そして彼女は朝を迎える。
「あ~……流石に昨日は飲み過ぎたかなぁ」
翌朝。あたしはポリポリと頭を掻きながら身体を起こす。
あれから、予想通り絶品だったヤガラの煮付けにも舌鼓を打ち、チョイスしたお酒もバッチリマッチして、あたしとさかなんはめっちゃ盛り上がった。
盛り上がり過ぎて、飲み過ぎた。
結局予定時間を大分オーバーして大盛り上がり、持ってきたお酒は全部空けちゃったんだよね。
あ、ちなみに途中で「飲む練習したら強くなったみたいで」とさかなんに言わせたから、最初の時に酔って寝ちゃったっていう嘘との整合性は何とか出来てるはず。
で、その後、流石にさかなんもあたしも大分眠くなったからって配信終わって、PCの電源落ちてるかちゃんとチェックして、もう一度チェックして、マイクも抜いて、と切り忘れ防止を徹底してから寝る準備をしたんだっけ。
昨日は終電うんぬん関係なく、最初からお泊まり予定だったんだよね。
だから洗面台使わせてもらってメイクを落として、Tシャツとショートパンツって格好になって後は寝るだけってなって。
……そういえばシャワー浴びたっけ?
「明日の朝でいっかってなったんだっけ、そういえば。さかなんも、早朝配信はおやすみだって行ってたし」
昨夜の会話を思い出しながら、あたしはお借りした客用布団の上であぐらを掻く。
ちなみにさかなんからはベッドで一緒に寝ないかと誘われたが、丁重にお断りした。
いや~、だって、ねぇ。昨夜の上がりまくったテンションで同衾なんてしたら、間違いが起こりかねなかったし?
流石にほんとに手出しちゃったらまずいでしょ、いくらなんでも。
おまけにさかなんはノンケなんだし、次の日からどんな顔して会えばいいのって話になるし。
とか思いながらベッドの方を見れば……いない。
「あれ? さかなんもう起きてたんかな?」
よっこいしょと身体を起こしてベッドを触ってみれば、まだちょっとだけ温かい。
この感じ……起きて30分は経ってないかな?
ついでにぽふっとベッドに顔を突っ込んで深呼吸させてもらおう。こんな経験滅多に出来ないしね!
「ん~……フレグランス」
意味不明なことをいいながら、さかなんの残り香を堪能する。
いやぁ、可愛い女の子は匂いまで可愛いわぁ……至福至福。
同じ部屋で寝てた時も思ってたけど、ダイレクトに吸入するとまた格別だね!
なんて変態を全開にしたとこでぱっとベッドから離れた。
するとすぐに、ドアがノックされる。
「あ、百合華さん起きてたんですね? おはようございます」
「はいおはよ~。ぐっすり眠れました、ありがと」
うん、こっちに向かってくる足音に気付いたんだよね、危ない危ない。
もちろんさかなんは気を遣ってか足音を忍ばせてたんだけど、周囲に注意を払っていたあたしの耳はしっかり捉えたってわけ。
おかげで間一髪変態行為を目撃されずにすんだあたしは、危ない危ない、と胸をなで下ろしつつ改めてさかなんを見る。
「……お? エプロン姿ってことは、朝ご飯作ってくれたの?」
「はい、出来たから呼びに来たんですよ」
そう言いながらはにかむように笑うさかなん、プライスレス。
朝っぱらからこれは、身体に滋養がオーバーフローだわよ……。
なんて考えてたら、思わずナチュラルに両手を合わせて拝んでいた。
「ちょ、ちょっと百合華さん、何してるんですか?」
「あはは~、エプロン姿のさかなんは可愛いなぁって」
「もう、昨日だって見たじゃないですかぁ」
「それとこれとはまた別の良さがあるんだよねぇ」
そう言いながら、改めてあたしはさかなんを見る。
エプロンこそ同じだけど、来てる服は昨夜の料理配信の時よりもラフなもの。さかなんも寝起きだろうしね。
そのおかげで生活感が増していて、これはこれでぐっとくるものがある。
「そんなこと言ってると、朝ご飯抜きにしちゃいますよ?」
「うわっ、それは勘弁っ! ……ちなみに、献立は?」
「昨日残った若狭グジの頭や骨をお出汁で煮た潮汁風のおつゆと、すりおろした長芋をヤガラの煮汁で伸ばしてご飯にかけた、とろろご飯ですよ~。
……炊いてる時間はなかったから、ご飯は冷凍してたやつですけど」
「それめっちゃ美味しいやつぅ……むしろ飲んだ後の朝には最高のご馳走まであるぅ」
あ、想像しただけでお腹が鳴る。ほんとに鳴っちゃったから、あたしはたははと情けなく笑うしかない。
そんなあたしを見て、さかなんは楽しげに笑ってくれた。
……うんうん、トラブルが起こった直後のような憂いはもう欠片もない。
ほんと良い仕事したわ、あたし。
「じゃあ、その最高のご馳走を冷めないうちに食べちゃってくださいな」
「おっ、さかなんも言うようになったねぇ。ではでは、遠慮なくいただいちゃいましょうか」
昨夜からご馳走になってばっかりだけど、まあ、これも仕事の報酬と思えばいただいちゃってもいいんじゃないかな?
なんて自分に都合がいいことを考えながらあたしは立ち上がり、促されるままにダイニングへと向かう。
ああもう、匂いだけで美味しい。
「こんな朝ご飯なら、毎日でも食べたいなぁ」
「えっ……わ、私は百合華さんが食べたいっていうなら、毎日でも……」
「あはは、冗談冗談、流石に毎日こんな高級魚は無理だしさぁ」
「あぅ、そ、そういう……」
今のさかなんの稼ぎなら出来なくもないかも知れないけど、流石にそれはよろしくないでしょ。将来のための貯蓄も必要だし。
……全部出してもらう前提になってるけど、そこはしゃーない。あたしの稼ぎはそこまでじゃないから。
なんて心の中で言い訳しながら、席についていただきますの挨拶をしてから、おつゆを一口。
「うわっ、めっちゃ美味しいんだけど!?」
「そうですか? お口に合ってよかった……」
「こっちのとろろご飯もめっちゃ美味しい! いやまじ最高なんだけど!」
一口、二口、さらに次と箸が止まらない。
いやまじ最高だわ、お酒飲みすぎた胃と身体に染み渡るぅ!
そんな感じで、ガツガツ食べてしまっていたあたしは、聞き逃した。
「……これで、胃袋掴めたかな……?」
とか、さかなんが小さな声で呟いていたことを。
更には昼過ぎに帰宅した後「さかなんの朝食まじ最高! 毎日でも食べたいね!」と自慢する呟きをしたせいでプチ炎上したため、さかなんのあたしを見る視線の温度が変わってた気がしたのも、すっかり忘れてしまった。
それが後に、大炎上を起こす引き金の一つになるだなんて、想像もすることなく……。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これにて一章完結、毎日更新も今回までとなります。
以降は週一、あるいは週二くらいで更新していければと思っておりますので、しばしお時間いただければと思います。
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