#3『名コンビ再結成』
「そういや、もう身体の調子はいいのか?」
「そりゃな。……つーか、9月にはもう復帰してたの、蒼矢は知ってるだろ?」
何を言ってんだ、とばかりに人見にジト目を向ける。
実際、復帰後にも直接対戦しているのだから尚更だろう。
復帰戦でいきなり8回120球1失点。その後も中5中4で投げ、チームの逆転CS出場に貢献。そして、そのCSでも1戦目から登板しているのだから、そのタフさは相変わらずだ。
「まぁな。でも、悠佑は昔からそういうこと隠す奴だし。無理して出てるんじゃねーかなって心配でさ」
「そんなことねー……いや、否定はできねぇけど、今回は本当に問題ないから」
流石に自分自身の認識でも、昔のことは色々と心当たりがあったらしい。彼にしては珍しい反応を見せる。
ただ、今回に関しては本当に隠している訳ではなさそうだ。長年の付き合いだからだろうか。人見は、自然とそう思った。
「──けど、その怪我のせいで今季は散々だったけどな。規定にも入れないし、貯金も作れずに終わっちまったし」
「俺も今季は散々だったよホント。いや、俺の場合はずっとなんだけどさぁ……」
人見は、グラスに残っていた残りの酒を一気に呑んでから、自虐めいた溜息を吐いた。
そんな彼の様子と物言いに、廣中が思わず苦笑する。
「いやいや。なに言ってんだ蒼矢、去年は普通に規定打席立って2割7分打ってるじゃねーか。それに今季だって、俺は散々打たれた思い出しかねーぞ」
「……まぁ、それはほら。お前には負けたくないからさ」
「から?」
「実はすげぇ研究してる。配球の傾向とかクセとか色々」
「はぁ!? クセ!!? マジかよ!!?」
串を持って、焼き鳥を口にふくんだまま。
廣中が立ち上がって叫び声を上げる。
もし、ここが普通の居酒屋だったのなら、周囲の客が全員こちらへ振り返っていたことだろう。
「ちくしょう、どうりで蒼矢には打たれる訳だ。……因みに、それってどんな癖なんだ?」
「あー……。そうそう、変化球を投げるときは左足のつま先が垂れるんだよ、お前」
「なるほど……これからを気をつけて──ってぜってー嘘じゃねえか!!」
廣中の渾身のノリつっこみに、人見が「バレたか」と笑う。
……実際には、クセというより、最早人見だからこそ分かる微かな感覚レベルの違いなので、教えたところでそう簡単に直せるものではないだろう。それを見つけ、活かせるような奴も他にはいないだろうし問題はない。
──そして、
それから、過去の思い出や今後の目標などを2人で語り合い、気がつけばかなりの時間が経過していた。
人見が腕時計を確認して、残っていた最後の焼き鳥を飲み込んでから、口を開く。
「最初、トレードって聞いた時は色々ショックだったんだけどさ。むしろ心機一転って意味で、ちょうど良かったのかもな」
「……………そうだよな」
廣中は……そう、短く呟くようにして
そして、暫しの沈黙の後。
彼は、ニヤッと笑って。
「──よし、決めた」
「……? 決めたって、何をだよ」
突然の物言いに、怪訝な顔を見せる人見に対して。
「移籍先だよ、FAの」
なに言ってんだ?……とでも言うかのように。
廣中が、あっさりとそんなことを言ってのける。
それでようやく、人見は思い出す。
そういえば、廣中は今季の夏頃にFA権を取得していたのだ。
オフに早速宣言をしていたのも、ニュースで見ていた。
今日は彼にその事についても聞こうとは思っていたのだが、すっかり忘れていたのだった。
というか、ここまでの話の流れ的に……。
なんとなく、この先の展開が読めてしまった。
一応の確認のために、人見は問いかける。
「お前、まさか──」
「──あぁ、俺もブレイブハーツに行くわ」
そんな彼の結論に、「やっぱりか……」と、人見は声を漏らした。予想はやはり的中していたのだった。
「実は、前からオファーが来ててな。今日こっちに帰ってきてたのもそういう理由なんだよ」
ようするにお前と一緒さ、と廣中が言う。
つまり、FAの交渉ということか。どうやら、ブレイブハーツは既に廣中獲得に動いていたようだ。
「……本気なのか?」
「勿論、冗談でこんなこと言わねーよ」
本気か嘘か、真意を図りかねる人見の問いかけに対して、廣中ははっきりと、彼の目を見据えてそう言い返す。
「まぁ実際今んとこ一番条件がいいしな。むしろ破格ってくらいに。あと、東京に帰れるのは結構魅力的だよな。……あぁそれに、久しぶりに蒼矢とバッテリーも組みてぇな」
「……おい、まさか俺にキャッチャーやれっていうのか?」
「まぁ、蒼矢なら出来るだろ? 今季はやってなかったけど、ときどきやってるとこ見てるぞ」
「知ってるんだぜ」と、廣中がドヤ顔でそんな指摘する。
(いや、そういう便利屋的起用法とはまた違うだろ……。)
微妙な苦い表情で、人見が目を細める。
確かに稀にキャッチャーをやることはあるのだが、あくまで延長などの緊急時に特例的にやっているだけなのだ。
基本練習なんかしていないキャッチャーをやるってことが、どれだけ負担になるかを分かっているのだろうか。
……しかし、楽しそうに話す廣中の様子を見ていると。
人見はそんなことは言い返す気にはなれなかった。
「──それに、来季からあの諸星さんがブレイブハーツの監督になるんだろ? あの人のもとでやれるってんなら、それだけでむちゃくちゃ最高な経験だしな」
「──あー、……そうなんだよなぁ」
人見は、顔を手で覆うようにしながら、深いため息を吐く。
この前に行われた彼の就任会見は、下町ブライブハーツファンだけでなく、全プロ野球ファン。そしてそれ以外の者にさえも、大いに注目されたところである。
「ははっ、蒼矢。すげー顔してんぞ」
そんな彼の様子を見て、廣中が笑い声を上げる。
彼らの様子は、今まさに対照的であった。
「そうか。明日会見ってことは、諸星さんと話すことになる訳だ。やっぱ色々と気が重いか?」
「まぁ……色々とな。ほんと」
人見が、心の底から億劫そうな声を漏らす。
何故か、球界の伝説と話すことが出来るのに、だ。
野球選手や野球ファンであるならば、普通なら最高に嬉しいことである筈なのに、だ。
ただし、そんな様子の人見を見ても。
廣中は特にそれを指摘することもなく、話題を変える。
「それにさ。俺たち2人の力で、地元の球団を初優勝に導くってのも面白そうだよな」
「……それも本気で言ってるのか?」
「勿論、俺たちなら絶対出来る」
そう言って、彼はニカっと笑う。
自身の考えを欠片も疑っていなさそうな、純粋な目だった。
(ったく、相変わらず簡単に言ってくれるな……)
人見が相変わらずな廣中の心の中でため息をつく。
しかし、昔から彼のそんなところは嫌いではなかった。
いや、むしろ何度もその姿に励まされてきた。
たとえどれほど困難な事だろうとも、それを覆すくらいの才能、そして努力があるからこそ、それを馬鹿にする奴は彼の周りにはいなかった。
「──そういう訳だ。また同じチームで頑張ろうぜ。相棒」
そう言って、廣中は右腕を曲げてガッツポーズのような形にして前に突き出す。いわゆる、腕タッチ的なやつだ。
2人でハマっていた洋画の影響で、高校の頃からこんな よくやっていたのを思い出す。
──廣中悠佑。
情熱的で。ストイックで。喧嘩っ早くて。友人想いで。
そして、誰よりも長く自分が野球を共にやってきた相手。
そんな奴と約10年ぶりにチームメイトになる。
自然と、これまでの数々の記憶が思い返される。
……また、色々と大変な日々が始まりそうだ。
人見は、少なくとも。そんな確信だけは感じていた。
(……ま、でもそれも悪くないか)
けれども、彼は心からそう思えた。
だからこそ、軽くはぁと息を吐いて。
「──おう!!」
廣中と同じように、力を込めた腕を突き出して。
軽く。それでいてガッチリと。
お互いの腕をぶつけ合った。
【人見蒼矢 選手名鑑④】
《4年目》
野手転向1年目の今年は開幕2軍スタート。しかし、いきなり3割を超える打率を残すと6月には昇格。その後は打率.224ながらも、1軍の内外野をそつなく守り、ときには代打や代走の役割も担うなど、チームを支える活躍を見せた。
[成績]
.224(*76-*17) *2本 *9打点 *2盗塁 OPS.653
*43試合 二塁打*4 三塁打0 四球*8 死球0 犠飛0
出塁率.298(*84-*25) 長打率.355(*76-*27)
IsoD.074 IsoP.131 *4犠打 (*88打席)




