#22『5戦目② 〜意外な一面〜』
「……つっても、落とし物探しなんてどうすりゃいいんだか」
人見は、うーんと悩ましげに呟く。
現状分かっている情報は、この世界にシエラが落とした何かが存在する。という事実だけである。
そのためまずは、その『落とし物』がどんなものなのか? ……という疑問を解消する必要があった。
『なぁシエラ、その『落とし物』ってのは──』
「あっ、人見さん。丁度いいところに!」
「──ん、あぁ日下か。どうした?」
……と、人見がシエラに尋ねようとしたところで声をかけてきたのは、日下慎吾。
昨年のブレイブハーツドラフト1位で、大卒1年目となる昨季は、少ない打席ながら8発を記録した期待のスラッガー候補だ。
そんな彼は、人見の問いかけに対して、ポケットから何かを取り出しつつ笑顔で。
「いや、さっきそこで落とし物を見つけまして。それで、アニメのグッズっぽい感じがするんで人見さんのモノかなと」
「……うーん。これ、馬鹿にしてる意図はないんだよね?」
そんな純粋な日下の言葉に、人見は苦笑い。
イマドキの若者らしく、そういった方面への偏見はなさそうなのだが、それ故に無自覚なナイフが突き立てられていたのだった⭐︎
「──まぁそれはいいとして、見た感じそれってなんかのグッズ? ちょっと見せてくれ」
そう言って、彼は日下の握った『それ』を覗き込む。
それはかわいい妖精みたいなキャラのキーホルダーだった。
ただし、ゆるキャラのような存在とは一線を画すのは、右手で掲げている、どこか禍々しいオーラを感じさせる魔道書のような何かだ。かわいらしいデザインとは明らかにミスマッチなその特徴は、キャラクターの特異性を生み出していた。
「──あっ、これって……」
それを見た人見が、そう呟きかけたその瞬間。
「──Es míoッッ!!」
……という、大きな叫び声。
言わずもな、その発信者はシエラであった。
「……真壁さん、シエラさんはなんと? 自分、自慢じゃないんですが英語はさっぱりなんです」
「いや、俺に聞くなよ。あと本当に自慢じゃねーよそれ。つーか一輝。お前、幼少期の頃は諸星監督もまだ現役だったんだから、アメリカにいたんじゃないのか」
流れるように3つのツッコミを行いつつ、真壁は思う。
詳細な意味こそ分からないが、おそらく今のは。
『──スペイン語? そうか。アンタ、プエルトリコ出身だもんな。それなら話しもするか』
『なっ、ヒトミ……お前スペイン語も出来るのか』
『いや、流石にそれはムリムリ。簡単な会話だけを覚えたところで挫折したよ。勉強する時間もあんまないしな』
……と、スペイン語で人見は答える。
英語と比べると少し拙さはあるものの、問題なく聞き取れるレベルであった。やはり、彼の器用さは、野球方面だけに留まる話などではないらしい。
そうして、再び少し驚いた表情を見せるシエラに目を向けて。
人見は堂々と言い放つ。
──そう。
スペイン語もできる彼には、言葉の意味が分かっていたのだ。
『──これ、アンタのだったんだな』
『……………………』
そんな人見の言葉に、シエラは暫しの間無言。
それから、過剰なくらい瞬きをして、ようやく口を開いた。
『……あ、あー。それは実はオキナワ基地に駐留してるオレの友人のモノなんだ。ソイツがこの前会ったときに忘れていったヤツで、今日この後返しに行こうと思ってたんだが、気がついたら落としちまってたんだ。あんまり興味もないしな』
『……まぁ、アンタがそう言うなら、そういうことにしといてやってもいいけど。……けどさ、これ剣を見た感じ、数年前にやってたフェアの限定グッズだろ? よく持ってたな』
『──分かるのかッッ!!? ……あ、いや』
『……………ぶふっ』
語るに落ちた、というのはこう言うことなのだろう。
人見は思わず吹き出しそうになってしまう。
ただ、その笑いは。
決して、彼の『落とし物』に対するモノではない。
『──俺も好きだぜ。『文明世界の魔道聖典』。原作もコミカライズも全巻持ってる』
『…………そ、そうなのか』
『あぁ。だから、なんも気にすることはないんだ。むしろ、俺は『魔道聖典』のファンに会えてすげぇ嬉しいんだぜ?』
というか、やっぱ海外でもオタク趣味は隠そうとする文化はあるんだなー、と人見が笑う。
それを見て。ようやく、シエラも微笑みを見せた。
(──さて、キャッチャーの起用はどうするべきだろうか)
一方、今季よりブレイブハーツの監督を務めるスター。諸星英一は、そんな課題に頭を悩ませていた。
無論、捕手において起用の中心となるのは真壁であろう。
諸星は、実は彼の持つポテンシャルをかなり高く評価していた。自分の指導次第では、打撃タイトルを狙えるのではないかと考えるくらいには、だ。
──ただし、である。
年間143試合。週6で試合をこなさなければならないのがペナントレース。ゆえに、現代においては、捕手がその全てに出場する、というのは難しいのが現状なのだった。
だからこそ、真壁の休養日(あるいは、DH出場日)における、先発捕手を誰にするのか。……というのが、大きな悩みなのだ。
助川は守備については真壁を凌ぐ能力を持っているが、スタメンで使うとなると、やはり打力がネックだろう。
新外国人のプライスJr.も、捕手経験こそあるが、諸星が思うに、やはり適正ポジションは外野なのだ。それは、プライスJr.の父であり、諸星の現役時代におけるバッテリー。相棒にも等しい存在だったプライスから直接聞いた話でもそうであった。
そう。ここまでの話から分かる通り。彼の思考回路は、言ってしまえば八方塞がりなのだった。
……いや。それでも、有力な『選択肢』は1つあった。
ただし、その選択肢にはリスクがある。それに、その選択肢を切るとしたとして、それを誰にあてがうのか、と言う問題もある。
その第一候補としては、やはり廣中だが……、今季のエースとなるであろう彼の所で、そんな博打を打っていいのだろうか……。
……と。諸星監督が、考え込んでいると。
『──そういや、そんだけ日本の作品に触れてきてるんだったら、もしかして日本語が喋れたり?』
「……ア、あぁー、まァ。少しなら……喋れる」
『おぉ! シエラ。3カ国語喋れるのか!? 凄いなぁ』
『……それを、ヒトミ。お前が言うのか……?』
──という、会話が聞こえてきた。
どうやら、人見とシエラが会話をしているらしい。
諸星はそんな様子を見て、意外そうに目を微かに見開いた。
まだこのチームの監督に就任してから日も浅いとはいえ、彼はシエラがああやってチームメイトと楽しそうに会話をしているのは始めて見たのだった。
マウンドでもまさしく気分屋。
少しでもピッチングが自分の思い通りにいかないと、すぐカッカして自滅してしまうような彼が、だ。
「……ふむ、これは試してみていいかもしれないな」
「──諸星監督、どうしたんですか?」
そんな彼の呟きに、隣を歩いていた男が首を傾げる。
それは、下町ブレイブハーツのヘッドコーチだ。
……ただし、彼はそのような立場でありながら、諸星英一とは違って『元スター選手』という訳ではなく……いや、それどころか『元プロ野球選手』ですらなかった。
城島・ジェームズ・豆真。
アメリカの某大学出身の秀才。統計解析を専門とする研究者であり、日本野球界におけるデータ分析の第一人者ともいえる存在だ。これまでもその方面における著作を多く執筆しており、現役を引退後、指導者としての道を志していた諸星へデータ分析の知識を与えたのも彼であった。
そして。そんなの疑問に対して、諸星は。
「──いや、な。ちょっと面白いことを思いついたんだ」
……と呟いて、意味ありげな笑みを浮かべるのだった──。
【日下慎吾 選手名鑑】
《1年目》
昨季の下町ブレイブハーツドラフト1位。中政大学時代にはリーグ三冠王に輝き、大学日本代表では4番も務めたまさしく未来の大砲候補。ルーキーイヤーの今季は、球団記録となる8本塁打を放った。自身で発表した来季の目標は20本超え。
[野手成績]
.246(199-49) 8本 32打点 3盗塁 OPS.741
75試合 二塁打10 三塁打1 四球17 死球3 犠飛1
出塁率.314(220-69) 長打率.427(197-85)
IsoD.068 IsoP.181 1犠打 (218打席)




