#4『入団挨拶』
そして、翌日。
人見は、ブレイブハーツの入団会見のため、
錦糸町からも一駅とすぐ近い、押上に来ていた。
上を見上げてみれば、そこには現代の新たな東京のシンボルたるスカイツリーがそびえ立っている。
そのためここ押上は、そんなスカイツリーを登ろうと、国内外の観光客でひしめく、都内有数の一大観光地なのである。
そして、そのすぐ横。
スカイツリーと並び立つように立つ、高層ビル。
そこに今回の舞台となるブレイブハーツの球団事務所がある。
「──人見くん、ようこそ下町ブレイブハーツへ」
そんな高層ビルをエレベーターで登り。
事務所へと足を踏み入れ、用意された部屋で待機していた人見を待ち受けていたのは、そんな優しげに語りかける声だった。
「……って言っても、私もついこの前監督になったばかりなんだけどね。そういう意味では私たちは似たもの同士って訳だ」
なんて、彼はおちゃらけた様子で話す。
かつてのストイックで寡黙な選手のイメージを持っている人からすれば、なかなかに意外な光景であったことだろう。
「…………よろしくお願いします、諸星さん」
「あぁ、よろしく。人見くんには是非ウチのチームに来て欲しいと思っていたんだ。君の入団を歓迎するよ」
そんなやり取りを交わして、2人は笑顔で握手を交わす。
瞬間、眩しいフラッシュが点滅するように打たれ、シャッター音が部屋に鳴り響いた。
ただし、その持ち主はマスコミではなく、球団スタッフだ。
恐らく、球団のSNSにあげる用の写真か何かだろう。
──そして。
それから暫くの間。
社交辞令的な挨拶や会話が行われ、ひと段落がついた。
「──うむ、入団会見までにはまだ時間があるな……」
すると、片手で顎を撫でながら、諸星がそんな事を呟き。
後ろへと、振り返る。
「スタッフさん。申し訳ないんだけど、会見の準備を始める時間になるまでの間、少し席を外してくれないか? ────彼と、少し2人きりで話したいんだ」
「……わ、分かりました!」
彼のそんな言葉を受け、スタッフらが慌てて部屋を後にする。
ガチャリ、と扉の閉まる音が響く。
そうして、正真正銘。
この部屋にいる者は、人見と諸星の2人だけになった。
「──ぷはぁ。やはり、こういうのは疲れるよなぁ……!!」
そして、そうなったかと思えば。
諸星は大きく息を吐いて、これまた大きく伸びを始める。
先程までどこか張り詰めていた空気が、一気に崩壊した。
「君もそう思うだろう? 蒼矢くん」
しかし、そんな彼の予想外とも言える様子に対して。
人見は完全に呆れた表情で、ジト目になる。
「……いいんすか、そんな感じで自チームの選手と絡んで」
「過剰な馴れ合いは推奨されないんだろうが……。ビジネス的にしか関わらないというのもつまらないと思わないか?」
「……まぁ、それはそうですね」
「だろう? むしろ、お互い過度に気を遣わず会話が出来るのは良いことじゃないか。それに、今は誰もいないんだし全く問題はないだろう、うん」
諸星が、自分自身で納得といったように、うんうんと頷く。
まぁそれなりに言っていることは理解できるので、人見はもうそこに言及するのはやめておくことにした。
「──それにしても、こうして話すのは案外久しぶりか」
「そうですね。……だいたい、4年前くらいになりますか」
「そうか、もうそんなに経つのか。そう言われて見れば、また見ない間に、大きくなったんじゃないか?」
「それって、27歳にかける言葉じゃないですよ? まぁ、確かに身体つくった分大きくはなってるとは思いますけども」
人見が冷静にそんなツッコミをいれる。
そして、彼の言葉に対しては、諸星が「冗談だ」と笑う。
そこには……目立った遠慮のようなものはなく。
なんだか、お互い慣れ親しんだような空気が広がっていた。
「──それで、聞きたいことがあるんですけど」
そして、ワザとらしい軽く咳払いをしてから。
とくに躊躇うこともなく人見が問いかける。
「このトレード、いつ決まったものなんです?」
「うーむ。それは球団の内情になるから、そうおいそれと答えられることじゃないぞ」
「急に真面目な大人になりましたね。まるで監督みたいです」
「……そういう君も、結構ふざけてるじゃないか」
今度は、諸星の方が目を細める。
「──まぁ、結論から言ってしまえば。私の就任日だ」
しかし、後ろを向いて腕を組んでから。
躊躇う姿勢を見せていた割には諸星があっさりとそう答える。
その言葉に、人見は予想通りといったように微笑し。
「なるほど。──ようするに、やっぱりこのトレードの“差し金”は諸星さんってことすか」
「…………君は、そう思うのか?」
諸星はニヤッと笑い、逆にそう問い返す。
人見の答えとしては、「YES」である。
そもそも、否定しなかった時点で肯定と見ていいだろう。
「じゃあ一応、聞きますけど。どうしてこのトレードを?」
そんな、彼の単純な問いかけに対して。
諸星は再びニヤリと笑って、
彼のしっかりと目を見据えてから、語り出す。
「そうだな……。どうやら、蒼矢くんは私が『私情』で動いているんじゃないかと疑っているようだが……」
そう前置きしてから、彼は言い放つ。
「──まず、最初にこれだけは言っておく。私はひいきでキミを取ったんじゃない」
先程までの柔らかな表情とは、まったくの別。
現役時代を思い返させるような真剣な表情で。
諸星は、はっきりとそう宣言するのだった。
「私は別に『君だから』取った訳じゃない。……いや、この言い方だと語弊があるな……。うーむ……そう、つまり──」
そして、今度はまた少し表情をやわらげて、なんと言えば良いものか……と言うように軽く腕を組んで少し唸ってから。
一旦言葉を切って、再び語り出す。
「──私は、君の能力を買って取ったんだ。君がいればこのチームは優勝できる、とね」
「………………はい?」
『優勝』。
そんな諸星の口から出た言葉に、人見が思わず声を漏らす。
そして、そんな彼の頭の中には。
『それにさ。俺たち2人の力で、地元の球団を初優勝に導くってのも面白そうだよな』
『……それも本気で言ってるのか?』
『勿論、俺たちなら絶対できる』
昨日の廣中との会話の記憶が蘇っているのだった────。
【人見蒼矢 選手名鑑⑤】
《5年目》
野手転向2年目にして、ついに期待の若手がブレイク。主力の怪我もあり「6番セカンド」で開幕レギュラーを掴むと、開幕試合でサヨナラタイムリーを放つ活躍を見せ、そのままスタメンに定着し規定打席にも到達。また、7月には延長12回に捕手として出場するなど、数字では図れない活躍も見せた。
[成績]
.248(413-100) *8本 42打点 *9盗塁 OPS.688
136試合 二塁打25 三塁打1 四球49 死球2 犠飛3
出塁率.323(467-151) 長打率.366(413-151)
IsoD.075 IsoP.115 20犠打 (488打席)