彼女は嘆く。
「はい、ということでまずは若狭焼きが出来ました~!
煮付けの方は一旦火を消して冷ましてるところです。こうしたら味が染みこみやすいんですって」
「あ~、そういやそんな話を聞いたことが……二日目のおでんとかよく味染みてる気がするのはそれかぁ」
何て言いながら、焼き上がった若狭グジの若狭焼きを配信用の机に持ってくる。
ややこしいけど、元々若狭でよく揚がった若狭グジを焼く為の手法だったとも言われてるんだから仕方ない。
これがまたいい焼き上がりで、これは皆にも見せないとってことで写真を出してみたわけなんだが。
『ちょっ、めっちゃ美味そうなんだけど!?』
『これがさかなんの手によって生み出された奇跡のアーティファクト……』
『料亭で出てくるレベルじゃないのこれ!?』
『うわっ、まじでこんな時間にこれはきついぞ!?』
と、コメント欄はある種の阿鼻叫喚で溢れていた。
いやまあ、そりゃそうなる。多分あたしも視聴者だったらそうなってる。
薄ピンク色だった鱗付きの皮は赤身が増し、程よく焦げ目が付いてカリカリとしてそうな見た目が実に食欲をそそる感じ。
特にこの焼き方だと、薄くて小さな鱗があった方がクリスピーな食感になるんだろうなぁって予想できて、楽しみが増すってもんだ。
また、身の方は身の方でこんがりきつね色って感じで火が通ってるし、もう見た目だけで美味しいってわかるよ、これは。
「それで実はこの若狭焼き、鱗まで食べられちゃうんですよ! むしろ鱗が美味しいとまで言われるくらいでして」
「へ~、それはまた珍しい。いやね、どうやって食べるのか聞きたかったのよね。実はあたし、焼き魚は皮まで食べるタイプでさ、鱗付いてるのにどうしようかって思ってて」
『さすが百合華、汚い、意地汚い』
『そこまでして皮を食べたかったのか』
くっ、うっさいな、貧乏くさいとは自分でも思うけどさぁ!
とか思ってたら、さかなんが楽しそうな顔で笑った。
「それはそれは、百合華さん、通ですねぇ。お魚は多くの場合、皮と身の間に美味しい脂があるんですよ。
とはいえ、皮が硬すぎて食べられないケースもありますけど……そういう時は出来る限り綺麗に剥ぎ取ったりしてます、恥ずかしながら」
『なるほどそうだったのか、さすがさかなん』
『明日から俺も皮まで食べます』
と、さかなんが言った途端にこれである。
「手の平クルックルか貴様等ぁ! 潤滑油差したばっかか、簡単にクルクル回るのぉ!」
『よせやい、そんな褒めるなよ』
『そりゃまあ、さかなんと百合華相手じゃ基準も違うし』
「この、ダブスタクソリスナー!」
「ちょ、ちょっと百合華さん、気持ちはわかるけど、視聴者さんに喧嘩売るのやめましょ? ね、ね?」
「うん、わかった」
慌てて止めに入ってくるさかなん可愛い。そりゃぁあたしも冷静になるってもんである。
『うわぁ!、いきなり落ち着くな!』
『お前だってクルックルじゃねーか』
『俺達の気持ちがわかったか?』
「うん、わかった」
「わ、わかっちゃうのはどうなのかなぁ……。ま、まあ、落ち着いたところでいただきましょ?」
とても心が落ち着いてる……びっくりするくらい落ち着いてる……。
そんなあたしに若干引きながら、さかなんが進行をしてくれる。そうだそうだ、熱いうちにいただかないと勿体ない。
「そだね、美味しいうちに美味しくいただかないと。
ってことで、この若狭グジには、こちら! 福井の地酒をご用意いたしました~!」
「わ~ぱちぱちぱち~」
「ぱちぱち言いながら拍手するさかなんかわいい」
「ゆ、百合華さん!?」
『うんかわいい』
『はいかわいい』
あたしが言えば、ずらずらとコメント欄に「かわいい」が並ぶ。可愛いから仕方ない。
うろたえまくるさかなんを目で堪能しながら、あたしは早速日本酒の瓶を空ける。
う~ん、ほんのり甘い感じの香りがたまんないね、これは。
香りを堪能した後、用意した二つのおちょこにお酒を注いで、準備完了。
「それじゃ、さかなんのコラボ成功を祝して、かんぱ~い!」
「か、かんぱ~い。……あれ、何か趣旨が変わっちゃってるような?」
「気にしない気にしない。あ、さかなん、飲みやすいけどそこそこ強いから、くいっといかないように気をつけてね。ちびちびいく感じで」
「は~い。……あ、美味しいですね、これ」
「でしょでしょ?」
言われた通りにおちょこでチビチビ飲むさかなんかわいい。まさにプライスレス。
さ、あたしも堪能しないとね。
ということで、早速若狭焼きに箸を付けて、小さく分けたのを一口パクリ。
……そこに、日本酒をくいっ。
………………。
「ゆ、百合華さん? どうですか、美味しいですか?」
「…………」
恐る恐る聞いてくるさかなんに、あたしは答えることが出来ない。
しばらく、じっくりゆっくりと吟味して。
「あたしはっ、無力だっ!」
「百合華さん!?」
いきなり額に手を当てて天井を仰いだあたしに、さかなんが慌てるのも無理はない。
あまりに唐突だし、何がどうしたと思うもんだろう。
『なんだ、どうした』
『百合華が壊れた!?』
『だいたいいつも壊れてね?』
何か失礼なこと言われてる気がするけど、気にしてる暇はない。
もう一口、若狭焼きを口に運んで、日本酒を合わせて。
くぅ、と目頭に指を当てて押さえる。
「無力だ……美味しすぎて、言葉にならない……食レポしてやるとか大見得切ったのに、何も言えないっ!
ただただ、美味いとしか言えないっ!」
「そ、そこまで言うほどですか……?」
言いながら、さかなんも若狭焼きを口に運び……びっくりしたように目を見開く。
それから、追いかけるように日本酒をくいっとやった。……ちびちびじゃなかったのはこの際目をつぶろう。
そうやっちゃうのは仕方ない。これはもう、仕方ないんだ。
「あ……ほんと、美味しい……若狭グジの美味しさは知ってましたけど、お酒が合わさると、こんなに美味しくなるなんて……」
「でしょ!? でしょぉ!? 我ながらナイスチョイスだとは思ったけど、それもこれもさかなんが焼いてくれた若狭焼きのおかげ! こんなとんでもないマリアージュになるとか思わないじゃんさ、普通!」
『百合華が荒ぶってる……そんなにか』
『うわ、めっちゃ気になるんだけど。今度自分で注文してみよっかな』
『さかなんの声がえちぃ』
「おいこら、不埒な奴が一人紛れ込んでやがるぞ! いや気持ちはわかるけど」
「ちょっと百合華さん!?」
正直、さかなんの台詞だけ抜き出しておきたい。とか変態チックなこと言ったらドン引きされるだろうから言わないけど。
いやほんと、混乱するくらい美味いわ、これ。
「ちょ~っとね、甘く見てましたわ、アマダイだけに。……いやごめん、今のなし、カットカット!」
『酔っ払ったこと言ってんじゃねーぞ』
『なんだ、一升飲めるとか言っておきながら二口で回ってんのか』
『さっむっ』
「容赦ない言い方やめてくれませんかねぇ!? 今のはあたしも寒いと思ったからカットって言ったんじゃん!」
「ま、まあまあ、落ち着いて。……でもほんと、私もびっくりしました。お魚と日本酒って、合わせるとこんなに美味しくなるんですねぇ……」
「そうなのよそうなのよ、他にもたくさん美味しいお酒はあるんだけどさ、魚に合わせるとなると日本酒が一番だと思うんだよね、あたしは。
あ、言うまでもなくあたし個人の感想ね? 他のお酒が合うって人を否定するもんじゃないのであしからず」
「なるほどぉ。ちなみに、イタリアンやフレンチだと魚料理には白ワイン、肉料理には赤ワインなんていいますけど、百合華さん的にはどうです?」
「あ~、あたしとしては肉料理に赤ワインは間違いないと思う。魚料理に白ワインは、たまに『あれ?』って思うことがあるんだよねぇ。
なんか、ミネラル分強めの白ワインの方が魚には合うんだとか聞いた事があるんだけど」
『うわ、めっちゃ語るし』
『ただ勉強にはなるなぁ。そこまで考えたことなかった』
『もう我慢できん、俺は飲むぞ!』
「お~、飲め飲め、多分その方が楽しいぞ~。考えながら飲むのもありっちゃありだと思うのよね。好きな組み合わせ見つけると楽しみ方がレベルアップした気になれるし」
「好きな組み合わせ、ですかぁ。この若狭焼きにはこの日本酒がばっちり過ぎて、他のが考えにくいんですけど……じゃあ、ヤガラの煮付けには何が合うんでしょう」
「そだねぇ、やっぱり日本酒だと思うんだけど……こってり目だから、こっちのかな?」
あたしは濃い目の魚料理には甘めの日本酒を合わせるのが好きなんだけど、さてどうだろう。
キリッと辛口なので口の中を綺麗にしちゃうのもありはありだし。
「あ、じゃあ若狭焼きも減ってきましたし、そろそろ煮付けの方に火を通してきますね」
「は~い、お願~い」
そういうと、さかなんが立ち上がる。
『貴様も働け百合華』
『さかなんだけ働かせるとはいい身分だな、おい』
「いや、あたしだって何かしたいけどさ、煮付けに火を通すだけなんだから、あたしまで行ったら邪魔じゃん?
それにあたしが何かしたら、煮付けに不純物が混じるじゃん?」
『なるほど、それは確かに』
『お前が触れたら、さかなんの手料理の価値が下がるな』
『いや、それはそれであり』
「君達、一度じっくり話し合おうか?」
相変わらずあたしに対しては辛辣なコメント達に対して、一人で喧嘩を売るあたし。
ぎゃあぎゃあやりあってたら、ふんわりと良い匂いがただよってくる。
あ、これは煮付けも絶対美味しいわ。
そう確信しながら、さかなんが煮付けを持ってくるのを心待ちにしつつ、あたしはコメント達との舌戦を繰り広げるのだった。
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