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器用貧乏のプロ野球サバイバル記  作者: あるでぃす
『オフシーズン』編
2/22

#1『伝説の再スタート』





──刻は少し遡って。


10月上旬の某日。

東京都、隅田川のほとりにあるとある大企業の会長室。


防音壁で隔絶されたその部屋で、2人の男が対面していた。





「──それで、新監督への就任は引き受けてくれる……ということでいいのかね?」


「えぇ、山中会長。私なんかでよければ」


静かに問いかけた山中の言葉に、畏まるように男が答える。




「……そうか、それは良かった。来季は勝負の年。その監督に相応しいのはキミしかいないと思っていた」


懐から取り出したライターで煙草に火をつけ、煙をゆっくりと吐いてから、彼はニヤリと笑って言葉を続ける。




「──しかし、『()()()()()』とは頂けないな。このプロ野球界にキミほどの存在はいないだろう、諸星くん」


「いえいえ、私なんて野球しかやってこなかった男ですから」





──諸星、英一(もろほし えいいち)


会長そんな最大の賛辞にすらさらに畏まるその大男は、まさに野球界の。いや、スポーツ界の伝説(レジェンド)だ。


甲子園、プロ野球、そして海の向こう(アメリカ)

その全てで。かつ投打において。

彼は、数多の不滅の記録アンタッチャブル・レコードを打ち立ててきたのだ。


そんな男が、『私なんかが』なんて言ってしまうのだから、会長が苦笑してしまうのも無理はなかった。




「そういう謙遜はいい。キミが引退後に監督をやるための()()をしてきたことは知っている」


灰皿に煙草の灰をトントンと落として、彼は諸星を一瞥する。

そんな視線に対して、諸星は表情を和らげ。


「えぇ、それは。元より監督を務めることも含めて、私の野球における夢でしたから。色々と勉強はさせてもらいました。特に()()()()()()()()()()()は、非常にタメになりましたよ」


「……そうか」


そんな彼の様子に、山中はそんな短い返答で応えた。

言葉だけでなく、その声色。そしてその表情から、本当に今までそう考えて生きてきて、今日に至るまでにその用意をしてきたのだろう、ということが容易に理解できる。




しかし、それも束の間。諸星は再び表情を引き締める。



「──ですが、引き受けるにあたって『条件』……いや、お願いをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「……ほう、なんだね」


そんな彼の真剣な声色に。

山中もまた、重く響いた声色で返す。


空間に、先ほどとは打って変わり、微かな緊張感が走る。



「私は監督をやらせてもらう以上、来季は優勝を目指します。それにあたって、少しお願いしたいことがあるのです」



そんな諸星の言葉に、山中は軽く息を吐いてから。この先続くであろう言葉を遮るようにして口を開く。




「……()()か」


「えぇ、その通りです」


小さく頷く諸星。そんな様子を見て、山中は煙草の灰を丁寧に灰皿に落としてから、微かな笑みを見せた。



「安心してくれ。元から補強はやるつもりだった。キミほどの存在を監督に招聘しておいて、()()もなしじゃあ示しがつかないからな。──それで、誰が欲しい?」



「そうですね……、やはり廣中選手は獲得して頂きたい」


その言葉に、山中の眉間が動く。

……廣中。今季のFA市場における、目玉選手の1人だ。



「ほう。……理由を聞いても?」


感情を感じさせない声色で訊ねる。

ゆっくりと吐いた煙が周辺を舞った。


「……やはり、過去4度に渡る二桁勝利の実績と球界屈指の奪三振率は魅力的です。それに、170イニング以上投げた年も4年と、イニングイーターとしての活躍も期待できます」


「なるほどな。だが、彼は今季は下半身のコンディション不良で長期間離脱しているだろう。そこについてはどう考える?」


「9月には復帰してますし、その後の状態を見ても問題はないかと。それに彼は高卒9年目とまだ若いですし、怪我の可能性を考えても今後の活躍は期待できるでしょう」



「──そうか」


そう短く応えると、彼は煙草を揉み消す。

そして、これまでの様子から一転、優しげに笑った。



「実は、彼については実は我々も獲得を検討していたんだ」


そう言って、彼は灰皿に煙草を押し付けて揉み消す。

そして、前傾の体勢を戻すと、再び口を開いた。



「上層部の中でも、どの程度本気で獲得に動くべきか意見が割れていたんだが……、君がそこまで言うんだ。私が責任を持って彼の補強を約束しよう。試すようなマネをして悪かったな」


「……いえ、自分が補強してほしい選手がいるならその理由を説明する。それは私の役割ですから」




そして。暫しの間、双方の無言が続いた。

周囲の音からも防音室で隔絶されているため、聞こえるのは、相手の呼吸の音くらいなものだった。


しかし、そんな時間も永遠に続く訳ではない。

机の脇に用意されていたお茶を一口飲んでから、山中がその時間を終わらせる。





「それで、いま補強して欲しい選手は廣中だけか?」


「──いえ、それに併せてもう1人。今度はトレードの方で獲得して欲しい選手もいるのです」


「ほう」


諸星のそんな返答に、彼は興味深そうに腕を組む。

そして、相手の目を見据え、話の続きを促す。




「──人見蒼矢。彼を獲得してほしいんです」


「……ほう、……人見か」


意外な選手の名前に、思わずそんな言葉が出た。


人見蒼矢。

広島シャークスに所属する中堅選手。かつて注目されたスターで、プロ入り後は鳴かず飛ばずの成績。


()()()()()()()()()、そのような選手だ。



彼が、人見蒼矢という選手の存在について思い返していると、傍から秘書が一枚の紙をそっと差し出してくる。

どうやら、その人見に関する資料を用意してきたらしい。

読み込むのは億劫なので、ざっと一瞥する。


プロ9年目の27歳。

今季の成績は……、274打席、.229 5本 26打点。



山中はそこまで読み終えると、微かに目を細める。


……やはり、決して好成績とは言い難い数字だ。



トレードである以上、そんな大物選手ではないだろうとは考えてはいたが……それにしても、である。



──だが、それでも。


()()諸星が、わざわざ押して推薦する男なのだ。

きっと、“何か”があるのだろう。




「──分かった。それで君が快く監督を引き受けてくれるというのであれば、獲得には全力を尽くさせてもらおう」


「ありがとうございます」



そうして、諸星が深く頭を下げる。


そんな様子を見て。

山中もどこか安心したように笑みを見せるのだった。








「──因みに、なんだが」



そうして、話がひと段落してから。

そんな前置きをして、山中はこう問いかけた。



「……決して疑っている訳じゃないんだが、キミは本気で来季の優勝を狙っているのか? 私が言うのもなんだが、まだ優勝経験なんてない新米チームなんだぞ。私としては、来年はチーム初のCSに出場でもできれば万々歳と考えていたんだが」


「──ええ、勿論」



しかし、そんな疑問を諸星はあっさりとそう一蹴する。


あまりにも堂々とした一言に、山中が呆気に取られる中。

彼はさらに言葉を付け加える。



「以前からリーグ上位クラスの指標だった打線に加え、今季は先発やブルペン陣もそれなりに揃ってきた。創立から8年。いいチームになったと思います。そして────」



そこで彼は、一旦間を置いた。

再び、会長室には無音の緊張が張り詰める。



そして。小さく、それでいて確実に呼吸をしてから。








「──今季補強する彼らは、そんな下町ブレイブハーツの真価を発揮させる、『()()()()()()』になります。間違いなく」




諸星は、まっすぐ会長の目を見据え。



そうはっきりと、自信を持って、言ってみせるのだった。











【人見蒼矢 選手名鑑②】


《2年目》

1年目から初勝利を挙げた期待の若手。2年目の今年は中継ぎに転向するとオープン戦で結果を残し、初の開幕一軍を掴んだ。しかし、その後はなかなか結果を残すことが出来ず、7月以降には2軍暮らしとなった。また、その2軍では数合わせの野手として出場する場面も。


[投手] 24試合 28回 4.18 0勝3敗1H

    20奪三振 与四球5 与死球0 自責13

[野手] .***(0-0) 0本 0打点 0盗塁 OPS.***


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