口にする辺り、あたしも大概なわけだが。
……万が一見つかった場合、アクセスは出来てないんだから温情がもらえたりしないかな?
今度弁護士の知り合いに聞いてみようかな……いや、聞いたら怒られるか。
頭の回る子だから、あたしが何やってるのか薄々勘付いてるっぽい節があるし。
聞き出そうとしないのは、彼女なりの温情、なのかも知れない。
「それならいいんだけど……いや、ほんとはだめなんだけども!
『こんなこと』頼んでる私が言える筋合いでも本来ないとはいえ、経営者としてはあんたにももっと稼いで欲しいのよねぇ」
「なんせ、未だに企業案件一つもないからねぇ。サヤさんにも追い抜かれちゃったし」
「百合華……だから、もうちょい危機感ってものをねぇ」
「はいはい、わかってますって。でも、流石にこの芸風じゃしょうがないんじゃない?」
気楽にあたしが笑えば、社長は呆れつつも、それ以上何も言えない。
もちろん社長だってわかっているんだ、こんだけ炎上しやすくなってるあたしに、企業が案件なんて持ってくるわけがないって。
案件がなければ収入が落ちるってわけでもないんだけど、別の見方をすれば、上がる機会を損失しているとも言える。
Vtuberとして大成したいとまでは思っていないあたしからすれば、それでもそこそこの収入を得ているのだから、満足っちゃ満足なのだけども。
経営者としての社長と、あたしに汚れ仕事を頼んでいる社長、二つの視点から考えたら、もっと売れて欲しいって思うのもわかるっちゃわかる。
……そんなんだからあたしも『お仕事』に勤しんじゃうんだけどねぇ。流石にそんなあたしの心情まではわからないらしい。
いやまあ、こんな特殊な立場の人間まで理解しろってのは酷ってものだけども。
だから社長は、あたしの言葉を真に受けて言葉に詰まる。
ほんとにあたしとしては、今の立場はそれなりに楽しいんだけどねぇ。
「そんなんでも、一応黒字にはなってんでしょ?」
「……それは、そう。炎上商法ってわけじゃないけど、炎上した後にアーカイブは回ってるし、なんだかんだあんたを気に入ってるファンがボイスやグッズも買ってくれてるし」
「いやほんと、ありがたいことだよねぇ。もちろんあたしなりに、配信する時は頑張ってるんだけどさ」
こればかりはあたしも心から思うし、言葉にもそれが乗ってしまう。
前にも言ったけど、うちの事務所は持って生まれた才能、『声質』や『声音』といったものを重要視してVtuberを採用している。
その中で唯一の例外が、このあたし。
いや、一応社長からは、あたしの声もいい声だって言ってはもらえてるんだけどね?
それでも、あたしの声は、他の皆のそれとは違う。
あたしの声だけは、ボイチェンの乗った、歪められた声。
偽りの声、と言ってもいいと思う。
だから他の子達と違って、あたしの声は誰かに届くような、刺さるようなものではない、はずなんだけど。
……それでも、何故だかあたしのボイスを買ってくれる人がいる。
物好きというかなんというか……どう表現していいものやら。
それでも一つだけ断言出来るのは。
……ありがたい、ということだ。
配信中には絶対に言えないことだけども。
あいつら絶対気持ち悪がるだろうし。
だから口にはしないけども……こっそり思っておくくらいは許されるんじゃないだろうか。
あたしの声を聞いてくれて、ありがとうって。
そして、そんなリスナー達のいる場所だから、守りたいとも思う。
なんだかんだ箱推しな人も多く、また、うちの事務所は幸いなことにいい子ばっかり。
この居心地のいい場所を侵食しようとするあれこれを排除する能力が、幸か不幸かあたしにはある。
だったら、それを振るわない理由なんてないだろう。
「そもそも、あたしが売れっ子になって『お仕事』してる暇がなくなったら、それはそれで困るんじゃない?」
「……そうなったら、私がなんとかするわよ。それが社長のお仕事ってもんなんだから」
「あら頼もしい」
からかうように言えば、一瞬だけ考えた社長がきっぱりと言い切る。
こういう時、やっぱり会社を背負って立つ社長なんだなって思う。
判断もだけど、何より覚悟を決めるのが早い。
ま、そういう人だからこそ、あたしもついていこうって思えるんだけどさ。
「んじゃ、次に何かあったら、社長に解決をお願いしよっかな?」
「そ、それはちょっと、まだ早いんじゃないかしら!? こう、百合華が売れっ子になった頃には出来るようになってるってことでね!?」
……そして、こういう人だからこそ、あたしもからかってしまうわけだが。
ま、あたしが売れるだなんて、あるとしてもまだまだ先のこと。
ずっと来ない、ってことも十分ありえるわけだし。
「わっかんないわよ~? 急にあたしに企業案件きたりすることだってありえるんだから」
だから、こんなことを気楽に言ったりしてるわけだが。
もしかしたら、これがフラグってものだったのかも知れない。
「百合華ちゃん、一緒に企業案件しない?」
別室での打ち合わせを終えたサヤさんが挨拶もそこそこに言ったことを受けて、あたしは椅子からずり落ちたのだった。
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……予約設定間違えた、っていうのはここだけの話にさせてください!(ぉ)
明日も更新予定でございます、またお読みいただけたら幸いです!