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お前あの祠壊したんか

作者:

「お前あの祠壊したんか!」

「違います!僕じゃないです!」


森の中で写真を撮りたいな、と思い立って日に2本しかバスのない村に来たのが1時間前。

木漏れ日と緑の香る風に癒されながらいい景色を探していたのが30分前。


「とぼけるな!その手にあるのは祠の屋根板だろう!余所者がなんてことをしてくれただ!」

「どしたですか村長!ああ!祠が!」

「土地神さまがお怒りになる!なんてことを!なんてことを!」


どこからともなく現れた爺共に囲まれたのが5分前。


「いやこれは違って、僕は祠を――」

「土地神さまに害をなそうとしたのだろう!捕まえろ!」


後頭部に鈍い衝撃を感じたのが、今。

薄れゆく意識の中で、こちらを見ていた野良猫と目が合った。

猫にさえ哀れまれている気がする、一体僕が何をしたって言うんだ。




意識を取り戻すと、僕は薄暗い部屋に居た。かびのような嫌な臭いがする、納屋かなにかだろうか。

両手が後ろ手に縛られていて身動きが取れない。口に布も噛まされていて喋ることもできない。逃走防止のためか、靴も盗られ裸足にされている。


「気が付いたか余所者」


戸が開き、外からの陽光が差す。祠の前で僕に絡んできた爺たちが僕を見下ろしている。

何するんだよ、離せ、と言いたいが、口が塞がっているせいで何も伝えられない。


「お前さんが壊したあの祠は、この村を守ってくだすってる土地神さまのもんだ」

「土地神さまの祠を壊しちまっただから、さぞお怒りになっていることじゃろう」

「土地神さまはこの村に豊穣をもたらしてくれる大事な神様なんじゃ、余所者に冒されるなぞもってのほか」


爺たちが凄まじい剣幕で怒っている。祀られている神様はこの村にとってとても大事な存在なのだ、お前はそれを怒らせたのだ、という内容のことを延々と繰り返される。

すると、突然空が暗くなり、ざあざあ降りの雨が降り出した。風も強くなり、納屋が軋んでいる。


「ほら!土地神さまの祟りじゃ!お怒りじゃ!」


爺共がさらに騒ぎ始める。


「土地神さまのお怒りを鎮めるには、儀式をせねば」

「供物となるがいい、余所者」


――!!

縛られて転げさせられている僕の服に、爺共が手をかけた。引きちぎるようにシャツを剝ぎ取られ、ベルトにも手を掛けられ、一糸まとわぬ姿にさせられた。

爺の一人が、老齢とは思えない力で大きな樽を持ち上げている。その中身を、僕目掛けてぶちまけた。

酒だ。

甘ったるい匂いのする酒を、全身に浴びせかけられる。


「その躰を土地神さまに捧げるのだ」

「神聖な酒で清めて捧げるのだ」

「魂を抜いた躰を捧げるのだ」


爺その2が水の張られた小さな桶を持ってきた――いや、この中もおそらく酒だ。

乱雑に僕の頭を鷲掴みにし、桶に張られた酒に押し込む。

目に入らないように強く目を瞑るが、嚙まされた布が酒を吸い、口の中に嫌でもアルコールの香が入ってくる。

――苦しい。

このまま呼吸ができずに死ぬのだろうか?魂を抜いた、ってそういうこと?

どうにかもがいて顔を出そうとするが、強い力で押し込まれて何もできない。

このまま死ぬのは嫌だ!


「にゃあああああん」


そのとき、猫の鳴き声が響き渡った。

沈められている耳にさえ届く、本当に猫か?と思うほど大きな鳴き声。

刹那。

頭を押さえつけていた手の力が、突然緩んだ。

僕は急ぎ体を起こし、水面から顔を引き離す。肩で息をしながら、周りを見渡す。先ほどまで頭を押さえつけてきていた爺が、気を失ったように床にのびている。


「どこから入ってきただ!」

「獣風情が邪魔をするでない!出てけ!」


残りの爺たちが、乱入者……乱入猫?に掴みかかる。

猫はひらりとそれらを躱すと僕の元へ寄り、手を縛っていた紐を器用に引き裂いた。

爺たちが再び猫に襲い掛かろうとするが、猫が爛々とした金の眼で睨みつけると、爺たちはぴたりと動きを止め、その場に倒れた。


「今じゃ、はようここから逃げるぞ」


僕は頷き、立ち上がると、猫の後を追うように納屋を出た。雨は止んでいたが、ぬかるんだ土が素足に絡んで気持ちが悪いし、素肌に冷えた空気が刺さる。爺が巻いていたタオルを奪い取って局部だけ隠しているが、ほぼほぼ全裸である。酒にあてられて足取りは覚束なかったが、ふらつくなりに全力で納屋から離れた。


暫く逃げ、祠まで帰ってきた。痛みより恐怖が勝っていたからか、山道を素足で登ったため足に傷が沢山できていることに、落ち着いてからようやく気付いた。

襲われたときに落としたのか、カメラと鞄は祠の前に落ちていた。

ここは雨が降っていなかったようで、どちらも濡れておらず、抜かれた様子もなく、無事だった。


「はああああ、何だったんだ本当に」


疲れた。僕は祠の前に座り込んだ。腰を下ろした僕の前に、助けてくれた金目の黒猫が、しおらしそうに座った。


「我が土地の民が申し訳ないことをした、どう詫びてよいものか」


猫が喋っている。


「ええと、これは酒のせいで見てる幻覚……とかじゃないよね?」

「お主には悲報かもしれぬが、現実じゃな。わらわの失態を穴埋めしようとしてくれたというのに、本当に申し訳なかった」


目の前の黒猫がほのかに金色に光ると、一瞬の後に黒髪金目の少女の姿になった。

そう、僕は、祠を壊したのではなく。

――猫が壊した祠を、直そうとしたんだ。


「変化の術に成功したのが嬉しくての、はしゃいでおったら祠の板が外れてしもうて……そこにお主が通りかかって、外れた板を嵌めてくれようとしておったのに、馬鹿どもが話も聞かずにつれていってしもうた。すまなかった、本当に」

「君が謝ることじゃないよ、気にしないで」

「……殺されかけたというのに、わらわを許してくれるのか?」

「許すも何も、君はなにもしてないでしょ。あの爺たちが勝手にやったことだよ」


僕は右手を伸ばし、目の前の少女?の頭を撫でた。

少女は気持ちよさそうに目を細め、僕の手に頭を擦り付け返したが、はっと我に返り目を開いた。


「……お主、良いニオイがするな」

「浴びせられた酒のせいかな……早く洗ってしまいたいよ」

「そういえば衣服も奪われてしまっておったのだったな、しばし待て」


少女が目をつむり僕に向けて手をかざすと、ここに着てきたものとほぼ同じような服が身に纏わされた。

……ほぼ、というのは、まぁ目に見えていなかった下着部分が無いってことで。少なくとも外見の分は、靴も含めて、着てきたとおりの見た目になった。


「これでよいか?わらわが覚えている限りを再現したが」

「十分だよ、ありがとう」


気づけば日も傾き始め、空が赤く染まろうとしている。


「そろそろ帰らないと、バスが行ってしまう」


鞄を手に取り立ち上がると、そばに落ちていた祠の板を、爺共に襲われる前にやろうとしたように、元の位置に嵌めなおした。


「ありがとう、心優しき青年よ」

「じゃあね、助けてくれてありがとう。土地神さま……でいいのかな」

「わらわに名前はないからな、好きに呼んでくれて構わぬ」


土地神さまに見送られ、僕は村を後にした。

酒のせいでついた甘い匂いと、衣擦れでくすぐったい躰を抱えながらバスに揺られる。どっと疲れたためか、体も荷物も気持ちも重い。早く帰って風呂に入りたい……。




あれから半月ほど経ったころ、その村の辺りに、全国ニュースになるほどの記録的な大雨が降った。

村で土砂崩れが起き、甚大な被害がでたらしい。

夕立の音を聞きながらソファに寝そべってスマホを弄っていると、頭上に黒猫がのそりと寄ってきた。

彼女は僕の頬を舐める。

甘い匂いは未だ、取れていない。


X(旧Twitter)で1rp500字チャレンジした際の作品です。

5rpだったので2500字ですが500オーバーしました

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