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器用貧乏のプロ野球サバイバル記  作者: あるでぃす
『オフシーズン』編
4/27

#3『名コンビ再結成』





「そういや、もう身体の調子はいいのか?」


「そりゃな。……つーか、9月にはもう復帰してたの、蒼矢は知ってるだろ?」


何を言ってんだ、とばかりに人見にジト目を向ける。

実際、復帰後にも直接対戦しているのだから尚更だろう。


復帰戦でいきなり8回120球1失点。その後も中5中4で投げ、チームの逆転CS出場に貢献。そして、そのCSでも1戦目から登板しているのだから、そのタフさは相変わらずだ。



「まぁな。でも、悠佑は昔からそういうこと隠す奴だし。無理して出てるんじゃねーかなって心配でさ」


「そんなことねー……いや、否定はできねぇけど、今回は本当に問題ないから」


流石に自分自身の認識でも、昔のことは色々と心当たりがあったらしい。彼にしては珍しい反応を見せる。

ただ、今回に関しては本当に隠している訳ではなさそうだ。長年の付き合いだからだろうか。人見は、自然とそう思った。




「──けど、その怪我のせいで今季は散々だったけどな。規定にも入れないし、貯金も作れずに終わっちまったし」


「俺も今季は散々だったよホント。いや、俺の場合はずっとなんだけどさぁ……」


人見は、グラスに残っていた残りの酒を一気に呑んでから、自虐めいた溜息を吐いた。

そんな彼の様子と物言いに、廣中が思わず苦笑する。



「いやいや。なに言ってんだ蒼矢、去年は普通に規定打席立って2割7分打ってるじゃねーか。それに今季だって、俺は散々打たれた思い出しかねーぞ」


「……まぁ、それはほら。お前には負けたくないからさ」


「から?」


「実はすげぇ研究してる。配球の傾向とかクセとか色々」


「はぁ!? クセ!!? マジかよ!!?」


串を持って、焼き鳥を口にふくんだまま。

廣中が立ち上がって叫び声を上げる。


もし、ここが普通の居酒屋だったのなら、周囲の客が全員こちらへ振り返っていたことだろう。




「ちくしょう、どうりで蒼矢には打たれる訳だ。……因みに、それってどんな癖なんだ?」


「あー……。そうそう、変化球を投げるときは左足のつま先が垂れるんだよ、お前」


「なるほど……これからを気をつけて──ってぜってー嘘じゃねえか!!」



廣中の渾身のノリつっこみに、人見が「バレたか」と笑う。


……実際には、クセというより、最早人見だからこそ分かる微かな感覚レベルの違いなので、教えたところでそう簡単に直せるものではないだろう。それを見つけ、活かせるような奴も他にはいないだろうし問題はない。






──そして、


それから、過去の思い出や今後の目標などを2人で語り合い、気がつけばかなりの時間が経過していた。


人見が腕時計を確認して、残っていた最後の焼き鳥を飲み込んでから、口を開く。



「最初、トレードって聞いた時は色々ショックだったんだけどさ。むしろ心機一転って意味で、ちょうど良かったのかもな」


「……………そうだよな」



廣中は……そう、短く呟くようにして


そして、暫しの沈黙の後。

彼は、ニヤッと笑って。




「──よし、決めた」


「……? 決めたって、何をだよ」


突然の物言いに、怪訝な顔を見せる人見に対して。




()()()だよ、FAの」



なに言ってんだ?……とでも言うかのように。

廣中が、あっさりとそんなことを言ってのける。



それでようやく、人見は思い出す。


そういえば、廣中は今季の夏頃にFA権を取得していたのだ。

オフに早速宣言をしていたのも、ニュースで見ていた。


今日は彼にその事についても聞こうとは思っていたのだが、すっかり忘れていたのだった。




というか、ここまでの話の流れ的に……。



なんとなく、この先の展開が読めてしまった。

一応の確認のために、人見は問いかける。



「お前、まさか──」



「──あぁ、俺もブレイブハーツに行くわ」





そんな彼の結論に、「やっぱりか……」と、人見は声を漏らした。予想はやはり的中していたのだった。



「実は、前からオファーが来ててな。今日こっちに帰ってきてたのもそういう理由なんだよ」


ようするにお前と一緒さ、と廣中が言う。

つまり、FAの交渉ということか。どうやら、ブレイブハーツは既に廣中獲得に動いていたようだ。





「……本気なのか?」


「勿論、冗談でこんなこと言わねーよ」



本気か嘘か、真意を図りかねる人見の問いかけに対して、廣中ははっきりと、彼の目を見据えてそう言い返す。




「まぁ実際今んとこ一番条件がいいしな。むしろ破格ってくらいに。あと、東京に帰れるのは結構魅力的だよな。……あぁそれに、久しぶりに蒼矢とバッテリーも組みてぇな」


「……おい、まさか俺にキャッチャーやれっていうのか?」


「まぁ、蒼矢なら出来るだろ? 今季はやってなかったけど、ときどきやってるとこ見てるぞ」


「知ってるんだぜ」と、廣中がドヤ顔でそんな指摘する。



(いや、そういう便利屋的起用法とはまた違うだろ……。)


微妙な苦い表情で、人見が目を細める。

確かに稀にキャッチャーをやることはあるのだが、あくまで延長などの緊急時に特例的にやっているだけなのだ。

基本練習なんかしていないキャッチャーをやるってことが、どれだけ負担になるかを分かっているのだろうか。



……しかし、楽しそうに話す廣中の様子を見ていると。


人見はそんなことは言い返す気にはなれなかった。





「──それに、来季からあの諸星さんがブレイブハーツの監督になるんだろ? あの人のもとでやれるってんなら、それだけでむちゃくちゃ最高な経験だしな」



「──あー、……そうなんだよなぁ」


人見は、顔を手で覆うようにしながら、深いため息を吐く。

この前に行われた彼の就任会見は、下町ブライブハーツファンだけでなく、全プロ野球ファン。そしてそれ以外の者にさえも、大いに注目されたところである。



「ははっ、蒼矢。すげー顔してんぞ」


そんな彼の様子を見て、廣中が笑い声を上げる。

彼らの様子は、今まさに対照的であった。



「そうか。明日会見ってことは、諸星さんと話すことになる訳だ。やっぱ()()()()()()()か?」


「まぁ……色々とな。ほんと」



人見が、心の底から億劫そうな声を漏らす。

何故か、()()()()()()()()()()()()()()のに、だ。


野球選手や野球ファンであるならば、普通なら()()()()()()()()である筈なのに、だ。




ただし、そんな様子の人見を見ても。


廣中は特にそれを指摘することもなく、話題を変える。






「それにさ。俺たち2人の力で、地元の球団を初優勝に導くってのも面白そうだよな」


「……それも本気で言ってるのか?」


「勿論、俺たちなら絶対出来る」


そう言って、彼はニカっと笑う。

自身の考えを欠片も疑っていなさそうな、純粋な目だった。




(ったく、相変わらず簡単に言ってくれるな……)


人見が相変わらずな廣中の心の中でため息をつく。


しかし、昔から彼のそんなところは嫌いではなかった。

いや、むしろ何度もその姿に励まされてきた。


たとえどれほど困難な事だろうとも、それを覆すくらいの才能、そして努力があるからこそ、それを馬鹿にする奴は彼の周りにはいなかった。







「──そういう訳だ。また同じチームで頑張ろうぜ。相棒」


そう言って、廣中は右腕を曲げてガッツポーズのような形にして前に突き出す。いわゆる、腕タッチ的なやつだ。


2人でハマっていた洋画の影響で、高校の頃からこんな よくやっていたのを思い出す。



──廣中悠佑。

情熱的で。ストイックで。喧嘩っ早くて。友人想いで。

そして、誰よりも長く自分が野球を共にやってきた相手。



そんな奴と約10年ぶりにチームメイトになる。

自然と、これまでの数々の記憶が思い返される。




……また、色々と大変な日々が始まりそうだ。


人見は、少なくとも。そんな確信だけは感じていた。





(……ま、でもそれも悪くないか)



けれども、彼は心からそう思えた。


だからこそ、軽くはぁと息を吐いて。





「──おう!!」


廣中と同じように、力を込めた腕を突き出して。





軽く。それでいてガッチリと。


お互いの腕をぶつけ合った。











【人見蒼矢 選手名鑑④】


《4年目》

野手転向1年目の今年は開幕2軍スタート。しかし、いきなり3割を超える打率を残すと6月には昇格。その後は打率.224ながらも、1軍の内外野をそつなく守り、ときには代打や代走の役割も担うなど、チームを支える活躍を見せた。


[成績]

.224(*76-*17) *2本 *9打点 *2盗塁 OPS.653

*43試合 二塁打*4 三塁打0 四球*8 死球0 犠飛0

出塁率.298(*84-*25) 長打率.355(*76-*27)

IsoD.074 IsoP.131 *4犠打 (*88打席)


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