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彼女は過去を語る。

「この度は、誠に申し訳なく……」


 数日後。

 事務所にやってきたサヤさんは、それはもう焦燥した様子だった。

 ……一度鎮火しかけていたあたしの怒りが、メラメラと燃え上がってくる。

 いや、だめだめ。ここで感情的になっていいことなんて何もない。

 そもそもこの怒りをぶつけるべき相手はここにいないんだから。


「いやいや、頭なんて下げないでくださいよ、サヤさん」


 頭を切り替えたあたしは、ヒラヒラと手を軽く振って見せる。

 あたしの目の前にいるのは、数歳年上の豊満な体つきをした美女。

 言うまでもなく、吉祥サヤさんの中の人だ。


 前世の仕事が仕事だけあってかとても魅力的な人なのだが、そんな人が地味な色合いのスカートスーツを着ていると……。

 ……うん、ちょっと未亡人ものとか人妻ものの魅力がわかりかけてしまったぞ? いかんいかん。

 これはお仕事、こんな邪な感情で被害者ともいえるサヤさんを見るのは申し訳ない。

 別方向に頭を再度切り替えながら、あたしはサヤさんと向かい合う形で座った。

 そしてサヤさんの隣には社長。心配だってのもあるんだろうけど、責任者でもあるしね。


「それで、一体何があったんです?」


 三人それぞれに座ったところで、あたしはまず状況を確認するために大筋の話を聞くことにした。


「それが、この前の配信でいきなり、『お前の前世はこの女優だろう!』ってコメントが付いて……。

 まさか当てられるなんて思ってなかったから、私もどうしていいかわからなくなっちゃって。

 スルーしようかと思ったんだけど、粘着してコメント連打してくるし、ついには『俺は声の専門家だ、声紋分析だってできるんだからな!』とか言い出して、怖くなっちゃってブロックしたんだけど……今度はそれで意固地になったのか、0ちゃんねるの掲示板とかでも暴れてるらしくて」

「うわ~……リアルタイムで来られると、それは困る……いや、それはサヤさん、仕方ないですよ」


 聞いた状況に、あたしは思わず同情してしまった。

 突然の、隠しておきたかった前世バレ。それも、リアルタイムで対応しないといけない配信中。

 思いっきり動揺したであろう状況で、最初はスルー、それが効かないとなれば触れることなくブロック、はこの時出来る対応としてはこれ以上は難しい。


 ところが、真っ当でない人間相手にはこれがいけなかった。

 ブロックされた腹いせに、0ちゃんねるの掲示板で暴れ出したのだから。

 

 また、配信でのコメント、というのもよくなかった。


 うちの事務所でトップを張るさかなんに比べ、あたしやサヤさんの配信ではコメントの流れが比較的緩やかである。

 だから配信してるこっちもコメントを見やすい、というのはあるんだけど……今回はそれが悪い方に作用した。

 配信者であるサヤさんの目に留まったのが一つ。


 そして、もう一つ。

 サヤさんの目に留まる、ということは、見ているリスナーの人達の目にも留まったはず。

 その証拠に、0ちゃんねるの掲示板は真に受けた人間と否定する人間のレスバトルで大騒ぎになっている。


「状況的に、このままスルーしてても鎮火する可能性も結構あるとは思うんだけど、そうならないとも言い切れないのが面倒ね……」

「おまけに、時期が悪いのよ。サヤの企業案件も決まっていて、発表のタイミングを見計らっていたところで……」

「……なぬ?」


 思わぬ社長の言葉に、あたしの声が低くなる。

 なぜならば。


「まって、サヤさんの企業案件って、初じゃない?」

「そ、そうなのよ……」


 あたしが問えば、社長がコクコクと首を縦に振る。

 ……いけない、声にドスが効きすぎた。社長を怖がらせてどーすんだっての。


「ごめんごめん、ちょっと感情入りすぎた。……でもそっか、サヤさんにとって大事な時期なのにこれ、か」


 許せない。

 いや、相手はこういった裏事情は知らないんだろうけども。

 ……いや、むしろ、知ってたら嬉々として邪魔しにきそうに思うのは気のせいだろうか。


 何故ならば。

 俯くサヤさんの表情が、随分と沈鬱なものに見えたからだ。


「ねえ、サヤさん。もしかしてこいつに心当たりがあったりします?

 前世で粘着してきたファンに似てる、とか」


 あたしがそう問いかけた瞬間、サヤさんの肩が跳ねた。

 ……ビンゴ、か。残念ながら、というべきなんだろう、きっと。


「ど、どうしてわかったの……?」

「や、なんとなく。勘でしかないんですけど……『またか』って顔が言ってる気がして」


 こういう『お仕事』をしているせいか、あたしは多分人の表情については割かし敏感な方だ。

 表情の読解力があるとでも言うか。

 そして、あたしの目には、そう見えた。


「……百合華ちゃんの言う通りなの。私の前世で、私の声に執着してくる人がいて……最初は、いい声だって褒めてくれるだけだったんだけど。

 だんだんと、SNSにつけてくるコメントがマニアックな長文の気持ち悪いものになっていって……耐えきれなくなって、ブロックした人に、似ているの」

「いやそれは、気持ち悪いですって!」

 

 どんどんサヤさんの声が暗くなっていくのに焦って、あたしは思わず声を上げた。

 残念ながらというかなんというか、前世のSNSアカウントは削除したため、コメントの実物を見ることは出来ないけれども、十分気持ち悪さは伝わってくる。

 しかし、これで相手の動機も見えてきたりもするのだから……なんとも複雑だ。


「ブロックしてから、私が出演する新作が出るたびにDVDの口コミに変な荒らしコメントを付けていたのも、多分同じ人だと思う……」

「……それ、完全な逆恨みじゃないですか」


 暴走した執着心が故に拒絶されたというのに、サヤさんが悪いと責任転嫁したクズ野郎。

 それが、今回の加害者なのだろう。だからこそ、こんな暴れ方をするし……サヤさんの大事な時期だと知ったら、更に暴走する可能性は高い。

 当然、あたしからすればそんなことは許せないわけだが。


 当の本人であるサヤさんは、別の受け取り方をしてしまったらしい。


「逆恨みなんでしょうけど……でも、やっぱり、付きまとってきてしまうものなのね、過去っていうものは……」


 零れる、ため息。

 あたしも社長も何も言えないまま、サヤさんは言葉を重ねる。


「もしかしたら、新しい人生を歩めるんじゃないかって思っていた。

 でもね、同時に、やっぱり無理なんじゃないかとも思ってたの。

 前世だなんていっても、私の過去であることには変わりないんだから」


 ぽろりと、サヤさんの瞳から涙が零れた。


「結局、過去から逃げることなんて出来ないんだわ」


 そして、笑った。

 何もかも諦めてしまったような顔で。


 だから。


「そんなことない!!」


 だからあたしは、全力で否定した。

 冗談じゃない。こんなことでサヤさんが諦めていいわけがない。新しい人生を。未来を。

 そんなこと、このあたしが許さない。認めない。

 だって、


「サヤさんは、ちゃんと周りに筋を通して引退して、正式な手続き踏んでここに再就職したんでしょ!?

 だったら、ちゃんと過去に折り合いをつけたじゃない!

 勘違いしたらだめよ、そこに横から口を挟む奴が間違ってるんだから!」


 あたしは、叫ぶ。

 だってサヤさんは、逃げ出さずに、真正面から、真っ当な手続きを踏んで次の場所へと、この事務所へと来てくれたのだから。

 そんなサヤさんの足を、匿名という壁に隠れながら引っ張る輩の方が間違っているのは明白だ。

 ただ、感情が邪魔して、サヤさんにはそれがわからなかっただけで。

 だからあたしは叫ぶ。サヤさんに気付いて欲しくて。

 またいつもの口調と顔で、配信に臨んで欲しくて。

 ……配信したいと、望んで欲しくて。


 そして。


「……」


 つぅ……と、サヤさんの目から一滴、光るものが零れ落ちた。


「私……間違ってないの? 配信、したいって……思って、いいの……?」

「いいに決まってるでしょ! むしろあたしが困るわよ、サヤさんが配信してくれなきゃ!」


 わかってる。個人的なエゴ丸出しだって。

 でも、あたしの根底にあるのは、こんなエゴだ。

 

 前世の活動に詳しくはないけれど、少なくとも今、この事務所に来て配信しているサヤさんは、本当に楽しそうだ。

 そして、だから、サヤさんもリスナーさんも、みんな幸せそうだ。


 あたしは、そんなささやかな世界を、守りたい。

 埋もれさせたくない。


「あたしはねぇ、サヤさんの配信が好きなのよ!

 ちょっとした日常の中にも輝きを見出すようなその視点も、本当に愛おしそうに語る口調も、全部尊いものなんだから!」


 恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、ここは譲れない。

 サヤさんの視点は、きっと大切なものなのだから。


 そして、それを語れるようになった、Vtuberという彼女の居場所も。


 人間というのは不思議なもので、ちょっとしたことで心持ちが変わってしまう。

 例えば。

 Vのいわゆるガワ、二次元の身体を纏った途端に話せるようになる人がいる。

 トークセンスや知識教養などの内側に輝くお宝を秘めていながら、照れや怯えなどから三次元の生身では発信することが出来ないメンタリティの人は、少なからずいるのだ。


 では、そんな人達が、ガワという仮面を被ることで世界へ向けて解き放つことが出来たのならば、どうだろう。

 少なくともあたしは、それがとても尊いことだと思う。

 

 髪を切って心持ちが軽くなる人がいる。

 ネイルをデコってテンションを上げる人もいる。

 そもそもペンネームを使ってる小説家や漫画家で顔を出してる人なんてそうはいない。

 なんなら遠い昔に仮面舞踏会で弾けた人だっていたはずだ。

 ならば、現代の技術を使って都合のいいガワを纏い、己の内に磨き上げたお宝を世界に向けて解き放つ人がいたっていいに決まってる。

 むしろ、やっとそういう時代が来たのだ、とすら思う。


「過去が何よ。サヤさんが生きているのは、今でしょ!?

 そして、多分だけど、今、ここに居るのが心地いいと思ってるんでしょ!?

 だったら、簡単に諦めないでよ! ううん、あたしが、諦めて欲しくない!」


 一気に、捲し立てるように言い切る。

 ……正直、あたしの頭の中にある感情的な部分は、こう思ってる。

 めっちゃ恥ずかしい、って。


 だけど同時に、冷静な部分がこうも言っている。

 ここは引くな、って。

 押し切れ、って。


 間違いなく、そうしないとサヤさんは辞めるだとか言い出す。

 そしてそれは、多方面に対して多大な損失となるのは間違いない。


 だけど、そんなのもどうでもいい。


 とにかくあたしが、そんなのは嫌なんだ。

 折角新たな居場所を見つけられたサヤさんが、それを、こんな形で失いかけていることが。

 そんなの、理不尽にも程があるってもんじゃない?


 そして。

 時に力技は、合理性を超越する。


「……いいの? 私、諦めなくて、いいの……?」


 ぽろり、ぽろり。

 ぽろぽろと。

 サヤさんの目から大粒の涙が零れ落ちていく。


「当たり前じゃない!」


 そう叫んで、サヤさんの隣でその身体を支えていた社長が、感極まって彼女を抱きしめた。

 そりゃそうだ、社長だって言いたいことはいっぱいあったはず。

 何より一番言いたかったことは、間違いなく、ここにいてくれ、だろう。

 まあ、美味しいところは大体あたしが持っていっちゃったけどさ。

 でも、大事なところは残しておいたわけだし。っていうか、物理的に届くのは社長だったわけだし。

 これなら、いいんじゃないかな?

 なんてことを考えるあたしは、やっぱどっかおかしい、嫌な奴なんだろう。

 そんな自分が、嫌いでもないのがまた、手に負えないんだけども。


「私、私ぃ……ここに、いたい、よぉ……ここに、いさせてよぉ……」


 搾りだすように、サヤさんの本音が零れ落ちる。

 そして、抱きしめている社長は、もう言葉も出せず、コクコクと頷くばかり。

 

 ……はぁ。

 守らないと。

 

 あたしは、決意を新たにする。


「大丈夫よ。絶対、ここにいさせるんだから」


 湧き上がる思いを言葉にして。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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