#18『二戦目① 〜負けず嫌いな相棒〜』
「──プレイ!!」
そして、翌日のナイトゲーム。
下町ブレイブハーツ対東京山手スターズの第二戦。
一回裏、スターズの攻撃。バッターボックスには先頭打者が入り、審判が試合再開の宣告をする。
そして、そのマウンドに立つのは。
「──フンッッ!!!!」
パンッッ!!
左腕を振り抜いて放たれたノビのある直球は、落ちる気配を感じさせないまま、キャッチャーミットに吸い込まれる。
背後の電光掲示板に表示された球速は……、160キロ。
『……な、なんと廣中! 初球からいきなり自己最速、そして左腕としては日本最速記録となる160キロ!!! 凄まじい気合いの入りようです!!!』
そんな実況も驚くような歴史的瞬間に、球場中が響めく。
スターズ先頭打者の小宮も、アウトコースに初球から放たれたその剛速球に、思わず苦笑してしまっていた。
そして、廣中は前に出てボールを受け取り、そこからマウンドへと再び上がりながら、ちらりとセカンドに目を向ける。
そこには、彼の相棒たる存在の人見がいた。
昨日はまさかの開幕投手で三回無失点のピッチング。そして初回先頭打者でのセーフティバントを含めた2安打1四球と、投打に活躍を見せた彼は、本日は2番セカンドでの出場であった。
……と、そこで2人は目が合う。
それに気がついた人見は、廣中はグラブを軽く上げて応じる。
両者が下町ブレイブハーツへと移籍をしてから、キャンプ中の練習試合やオープン戦といった場面では既に経験はしていたものの、こうして公式戦で2人が同じチームとしてプレーをするのは、実に高校以来10年ぶりのことであった。
そんな彼のさりげない仕草を見た廣中は、そんな彼の元へ目を向けて、少しだけ口元を綻ばせる。
(……蒼矢。昨日はお前のピッチングを見れて、俺は嬉しかったんだ。かつてチームのエースを奪い合ったお前が、ああして再び投げる姿を見られるなんて、な)
しかし、それも束の間。
彼はマウンドへと上がると、再び顔を強張らせる。
鳴り響く相手チームの応援歌なんて意に介さないように、キャッチャーのサインを静かに見据えるその姿は、まさに集中を研ぎ澄ませた勝負師のそれであった。
(…………ただ、な)
──そして。
サインに頷いた彼は、ゆっくり投球動作に入りながら口を開く。
「今日ばかりは、この俺がチームの中心だ」
『──以上! 今日のヒーロー、廣中選手でした!!」
そうしてアナウンサーによってヒーローインタビューの締めくくりが行われ、レフトスタンドからの割れんばかりの歓声を受けつつ、廣中がベンチへと帰っていく。
「……いやぁ、今日はなかなか楽しかったな!!」
「お疲れ。本当に文句のないピッチングだったな」
そして、ベンチ奥のクラブハウスにて。ヒーロインタビューから帰ってきた満足気な廣中を、人見は軽く背中を叩いて労う。
彼の言う通り、今日の廣中のピッチングはまさに完璧と言える内容で、初回にいきなり160キロを投じると、その勢いのままに三者連続三振。そして、そのまま9回まで走り抜けた。
つまり完封。しかも、15奪三振の球団新記録付きだ。
「……ま、でも俺が今一番驚いてるのは、廣中が無四球で完投しちゃったことなんけどな」
「それはまぁ、俺も同意だが」
そう言って、2人で笑い合う。
プロ野球界において、廣中悠佑という選手といえば、速球派ノーコン投手というのが一般的なイメージである。
ただ、データを見てみると、そこまで四球率やコマンドが悪い訳ではない。……それでも、これまでの彼の投手のキャリアにおいて、完投を記録したことこそ多くあれど、無四球完投の達成については今回が初なのであった。
「いやぁ。やっぱり諸星監督の指導と、刺激のお陰かな」
「……その言い方。まさか、俺のこと?」
意味深な流し目を向け呟いた彼の言葉に、人見がそう問い返す。
「あぁ、そうだ。蒼矢のピッチングなんてモン見せられちまったら、そりゃ俺の気合いも入るってもんよ。……もしかしたら、これも監督の計算のうちだったのかもな」
「流石にそれは……いや、ありえるか……?」
そうして、人見と廣中の2人は会話は続く。
気がつけば、「ナイスピッチ」と声をかけ、彼らの古くからの後輩である諸星一輝や、本日廣中とバッテリーを組んだ真壁なども、彼らの会話に混ざっていく。
「──それと本当は、蒼矢みたいにバッティングでも貢献できたら完璧だったんだがな」
「去年から両リーグDHになっちまったからな。もう悠佑のバッティングが見れないのは残念だ」
「……廣中の野手顔負けのパワーには、俺もこれまで敵チームのキャッチャーとして苦労させられてきたよ」
そうして、真壁が昔のことを思い出してため息をつく。
そう。廣中という投手はバッティング面においても、打率こそ1割台ではあるが、その中で通算6本塁打を放っているのだ。
流石に昭和のエース達の持つ異次元のような記録には負けるが、これは現役投手の中では最多の記録である。
「今度、監督にDH外すように言ってみようかな」
「はは、そんなことしたらまた父さんが叩かれそうですね」
そんな冗談を言い合ってから、廣中が遠い目で言う。
「──これで、開幕から2連勝。まだまだ始まったばかりとはいえ、夢の実現も今のとこ順調だな」
「夢、ね。もしかしなくても、アレのことか?」
「……アレ? なんのことですか?」
そうして首を傾げる一輝に、廣中が得意気に答える。
「あぁ、実はな。前に蒼矢と誓ったんだ。このチームに移籍するからには、絶対優勝させるんだ……ってな」
「──ま、そんなこともあったな」
すると、それを聞いた2人も反応を見せて。
「優勝!! 良いですね! お二人がいれば夢じゃない!」
「……優勝か。ある程度形になってきたとはいえ、CSすら出場したことないこの新参チームをか? 変わらず廣中は言うことがデカいな。……まぁ、そういうところがお前らしいんだが」
「──というか。優勝が目標ってのは、キャンプ初日の挨拶から監督も言ってたことだからな。忘れるなよ」
「あ、板谷さん。聞いてたんですか」
「そりゃあんだけ盛り上がってれば、聞こえてもくるさ」
そうして、彼らの会話に入り込んできたのは、板谷栄輔。
数年前に下町ブレイブハーツにFAで移籍してきた、高卒18年目のベテラン選手である。
昨季から年齢のこともありセカンドからサードに転向したが、打撃は衰えを見せることなく、今季も開幕の2試合を『4番サード』で出場しており、キャプテンも務めるチームの中心選手だ。
「──それにしても、優勝か。……あぁ、そうだな。ここらでもう一度、言ってておこうか」
そう言って彼は周囲に呼びかけ、皆の注目を集めると。
彼らに視線を合わせながら、声を大にして宣言する。
「──いいか、みんな!! ……今ここで彼らが、そして監督が言うように、俺らの目標は優勝だ!! 世間じゃいくら諸星監督でも無理なんて言われてるが、俺は全然そうは思わない!! そんなふざけた風潮ひっくり返して、監督を胴上げしよう!!」
「「「──よっしゃああああああああ!!!!!」」」
そんな彼の言葉に、周りの選手達も応える。
下町ブレイブハーツのクラブハウスは大盛り上がりだ。
「……ははっ、なかなか良い雰囲気じゃあないか」
そして、そんな雰囲気のクラブハウスの声を。
諸星英一は嬉しそうに、ドア越しで聞いていたのだった──。
【板谷栄輔 選手名鑑】
《17年目》
優れた選球眼で、安定した成績を残し続けるベテラン内野手。サードに転向となった今季は、怪我による離脱もあったものの、終わってみればいつもの水準の成績。サードでGG賞も獲得した。来季は2000本安打の達成にも期待がかかる。
[野手成績]
.279(390-109) 19本 68打点 6盗塁 OPS.870
119試合 二塁打20 三塁打0 四球68 死球6 犠飛2
出塁率.394(467-184) 長打率.477(390-186)
IsoD.115 IsoP.198 0犠打 (468打席)