#30『9戦目① 〜打線は水物〜』
横浜シャインズとの初戦を制した下町ブレイブハーツ。
結果、両チームは7戦5勝2敗で並ぶこととなった。
そして、このように勝敗が一致した場合、JPBOの規定に基づけば、直接対決で勝ち越しているチームが上の順位となる。
つまり、ブレイブハーツが首位に立ったのである。
無論、まだペナントレースは始まったばかり。
このまま順位をキープできる可能性など0に等しく、長期的に見れば些細なことではあるものの、実は創設9年目のブレイブハーツにとっては史上初の単独首位なのであった。
──この地位を一瞬だけで終わらせない。
7戦目の試合終了後、クラブハウスにおいてチーム全員でそう誓いを立て、勢いに乗るブレイブハーツハーツは──。
『──アウトコース、入ってストライク!!! プライス、ここは見逃し三振に倒れました!! ブレイブハーツ、初回にランナー一、二塁のチャンスを作ったものの無得点、これで一昨日の試合から12イニング連続無得点です!!』
際どい判定に悔しがる打者の姿を映しているモニターから、実況のそんな言葉が聞こえてくる。
「あぁー!! せっかくそーくんが出塁したのに!!」
下町スタジアムにあるテレビ付きのボックス席にて、そんな眼前の光景とテレビの映像を見て叫ぶのは、諸星菜月。
彼女は今日も今日とて、試合観戦に興じているのだった。
ただし、本日は俊介が大学野球で忙しく来れないということもあって、隣にいるのは別の人物だ。
『ブレイブハーツは昨日の試合では、シャインズの2番手投手、金智桓に完封負けを喫しただけに、今日は初回から先制しておきたかったんですがね〜』
『そうですねぇ。ブレイブハーツは昨日の試合では3安打と打線が沈黙。初戦で2本塁打を放った人見も、昨日は4打数無安打二2三振とサッパリでした』
「……確かに昨日は結果だけ見れば4─0でしたが2打席目のライトフライなんかはたまたまライトのポジショニングがハマっただけであってスタットレコードによれば捕球確率は20%の打球でしたので決して打撃内容が悪かったという訳ではないんですむしろ昨日はコマンド・球質ともにレベルの高かった金投手のピッチングを褒めるべきであって蒼矢様は全く悪くありませんそれどころか昨日の悔しい結果から自身の状態が良くないと考えたのか粘りの打撃に変えて初回から四球をもぎ取ってみせた蒼矢様の機転力はまさに素晴らしいというべきであり──」
「……あの、真彩。ちょっと目が怖いよ?」
隣でそんなことをぶつぶつ呟く黒髪ロング眼鏡少女を見て、菜月が困惑の表情を見せる。
彼女は諸星真彩。
諸星家最年少、都内有数の進学校に通う高校2年生だ。
運動神経は他の兄弟と違って特別良くはないものの、野球が大好きな諸星家の囲まれて育った結果、立派な野球好きに育ち、そして、気がつけば(過激なくらい)熱狂的な人見蒼矢のファンになっていたのだ。
最近はこんな感じで、あらゆるデータを使って人見を肯定するマシーンになっており、SNSで彼を批判する者がいれば、相手が誰であろうと突撃しレスバを仕掛けるモンスターと化していたのであった⭐︎
「──にしても、やっぱり『打線は水物』なんだよねぇ。開幕からあれだけ調子が良かったブレイブハーツ打線も、こんな急に点が取れなくなっちゃうんだから」
「……まぁ、普通に考えれば今までが上振れなんですよ。出来過ぎだったんです。143試合ずっとあれだけ打ってたら、世界記録樹立レベルですからね」
そんな菜月の言葉に、真彩がそう淡々と答える。
まぁ、彼女は普段はこんな感じで普通の女の子であり、むしろ礼儀正しくみんなに好かれるような娘なのである。
だからこそ、人見が関わったときの豹変ぶりについては、菜月も姉妹ながらにドン引きものなのだが。
「──でも、そんなダメダメだった昨日の試合でも、引き続き打棒を見せてくれたのが1人いたよね!」
「……えぇ、そうですね」
そう得意げに目を向けて語る菜月に、真彩は端的に首肯する。
そう、その選手の名前とは────。
────────────────────────────
(…………クソッッ!!! なんで上手くいかないんだ!!)
0対0、両チームの投手が好投を続ける試合展開の中。
ブレイブハーツの5番打者プライスJr.は、ベンチでそんなフラストレーションを溜め込んでいた。
今季よりこの下町ブレイブハーツに加入した彼は、開幕以来なかなか調子を上げられずにいたのだった。
決してヒットが出ていない訳ではない。
ただ、端的に言えば、打球が全然上がらないのだ。捉えたと思っても、内野の頭や間を抜けるようなヒットにしかならない。
その結果、今のところホームランはおろか、長打すら1本も打てていないのだ。
(……親父なら、こういうときどうしてたんだろうな)
そんなことを、プライスはふと思う。
彼の父親は、メジャーの名門チーム『サンフランシスコスターズ』の大スター、マーク・プライスである。
そんな超有名選手の息子である彼は、アマチュア時代からそのネームバリューもあって注目を浴び、メジャーデビューもすぐに果たすなど順調なキャリアを歩んでいた。
しかし、その後は野球人生初の挫折を味わうこととなる。
やはり、世界最高の舞台は甘くなかったのだ。
キャリアハイとなる数年前のシーズンでは20本のホームランを放ったこともあるが、安定さには欠けていた。
それを証明するように、翌年は打率1割台と低迷。
シーズン途中の怪我で離脱した後はなかなかスタメンに再定着することができず、その後はシーズン途中のトレードなど、複数のチームを転々とする日々が続いた。
そんな中で来た、日本からのオファー。
金額を含めた条件も悪くなく、活躍次第ではすぐにメジャーへの再挑戦も可能な単年契約。
そして、そのチームを率いるのは、かつて父と名コンビを組んでおり、自身も幼い頃は大ファンであったあの諸星英一。
これは、なかなか抜け出せない停滞した現状から脱却するための良い機会になるのではないか。
そう考えたプライスは、父や妻などの勧めもあってオファーを受けることとしたのだ。
──ただ、その結果が今だ。
決して日本の野球を舐めていた訳ではないが、アメリカである程度の実績を残してきたという自負はあったし、絶対に活躍してやるという思いでこの世界に乗り込んできたのだ。
勿論、まだまだシーズン始まったばかりではあるし、そもそもそれほど悲観するほどの成績ではないという考えもある。
しかしそれでも、結果に関わらず自分として納得のいく打撃は全然できてないのが現実であるし、自分がチームに求められていたのはこのような姿ではないということは間違いなかった。
プライスは、先ほどの三振を思い出して顔を歪ませる。
(………クソッ、どうすればいいんだ……!!)
『──プライスさん、試合中に下向いちゃダメですよ』
と、そこで横からそんな声が聞こえてくる。
それに反応して、プライスが顔を向けると。
そこにいたのは、チームメイトの諸星一輝であった──。
【プライスJr. 選手名鑑】
かつて諸星英一とバッテリーを組んでいたサンフランシスコシスターズの殿堂入り捕手、マーク・プライスの息子。
一巡目指名(全体19位)でプロの世界に入ると、高卒ながら翌々年にはメジャー昇格を果たし、翌年に打撃と肩を買われ捕手から外野手へと転向すると、3年目には20本塁打を放つなど順調な活躍を見せた。
しかし、その後は怪我などもあって成績は伸び並み、ここ数年は球団を転々とするシーズンが続き、今季からは日本のプロ野球チームである下町ブレイブハーツに加入することとなった。
それでも、メジャーレベルのパワーや肩は顕在。活躍の場を移し、かつての輝きを日本の地で取り戻せるか。
[野手成績]
.197(178-*35) 10本 27打点 3盗塁 OPS.702
92試合 二塁打6 三塁打0 四球25 死球1 犠飛1
出塁率.296(205-61) 長打率.406(180-73)
IsoD.099 IsoP.209 0犠打 (206打席)




