#19『2戦目② 〜剛腕サウスポーの実家にて〜』
これは、第二戦目の試合中のこと。
試合が行われているメトロ・ドームから電車で10分ほどに位置し、下町ブレイブハーツのお膝元である東京都墨田区錦糸町。
『──さんしぃぃぃんッッ!! 廣中、なんと五回は三者連続三振! 未だ完全試合を継続しております!!』
そんな錦糸町駅からほど近くのとある居酒屋にて、試合の中継が大きなスクリーンに映し出されいた。
試合は前半戦の5回裏が終わって、0対0。
下町ブレイブハーツ先発の廣中と、東京山手スターズの絶対的エースである竜宮が、ここまで両者ヒットの一本も許さないハイレベルな投手戦を繰り広げていた。
そして、お店の客は勿論のこと。
その従業員すら、そんな様子に注目していて。
『──さぁ六回表、下町ブレイブハーツの攻撃。この回の先頭打者である二番人見が打席に入ります』
「よっしゃ人見ぃー!! 悠佑くんを援護してやれー!!!」
「そうだそうだ!! 移籍後初登板で頑張ってるんだから、なんとか勝ちを付けてやれ!!」
「──いや、愚息の勝ちはどうでもいいが、ブレイブハーツの勝利のために頼むぞ蒼矢くん!!!」
「「「いや、親としてどうなんだそれは!!?」」」
「……ほんと、ここのお店の雰囲気は相変わらずだね」
「いやそれどころか、蒼矢さんと悠佑さんが移籍してむしろ熱量悪化してそうだけど……」
そんな、お酒を片手に野球中継に盛り上がる彼らを見て、久しぶりにここを訪れた2人は苦笑する。
そう。その2人とは、諸星菜月と諸星俊介。
そして、この居酒屋はそんな諸星姉弟の古くからの友人である廣中悠佑の実家である『居酒屋ひろなか』だ。
ここは人見や廣中。そして、同じ諸星姉弟の一輝などのブレイブハーツ選手組も含めて、幼馴染たち皆の遊び場でもあったため、2人にとっても馴染み深く、懐かしい場所の1つであった。
そして、呆れる菜月らの視線の先にあるのは、そんな『居酒屋ひろなか』の常連客と、本日の先発投手である廣中悠佑の父であり、ここの店主の廣中悠次である。
「にしても、ゆーくんのお父さんは仕事中なのにあんなんで大丈夫なのかな……」
「さっきから普通に常連客の人たちに混じって、試合に見入っちゃってるからね……」
「──まぁ、あれがウチの良いところですから。……多分」
突如横からかけられたその言葉に、2人が振り返る。
すると、そこにいたのは。
「──あっ、琴葉ちゃん!? 久しぶり!!」
「はい、お久しぶりです菜月さん。……あ、お待たせいたしました、こちら御注文の品ですっ♪」
廣中琴葉。黒髪短髪ボーイッシュな彼女は、その名字から分かるように、この『居酒屋ひろなか』を経営する廣中家の一員だ。
年齢は21歳の大学四年生で、廣中悠佑の妹にあたる。
そのため、大学に通う合間に家のお手伝いということで、よくここでバイトをしているのだった。
また、彼女は兄の影響もあり昔から野球を続けており、今では界隈ではかなり有名な女子野球の選手だ。
女子大生ながら130キロを超えるボールを投げる、兄と同じ速球派の投手で、将来の目標は女子世界記録を超える140キロ。大学日本代表にも選出される実力者である。
「俊介くんも、おひさ!」
「……ああ、ひっ、久しぶり! 琴葉も元気にしてたかっ!?」
(……ほんと、我が弟ながら分かりやすい態度だなぁ)
菜月が2人の様子を見て、微妙な表情になる。
彼女の弟である俊介と琴葉は、小中高と同じ学校に通っていた同い年という関係である。
2人のことをずっと見てきた菜月の記憶では、俊介については高校2、3年あたりから、こんな様子なのだった。言わずもな、彼女のことが好きなのだろう。
彼女は、(弟よ、がんばれ……)と心の中でだけ応援しておく。
「……でも、確かにそうだよね。ここってなんというか、ブレイブハーツが大好きな人たちのためのお店というか……」
「そうそう。いつも来てくれてる常連さんたちも、それを目当てにしてるところもあるだろうし────」
『──あぁっとデッドボール!! 背中にストレートが当たりました!! 人見、これは少し痛そうです!』
「おおおおおおい!!!」
「なにやってんだピッチャー!!!」
「人見相手に2日連続だぞ、ふざけんな!!!」
「……うん、ああいう騒ぎ方はどうかと思うけど」
「まぁ、それだけ皆さんが熱中している証拠ですから……」
そうしてテレビの前で大騒ぎな彼らに少し引き気味の菜月に、琴葉がそんな優しいフォローを行う。
ただ、そんな彼女も少しだけ呆れ気味ではあったが。
──そうして。
彼女は注文の品を卓に置いて、再び業務に戻っていき。
菜月と俊介の2人が、取り皿などを用意していると。
『──打ったー!!! 完璧に捉えた打球は左中間に飛んでいき……外野一歩も動けず!! 3番曹浩然、初球のストレートを捉え特大のツーランホームラン!! 六回表、ついに均衡が破れました!! 2—0! ブレイブハーツ、2点先制!!」
「「「よっしゃあああああああああ!!!!!」」」
試合開始から約1時間半。
これまでの試合展開を考えれば非常に大きいホームランでの先制に、『居酒屋ひろなか』も最大のボールテージを迎える。
ブレイブハーツファンたちが、お酒を片手に大騒ぎだ。
……もちろん、店長も含めて。
「──おいこら店長!! 良いとこも見られたんだから、そろそろ働いて!! お店回らなくなっちゃうから!!」
……と、そこで琴葉が、劇的な展開に大興奮な父の頭にチョップを入れて現実に引き戻す。
大のブレイブハーツファンの彼も愛娘には逆らえないのか、渋々引きずられるように厨房に帰っていく様子に、客も大笑いだ。
「──まぁ、確かにこうやって。みんなで同じものを応援しながらお酒を飲む、一体感がある感じはなんだか心地いいのかも」
「…………そうだね」
そんな様子を見て、2人は笑い合う。
「それじゃあそーくんたちの活躍を。そして、下町ブレイブハーツの優勝を願って、「乾杯」」
こうして、居酒屋のどんちゃん騒ぎは。
ブレイブハーツの二連勝が決まる試合終了まで、いや……それからも暫く続くのだった──。
──ただ。
そうしてずっと上手くいくほど、甘くはないのがプロの世界。
翌日の第三戦では、ブレイブハーツ先発の生駒がスターズ強力打線に初回から捕まり3失点。その後も、ブルペン陣が着々失点を重ね、最終的には10失点。
ブレイブハーツ側も、真壁のホームランや村越のタイムリーなどで一矢報いるもそれ止まり。
10対3で、東京山手スターズが前2試合の鬱憤を晴らすかの如く快勝したのだった。
ただ、それでもブレイブハーツは、昨季優勝のチームであり今季も優勝最有力候補と言われている東京山手スターズ相手に、2勝1敗で開幕三連戦を勝ち越しに成功。
3戦目こそ大敗してしまったとはいえ、その勢いのままに、次の新潟アルバトロス三連戦を迎えることとなった。
勝率が6割を超えれば、まず間違いなく優勝できるというのがプロ野球ペナントレース。
そう言う意味では、2勝1敗は勝率6割6分7厘なのだから、昨季首位チームに対しての結果としては上々の結果と捉えられる。
果たして、次の三連戦では。
どんなドラマが巻き起こり、どんな結果が待ち受けているのか。
それは、神のみぞ知るところなのだった──。
【村越駿二郎 選手名鑑】
《8年目》
アグレッシブな守備が持ち味の初年度ドラフト2位大卒外野手。リーグ屈指の足と肩を誇り、盗塁王やGG賞の受賞歴もある下町ブレイブハーツ不動のセンター。粘り強く三振の少ない打撃も武器で、今季は2番打者としての出場が中心だった。怪我が少ないことも魅力で、来季も全試合出場を狙う。
[野手成績]
.264(545-144) 3本 31打点 20盗塁 OPS.696
143試合 23二塁打 8三塁打 四球59 死球8 犠飛4
出塁率.343(616-211) 長打率.352(545-192)
IsoD.079 IsoP.088




