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昨夜の問い

朝日が昇るにつれ、比叡山の深い霧が徐々に晴れ、木漏れ日が斜面を黄金色に染め始める。斬童丸と忍葉は無言のまま険しい山道を登っていた。草木の匂いが漂う中、足元で小石が崩れる音が響く。二人の背には、戦いの疲労が色濃く刻まれていた。


斬童丸はふと、昨夜の忍葉とのやり取りを思い出す。復讐の道を捨てるなど考えたこともなかった自分が、今は人を切ることに迷いを感じている。自分の心が揺らいでいるのが分かっていた。


「忍葉……」


口を開いた斬童丸が、ふと後ろを歩く彼女を振り返る。


「お主は俺に仲間を斬られたのに、憎くないのか?」


忍葉は目を伏せたまま、一度足を止める。その目は疲れていながらもどこか鋭く光っていた。


「さあな。お主と剣を交える前の儂なら、何か思ったかもしれぬが……今となっては、どうでもよいことだ」


言い終えると、忍葉は斬童丸を追い抜き、軽やかに山道を歩き始める。その背中に、斬童丸はどこか孤独と覚悟の影を感じた。彼女もまた、この旅路で何か変わったのかもしれない。


突然、「ギィン」と鉄の擦れる音が響いた。斬童丸が音のする方に振り向くと、額に何か重いものが激突した。意識が一瞬遠のき、視界が反転する。天と地がひっくり返り、身体が背中から地面に叩きつけられた。


(一体何が!?)


倒れ込む斬童丸に駆け寄る忍葉。その視線の先には、血染めの分銅を拭う一人の男の姿があった。甲賀の者と分かるその男は、堂々と立ち、まるで獲物を見定める猟師のように冷ややかな笑みを浮かべている。


「忍葉……あやつを知っているのか?」


苦しげに呟く斬童丸の問いに、忍葉は険しい顔で頷く。


「ああ、儂の師、『甲賀の火』の烈司だ」


その名前に重みを感じさせるように、忍葉の手が震えているのが分かる。彼女が震えるほどの相手――いったいどれほどの強者なのか。


「忍葉、その足を止めたということは、ここで終わりにする覚悟か?」


烈司が静かに問いかける。その声は冷たく、迷いが一切なかった。


「師匠……儂は、甲賀の道にはもう戻らぬ!」


忍葉が前に出る。それに烈司は冷笑を浮かべた。


「甲賀を捨てた者が、何を語る? 忍に失敗は許されん。それがお前も学んできた掟ではないのか?」

「掟が何だ!」


斬童丸が鋭く言い放つ。


「お主の弟子が、自分の道を選ぼうとしている。それを見守るのが師というものではないのか!?」

「愚かな……忍は道具。道具が自身の道を選ぶなど論外だ!」


烈司の手がゆっくりと腰の鎖鎌に伸びる。


烈司が鎖鎌を振りかざすと同時に、火薬の仕掛けが爆ぜ、激しい炎が斬童丸たちを包む。目もくらむような熱気の中、斬童丸は刀を抜き、炎の隙間を狙う。


「忍葉、援護を頼む!」

「分かっておる!」


忍葉は鋭い動きで手裏剣を投げ、烈司の進路を阻む。だが、その全ては烈司の鎖鎌に絡め取られ、弾き飛ばされる。


「お前たちの連携など、幼稚!」


烈司の鎖鎌が再び唸り、斬童丸の太刀と激しくぶつかる。火花が散り、金属音が山中に響き渡る。

斬童丸の剣術は次第に烈司を追い詰めていく。武士として研ぎ澄まされた技は、一撃一撃が重く、烈司の身を確実に削っていった。


「さすがの剣術。だが、それだけでは俺は斬れん!」


烈司の目が鋭く光り、腰の火薬袋を口に含む。瞬間、口元から炎が噴き出した。激しい轟音と共に、斬童丸は後退を余儀なくされる。


「これが甲賀の“火”の通り名だ……」烈司の口から放たれる炎は、まさに地獄の業火そのものだった。


「斬童丸!」


烈司の猛攻の前に、斬童丸が一瞬怯む。その時、忍葉が前に出た。


「師匠、儂はここであなたを超える! これが儂の新しい道じゃ!」


そう言うと、忍葉も同じように火薬を口に含み、炎を吹き放つ。二つの業火が空中で激突し、広場を眩い炎で包む。烈司は一瞬、目の前が光に覆われた。


「今だ!」


斬童丸はその隙を逃さず、一気に烈司の間合いに飛び込む。刀が烈司の胴を一閃する。烈司はその場に膝をつき、血を流しながらも微笑む。


「見事だ……忍葉、そして斬童丸。お前たちの道は、こうして新たに始まる。忍葉、お前は忍でなくとも生きられる。斬童丸……お前が忍葉を導いてやれ……」


烈司は苦しげな声で言葉を紡ぎ、最後に微笑んだ。


「師匠……」忍葉は涙を流しながら、烈司の手を握り締める。

烈司はそのまま動かなくなった。


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